上 下
116 / 120

Chapter.116

しおりを挟む
「そうだ、危ない。渡しそびれるとこだったわ」
 食器を洗い終えて、攷斗が自室へ戻った。
「リビング行こ」
 キッチンで冷蔵庫を整理していたひぃなの手を取り、ソファへ並んで座る。
「これ、誕生日プレゼント……になるかわかんないけど」
 はい、と攷斗が大きな紙袋をひぃなに渡す。
「えっ、ありがとう。開けていい?」
「もちろん。むしろ開けてほしい」
 かなり大きな箱なので、床に置いて開封することにした。
 包装を解き、真っ白な箱を開けるとそこには……
「えっ……!」
 純白のウエディングドレスが入っていた。
「これ……」
 驚いて、ひぃなが攷斗を見やる。
「うん。多分サイズ大丈夫だと思うんだけど……オーダーメイドの一点ものなので、返品不可です」
 ひぃながそっと、大事そうにドレスを取り出した。
「渡すとき、改めてプロポーズしようと思ってたんだよね。ちょっと前後しちゃったけど」
 ひぃなはずっと涙目のまま、言葉を探している。
「当ててみてよ」
 立ち上がった攷斗が、ドレスをひぃなから受け取り、同じように立ち上がったひぃなの肩に当てた。
「うん、すその長さは丁度よさそうだね」
 ひぃなが服を押さえたのを確認してから、少し離れて全体像を確認する。
「……似合ってるよ。キレイ」
 ひぃなの瞳に涙が溜まる。
「ありがとう……」
「うん。俺も嬉しい」
 だいぶ前から準備していたそのドレスを、ようやっと渡すことが出来て、攷斗は胸を撫でおろした。
「式場、予約するか、撮影だけにするかはひなに任せていいかな」
「……うん。ありがとう……」
 ドレスを丁寧に箱に戻しながら、ひぃなが微笑む。
「あと、年末年始に、温泉宿の予約取ったんだ。そっちは新婚旅行も兼ねて、一緒に、行かない?」
「行きたい。予定、空けておくね」
「うん」
 一年遅れの新婚生活に、二人は終始、同じように穏やかな笑みを浮かべていた。
 お風呂に入り、リビングで【地上波初放送】の映画を視る、いつもの日常。
 違うのは、いままで一定の距離を保っていた二人の間が物理的に縮まったこと。二人の間の空気に甘さが加わったこと。触れ合うことに、遠慮が減ったこと。
 ただ隣りに座って手を繋ぎ、テレビを視ているだけでこんなにも幸せだということ。
 攷斗の肩に寄りかかりながら、隣にいるのが攷斗で良かったとしみじみ思う。
 最初から始まっていたのに、それに気付こうとしなかった。今となってはそれはそれで楽しかったので、結果オーライということにしておく。
 映画がCMになる。マグカップの中身はカラだ。
「何か飲む?」
「んー? ひなが飲むなら」
 じゃあお茶でも…と立ち上がるが、攷斗は手を離さない。
「離してくれないと向こう行けないんだけど……」
「うん」
 返事はするが、離そうとしない。手を持ち上げてみるが、離す気配もない。いたずらっ子の笑みで攷斗がひぃなに顔を向ける。
 “もう離さない”とは、物理的なことだったのか。
(うーん、かわいいな)
 これまでもたまに思ってはいたが、改めてそう思う。
 人を好きになると苦しいこともあるけれど、やっぱり心が弾む。少し若返った気分にもなる。
「なに、見つめちゃって」
「かわいいなと思って」
 言われた攷斗は一瞬たじろいで、
「急なんだよな……」
 照れたように苦笑した。
「CM終わっちゃうんですけど」
「じゃあ一緒に行こう」
 手を繋いだままキッチンへ移動する。お互いが空いた手にお茶のポットとコップをそれぞれ持って、リビングへ戻った。
 CMはすでに終わっていて映画の本編を少し見逃してしまったが、毎年のようにリピート放送される映画だし、なんならネットで視聴すればいいだけなので問題ない。
 一時間ほど経ち映画がラストを迎えた。エンドロールが流れ終わってからテレビを消す。明日は休日。さてどうしようか、とソワソワした空気が流れ始めて、攷斗が口を開いた。
「…眠い?」
「…ううん…?」
 質問の意図を汲んだひぃなが、少しためらいつつ返答する。
「そっか、じゃあ……一年遅れの初夜、しよっか」
「なっ!……に、言ってるの……」
「え? やっとちゃんと心が夫婦になったんだから、身体もなろうよ」
 予想はしていたものの、割と直球な申し入れに、はわはわして言葉が出てこないひぃなを見て攷斗が微笑む。
「どんだけ俺が一人で夜な夜な悶々してたと思ってんの」
「知らないよ」
「ひなはしなかった? 悶々」
「し……てない……」
 攷斗とは違う意味で悶々と思い悩んではいたが、身体は攷斗が言うほどではない。
「ほら、行こ」
 攷斗が立ち上がり、繋いだ手を引く。部屋へ入るとセンサーが反応して間接照明が点いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」 現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった   雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身 「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」 私の目の前に現れた彼の突然の申し出   冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身 突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが 彼の独占欲はエスカレートしていく 冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・ 雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。 そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。 だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。 愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。  

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

処理中です...