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Chapter.106

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 しばらくして、胸の中の声がやんだ。
 ひぃながゆっくり身体を離すと、攷斗が優しい笑みを浮かべてひぃなの頬を拭う。
「水分摂ろう。スポドリ、ぬるくなっちゃったけど」
 攷斗が半身を起こしてベッドサイドのテーブルから500mlのペットボトルを取った。
「起きれる?」
「うん」
 昨夜よりも体調は回復しているようだ。
 ヘッドボードを背もたれにして二人で座る。
 パキパキと音を立てて開栓したペットボトルを、ひぃなの両手に持たせた。落としてしまっても大丈夫なように、攷斗が軽く手を添える。
 ひぃなはゆっくりとスポーツドリンクを口に含み、飲み下す。食堂を通って胃に水分が広がる感覚がわかる。きっと、おなかの中は空っぽだ。
「何か食べられそう?」
「減ってはいるだろうけど、食べる気が起きてない」
「そっか」
「でも食べないと、また貧血でちゃうかも……」
「うーん……」
 と唸る攷斗のおなかがぐうぅと鳴った。
「ごめん、ご飯食べてもいい?」
「もちろん。ごめんね」
「じゃあ……俺特製おじやでも作ろうかな」
 それは、ひぃなが風邪で寝込んだとき、攷斗が初めてひぃなに振る舞った手料理。
 味や香りを思い出して、くるる…と胃の動く音が鳴る。それは攷斗の耳にも届いたようで、
「食べる?」
 嬉しそうにひぃなの顔を覗き込んだ。
「うん」
 うなずいたひぃなの笑顔を見て、攷斗が安心したように相好を崩した。
「できたら呼ぶから、寝てていいよ」
「うん…ありがとう」
 昨夜よりもだいぶ楽になっているが、今日は攷斗に甘えてしまおうと思う。
 攷斗が部屋から出るのを見送って、ふと気付く。
(…メイク、そのままだよね……?)
 さすがに落としたくて、部屋を見渡す。
(あれ…? なんか配置が違う…?)
 としばらく見渡して
(あ)
 ここが自室ではないことに気付く。
(そうだ、コウトの部屋だ)
 襲われた時のことを思い出して血の気が引くが、そのあとの攷斗との時間を思い出すと、カアァ……と頭に血が上る。
 ときめきの時間差攻撃までおまけで付いてくる。
 苦しいやら恥ずかしいらやで忙しい感情を持て余しつつ、洗面所へ向かう。鏡を見て
(うわ……)
 近来稀に見る自分のひどい顔に退いた。
 血色が悪い上に泣きはらしてむくんだ顔。メイクはそこまでひどく崩れていないのが唯一の救いだ。コスメの優秀さに感謝。とはいえ、ファンデを塗っていてもわかる顔色の悪さは、貧血がまだ癒えていない証拠。
 メイク落としで洗顔する。ついでに歯磨き。
 さっぱりしたところで、鏡の中の自分が攷斗の服を着ていることに気付いた。
(あとで洗って返そう)
 朦朧としていたのか、昨夜の記憶がところどころ曖昧だ。さっきまで覚えていた夢の内容も、泣いている内に飛散して忘れてしまった。
 身だしなみを整え、トイレへ寄ってからリビングへ向かう途中、攷斗の部屋の前で部屋主と会った。
 こわばった顔を緩ませ息をつくと、笑顔を浮かべた。
「どこ行ったのかと思った」
 その声から、心配の色がにじみ出ている。
「ごめん。声かければ良かったね」
「うん。無事ならいいんだ」
 ごはん、出来たよ。と攷斗がひぃなの手を取り、リビングへ向かう。それは、迷子の子供を見つけた親のよう。
 そんな経験ないのに、その手の温もりに何故だかとても安心して、少し泣きそうになる。
 少し力を込めて握り返すと、気付いた攷斗が同じようにしてひぃなの手をくるんだ。
 久しぶりに食べた“攷斗特製おじや”は、空っぽの胃に優しく染み込み、とても美味しかった。

* * *
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