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Chapter.2
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とある繁華街にあるアミューズメント施設が鹿乃江の職場だ。接客担当のスタッフに囲まれ、一人で一店舗分の事務を担当している。
鹿乃江のデスクは手狭な事務所内ではなく、その上階にある倉庫フロアに設置されている。業務の八割でパソコンを使用するが、事務所にはチーフやフロアマネージャーが入れ替わり立ち替わりしないとならない台数しか常設されていない。パソコンが使えないと業務が中断されるため、特別に定位置を作ってもらった。
人に過干渉されるのが苦手な鹿乃江にとっては働きやすい環境だ。立場柄、完全自由シフト制なのもポイントが高い。
店舗の人事、労務、法令管理が主な仕事。客へ提供する景品をビニル袋に入れて獲得しやすいような加工を施したり、店頭で行う物販の対応補佐もたまに担当する。
気苦労も多いが、多彩な業務に取り組めてなかなかに楽しい。
メールを確認して行うべき業務を選定し、休日の間に溜まった人事書類の不備不足確認などに取り掛かる。電話対応や店長からの飛び込み依頼に対応していると、あっという間に時間は過ぎていく。
「おなかすいた……」
こなすべき業務がひと段落して一息つく。気付けば13時を回っていた。決まった時間に入らなくても良いので、休憩開始時間は毎日バラバラだ。
(ご飯どうしよう)
通勤途中に買い物はしてきたが、買ったときに食べたかったものはいまの気分には副わなくなってしまった。
(ポストも行かなきゃだし……買い物行くかぁ~)
伸びをして、業務中に作成した封書を財布と一緒にサブバッグに入れた。
エレベーターで1階まで降りて通用口から店外へ出ると、日差しをまぶしく感じる。
観光地として有名な土地なのでインバウンド客の姿を散見する。しかし、イベントごとのない平日ということもあって人通りはまばらだった。
何を食べようかと考えながら駅前に向かう。
(忘れないうちにポスト……)
と、サブバッグを大きく広げ封筒を手に取ったと同時に、曲がり角から突然人影が現れた。
「ふぁっ」「うぉっ」鹿乃江と人影が同時に小さく叫ぶ。
身じろぐことしかできなかった鹿乃江をスレスレでかわしたその青年は、大きく目を見開き、すぐそばで立ち止まる。両手を広げて顔の横に挙げた姿は、まるでホールドアップを命じられた人間のようだ。
「「ごめんなさい!」」
同時に言って、しばし見つめあう二人。
「あのっ! オレっ!」
青年が鹿乃江に呼びかける。しかし、それを遮るように近くから若い女性数人の声が聞こえてきた。
いま来た道をチラリと見て、
「ごめんなさい」
もう一度早口で言って、青年は足早に去って行った。
鹿乃江は少し遅れて振り返り、少し離れたところに停めてある車に乗り込む青年の背中に会釈する。若い女性の声は人を探しながらどこかへ移動して行った。
(なに言いかけてたんだろ。まぁもう知る由もないけど……。あっ、もしかして殴っちゃったりしたかな)
しかしバッグを広げるために肩ひもを持っていた手に、なにかがぶつかった感覚はない。
(まぁ大丈夫か……)
曲がり角の向こうを目視して、人が来ないことを確認してから歩を進めた。
(肌の綺麗な男の子だったなー)
歩を進めながらそんなことをぼんやりと考える。
(ここから始まる恋物語~なんてね。ラノベかソシャゲならなくはないな)
脳内で笑って、ポストまで歩く。右手に持ったままだった封書を投函してコンビニに立ち寄るが、食べたいものが見つからない。そもそもなにを食べたいのかわからない。
(疲れてるんだなー……。まぁもう時間もないし、いっか)
来た道を戻り自席に着く。通勤途中に買ってきた昼食を食べていると入電があった。事務所に誰もいないらしく呼び出し音は鳴り続ける。こうなると、休憩中とはいえ出ないわけにいかない。定められた休憩時間を何度かの小休憩に振り替えて取得することも良くある。
子機を充電器から取り上げて対応に入る。数分後、通話を終えてそのまま業務に戻った鹿乃江に
「つぐみさーん」
フロアスタッフで後輩の園部三月が、鹿乃江の名字を縮めた愛称で呼びかけた。
「はぁい~」
「休憩室いっぱいなんで、ここでご飯食べていいですか?」
「いいよー。ここ使ってー」と、荷物を移動させてサブデスクと椅子を空ける。
「やったー」
持参したタブレットにイヤホンを挿し、動画を視聴しながら食事をとる園部を横目に、書類をさばきながら鹿乃江が業務を進める。
しばらくしてご飯を食べ終えた園部が、最近視た動画やハマってるゲームをクリアしたや推しドルが近くでロケしてたや、他愛のない話をし始めた。
「へー」「そうなんだー」「すごいねー」などと相槌を打ちながら作業を進める鹿乃江に
「ちょっと、つぐみさん。聞ーてます?」園部が口をとがらせて問う。
「聞いてるよー。クリアしたけどミッション達成率40%だったんでしょ?」
「そーなんですよー。100パーにするのにまだまだ遊べるんですよー」言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
「元気だなぁ~」
「楽しいですよ。まだ見つけてないモブとかいるの探すんですよ」
「何時間やれば100%になるんだろね」
「私はいま100時間超えてますね」
「すご」
喋りながら書類と入力内容に相違がないかを確認する鹿乃江。
「新人ちゃんですか」
「うん、そう」
園部がかたわらに置かれた書類を眺めていると、住民票を確認していた鹿乃江が「フヘっ」と変な声で笑う。
「どしたんですか」
「んー? 親御さんが同い年だったわ」
「えー、マジですか」
「うん。産めるわ」
「えーでもつぐみさん40代には見えないし、いいんじゃないですか」
「見た目だけ若くてもねぇ」言われ慣れている鹿乃江は苦笑しながら続けて「中身がねぇ」モニタに顔を近づけて、書類と入力内容を見比べる。
「えっ、中身も全然若いですよ?」
「え? 精神じゃなくて体力とか内臓の話をしているのよ?」
「あ、そっち」
「うん、そっち」
「……ねぇ~?」二人で言って、笑いあう。
「まぁ若いコに若いって言ってもらえるのはありがたいわ。ありがとう」
「いや、お世辞とかじゃなくてホントに見えないんです」
「ありがと~」
(良く言われる。たまに申し訳なくなる)
心の中で苦笑したところで電話が鳴った。
「ごめん、電話出るね」
「私も時間なんでフロア戻ります」
「うん、行ってらっしゃい」
入電は本社からで、入金した売上金額の確認に必要な書類のデータを送ってほしいという依頼だった。事務所へ移動して作業をしていると、店長やスタッフから飛び込みの依頼が入る。そこから忙しくなってしまい、あっという間に終業時間を迎えた。
(つかれたな……)
事務所で終業の打刻を完了させ、自席前に移動し帰り支度を始める。
(もういいや…)
昼に財布を入れてそのままのサブバッグを丸ごと通勤用のリュックに詰め込み、帰路についた。
* * *
鹿乃江のデスクは手狭な事務所内ではなく、その上階にある倉庫フロアに設置されている。業務の八割でパソコンを使用するが、事務所にはチーフやフロアマネージャーが入れ替わり立ち替わりしないとならない台数しか常設されていない。パソコンが使えないと業務が中断されるため、特別に定位置を作ってもらった。
人に過干渉されるのが苦手な鹿乃江にとっては働きやすい環境だ。立場柄、完全自由シフト制なのもポイントが高い。
店舗の人事、労務、法令管理が主な仕事。客へ提供する景品をビニル袋に入れて獲得しやすいような加工を施したり、店頭で行う物販の対応補佐もたまに担当する。
気苦労も多いが、多彩な業務に取り組めてなかなかに楽しい。
メールを確認して行うべき業務を選定し、休日の間に溜まった人事書類の不備不足確認などに取り掛かる。電話対応や店長からの飛び込み依頼に対応していると、あっという間に時間は過ぎていく。
「おなかすいた……」
こなすべき業務がひと段落して一息つく。気付けば13時を回っていた。決まった時間に入らなくても良いので、休憩開始時間は毎日バラバラだ。
(ご飯どうしよう)
通勤途中に買い物はしてきたが、買ったときに食べたかったものはいまの気分には副わなくなってしまった。
(ポストも行かなきゃだし……買い物行くかぁ~)
伸びをして、業務中に作成した封書を財布と一緒にサブバッグに入れた。
エレベーターで1階まで降りて通用口から店外へ出ると、日差しをまぶしく感じる。
観光地として有名な土地なのでインバウンド客の姿を散見する。しかし、イベントごとのない平日ということもあって人通りはまばらだった。
何を食べようかと考えながら駅前に向かう。
(忘れないうちにポスト……)
と、サブバッグを大きく広げ封筒を手に取ったと同時に、曲がり角から突然人影が現れた。
「ふぁっ」「うぉっ」鹿乃江と人影が同時に小さく叫ぶ。
身じろぐことしかできなかった鹿乃江をスレスレでかわしたその青年は、大きく目を見開き、すぐそばで立ち止まる。両手を広げて顔の横に挙げた姿は、まるでホールドアップを命じられた人間のようだ。
「「ごめんなさい!」」
同時に言って、しばし見つめあう二人。
「あのっ! オレっ!」
青年が鹿乃江に呼びかける。しかし、それを遮るように近くから若い女性数人の声が聞こえてきた。
いま来た道をチラリと見て、
「ごめんなさい」
もう一度早口で言って、青年は足早に去って行った。
鹿乃江は少し遅れて振り返り、少し離れたところに停めてある車に乗り込む青年の背中に会釈する。若い女性の声は人を探しながらどこかへ移動して行った。
(なに言いかけてたんだろ。まぁもう知る由もないけど……。あっ、もしかして殴っちゃったりしたかな)
しかしバッグを広げるために肩ひもを持っていた手に、なにかがぶつかった感覚はない。
(まぁ大丈夫か……)
曲がり角の向こうを目視して、人が来ないことを確認してから歩を進めた。
(肌の綺麗な男の子だったなー)
歩を進めながらそんなことをぼんやりと考える。
(ここから始まる恋物語~なんてね。ラノベかソシャゲならなくはないな)
脳内で笑って、ポストまで歩く。右手に持ったままだった封書を投函してコンビニに立ち寄るが、食べたいものが見つからない。そもそもなにを食べたいのかわからない。
(疲れてるんだなー……。まぁもう時間もないし、いっか)
来た道を戻り自席に着く。通勤途中に買ってきた昼食を食べていると入電があった。事務所に誰もいないらしく呼び出し音は鳴り続ける。こうなると、休憩中とはいえ出ないわけにいかない。定められた休憩時間を何度かの小休憩に振り替えて取得することも良くある。
子機を充電器から取り上げて対応に入る。数分後、通話を終えてそのまま業務に戻った鹿乃江に
「つぐみさーん」
フロアスタッフで後輩の園部三月が、鹿乃江の名字を縮めた愛称で呼びかけた。
「はぁい~」
「休憩室いっぱいなんで、ここでご飯食べていいですか?」
「いいよー。ここ使ってー」と、荷物を移動させてサブデスクと椅子を空ける。
「やったー」
持参したタブレットにイヤホンを挿し、動画を視聴しながら食事をとる園部を横目に、書類をさばきながら鹿乃江が業務を進める。
しばらくしてご飯を食べ終えた園部が、最近視た動画やハマってるゲームをクリアしたや推しドルが近くでロケしてたや、他愛のない話をし始めた。
「へー」「そうなんだー」「すごいねー」などと相槌を打ちながら作業を進める鹿乃江に
「ちょっと、つぐみさん。聞ーてます?」園部が口をとがらせて問う。
「聞いてるよー。クリアしたけどミッション達成率40%だったんでしょ?」
「そーなんですよー。100パーにするのにまだまだ遊べるんですよー」言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
「元気だなぁ~」
「楽しいですよ。まだ見つけてないモブとかいるの探すんですよ」
「何時間やれば100%になるんだろね」
「私はいま100時間超えてますね」
「すご」
喋りながら書類と入力内容に相違がないかを確認する鹿乃江。
「新人ちゃんですか」
「うん、そう」
園部がかたわらに置かれた書類を眺めていると、住民票を確認していた鹿乃江が「フヘっ」と変な声で笑う。
「どしたんですか」
「んー? 親御さんが同い年だったわ」
「えー、マジですか」
「うん。産めるわ」
「えーでもつぐみさん40代には見えないし、いいんじゃないですか」
「見た目だけ若くてもねぇ」言われ慣れている鹿乃江は苦笑しながら続けて「中身がねぇ」モニタに顔を近づけて、書類と入力内容を見比べる。
「えっ、中身も全然若いですよ?」
「え? 精神じゃなくて体力とか内臓の話をしているのよ?」
「あ、そっち」
「うん、そっち」
「……ねぇ~?」二人で言って、笑いあう。
「まぁ若いコに若いって言ってもらえるのはありがたいわ。ありがとう」
「いや、お世辞とかじゃなくてホントに見えないんです」
「ありがと~」
(良く言われる。たまに申し訳なくなる)
心の中で苦笑したところで電話が鳴った。
「ごめん、電話出るね」
「私も時間なんでフロア戻ります」
「うん、行ってらっしゃい」
入電は本社からで、入金した売上金額の確認に必要な書類のデータを送ってほしいという依頼だった。事務所へ移動して作業をしていると、店長やスタッフから飛び込みの依頼が入る。そこから忙しくなってしまい、あっという間に終業時間を迎えた。
(つかれたな……)
事務所で終業の打刻を完了させ、自席前に移動し帰り支度を始める。
(もういいや…)
昼に財布を入れてそのままのサブバッグを丸ごと通勤用のリュックに詰め込み、帰路についた。
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