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Chapter.108
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翌日、プリローダから打ち合わせのアポが入ったので、ついでというわけではないが色々世話と心配をかけた堀河に報告をする。
「示談ねぇ……」
「ひなに近付けなくなればそれでいいですし」
「そうね」
「裁判ってなるとまた顔合わせることになっちゃいますし、ひなも証言するの辛いでしょうし」
「…そうね…」
ふぅーと二人が深く息を吐く。
「最悪の事態にならなかっただけ良しとするしかないのかしら」
「そうですね。証拠は提出したんで、ストーカー規制法は発令されましたよ」
「それは良かったわ」
堀河の会社でも、無断欠勤が続いたことを理由に解雇する予定だ。ひぃなが在籍する以上、ストーカー規制法が発令された時点で在社は出来なくなるが。
「今日はひぃなは?」
「家です。独りにさせたくなかったんで、護衛たちにいてもらってます」
「仕事とはいえあんたも不安よね。ごめんね」
「いや、まぁ…。業務たまってたんで……」
苦笑する攷斗。
実際、久しぶりに出社したときには確認待ちの列が出来そうになったので、時間制で予約を取って高速で業務をこなした。経営に支障が出たわけではないが、もうあんな詰め込み式で仕事をやるのはこりごりだ。
ひとしきり堀河への現状報告を終えたところで、会議室のドアがノックされる。
「失礼しまーす」
遠慮がちに室内に入ってきたのは紙尾だ。
「あ」
「あれっ、棚井じゃん。久しぶり」
「久しぶり」
席を立って攷斗が挨拶をする。
「どーしたの? あれ? これ私、部屋間違ってます?」
「あってるわよ」
紙尾を呼び出した堀河が答えた。
「お礼を言いに来たんだ」
「え? 私に?」
「うん」
「なんかしたっけ?」
「うん。俺の大事な嫁を助けてくれてありがとうございます」
「はい…。えっ、棚井結婚したの? おめでとう!」
「あっ、うん。ありがとう……」
「えーっと…?」
肝心な知識の共有が足りておらず、話が噛み合わない。堀河はそのやりとりを、頬杖をつきながらただ眺めている。
「あー……まだ、誰にも内緒にしててほしいんだけど…」と前置きをして「ひな……時森さん結婚したでしょ、去年の年末あたりに」
「うん。良く知ってるね」
「それの相手、俺なんだ」
紙尾はきょとんとしたあと、
「…えー! あっ、じゃあさっきのお礼って…」
やっと理解した。
「うん。ストーカーのこと。社長に伝えてくれてありがとう。紙尾が気付いてくれなかったらと思うとゾッとする」
「ううん? 時森チーフが無事だって、旦那さんが助けてくれたって社長から聞いたとき、本当に安心したの。そっか、棚井だったか……」
感慨深そうな紙尾。
「入社してすぐくらいの頃からずっと片想いしてたもんねー」
「いや、まぁ、そうなんだけど……」
改めて言われると恥ずかしい。
「あら、紙尾ちゃんも知ってたの」
「チーフとは同じ部署ですからね。間に入って取り持ってくれってうるさかったんです。そのうえ連絡先交換したとたん直接やりとりして仲間外れにされてー」
「あらー、ケチねー」
「いや…みんなで行ったらただの会社呑みになっちゃうじゃないですか……」
「それはわかるけどー。私だってチーフと飲みに行きたーい」
「私もひぃなに会いたーい」
「紙尾は今度メシ誘う」
「やったー」
「社長は……来ます? 今日、うち」
「いいの?」
「いいっすよ。ひなも会いたがってたし。連絡入れておきます」
「じゃあ、仕事終わったらメッセするわ」
「ナビにうちの住所の履歴残ってますよね」
「んー、多分? 残ってなかったら聞くわ」
「じゃあそれで。紙尾にはまた予定聞くから」
「うん。チーフによろしくお伝えください」
「了解です。じゃあ、俺、そろそろ会社戻りますね」
「うん、じゃあ、また」
紙尾が会議室にとどまり攷斗を見送る。そのまま飲み物を片付けるつもりのようだ。
堀河は通常の打ち合わせ時同様、エレベーター前まで攷斗を送る。
「また、夜に」
「はい、お待ちしてます」
二人でお辞儀をして、エレベーターのドアが閉まるのを合図に頭を上げた。
その表情には、安心と悔恨が入り混じっていた。
「示談ねぇ……」
「ひなに近付けなくなればそれでいいですし」
「そうね」
「裁判ってなるとまた顔合わせることになっちゃいますし、ひなも証言するの辛いでしょうし」
「…そうね…」
ふぅーと二人が深く息を吐く。
「最悪の事態にならなかっただけ良しとするしかないのかしら」
「そうですね。証拠は提出したんで、ストーカー規制法は発令されましたよ」
「それは良かったわ」
堀河の会社でも、無断欠勤が続いたことを理由に解雇する予定だ。ひぃなが在籍する以上、ストーカー規制法が発令された時点で在社は出来なくなるが。
「今日はひぃなは?」
「家です。独りにさせたくなかったんで、護衛たちにいてもらってます」
「仕事とはいえあんたも不安よね。ごめんね」
「いや、まぁ…。業務たまってたんで……」
苦笑する攷斗。
実際、久しぶりに出社したときには確認待ちの列が出来そうになったので、時間制で予約を取って高速で業務をこなした。経営に支障が出たわけではないが、もうあんな詰め込み式で仕事をやるのはこりごりだ。
ひとしきり堀河への現状報告を終えたところで、会議室のドアがノックされる。
「失礼しまーす」
遠慮がちに室内に入ってきたのは紙尾だ。
「あ」
「あれっ、棚井じゃん。久しぶり」
「久しぶり」
席を立って攷斗が挨拶をする。
「どーしたの? あれ? これ私、部屋間違ってます?」
「あってるわよ」
紙尾を呼び出した堀河が答えた。
「お礼を言いに来たんだ」
「え? 私に?」
「うん」
「なんかしたっけ?」
「うん。俺の大事な嫁を助けてくれてありがとうございます」
「はい…。えっ、棚井結婚したの? おめでとう!」
「あっ、うん。ありがとう……」
「えーっと…?」
肝心な知識の共有が足りておらず、話が噛み合わない。堀河はそのやりとりを、頬杖をつきながらただ眺めている。
「あー……まだ、誰にも内緒にしててほしいんだけど…」と前置きをして「ひな……時森さん結婚したでしょ、去年の年末あたりに」
「うん。良く知ってるね」
「それの相手、俺なんだ」
紙尾はきょとんとしたあと、
「…えー! あっ、じゃあさっきのお礼って…」
やっと理解した。
「うん。ストーカーのこと。社長に伝えてくれてありがとう。紙尾が気付いてくれなかったらと思うとゾッとする」
「ううん? 時森チーフが無事だって、旦那さんが助けてくれたって社長から聞いたとき、本当に安心したの。そっか、棚井だったか……」
感慨深そうな紙尾。
「入社してすぐくらいの頃からずっと片想いしてたもんねー」
「いや、まぁ、そうなんだけど……」
改めて言われると恥ずかしい。
「あら、紙尾ちゃんも知ってたの」
「チーフとは同じ部署ですからね。間に入って取り持ってくれってうるさかったんです。そのうえ連絡先交換したとたん直接やりとりして仲間外れにされてー」
「あらー、ケチねー」
「いや…みんなで行ったらただの会社呑みになっちゃうじゃないですか……」
「それはわかるけどー。私だってチーフと飲みに行きたーい」
「私もひぃなに会いたーい」
「紙尾は今度メシ誘う」
「やったー」
「社長は……来ます? 今日、うち」
「いいの?」
「いいっすよ。ひなも会いたがってたし。連絡入れておきます」
「じゃあ、仕事終わったらメッセするわ」
「ナビにうちの住所の履歴残ってますよね」
「んー、多分? 残ってなかったら聞くわ」
「じゃあそれで。紙尾にはまた予定聞くから」
「うん。チーフによろしくお伝えください」
「了解です。じゃあ、俺、そろそろ会社戻りますね」
「うん、じゃあ、また」
紙尾が会議室にとどまり攷斗を見送る。そのまま飲み物を片付けるつもりのようだ。
堀河は通常の打ち合わせ時同様、エレベーター前まで攷斗を送る。
「また、夜に」
「はい、お待ちしてます」
二人でお辞儀をして、エレベーターのドアが閉まるのを合図に頭を上げた。
その表情には、安心と悔恨が入り混じっていた。
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