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Chapter.95
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それから二ヶ月後――。
「社長~」
「はーい」
「いま少しお時間よろしいですか?」
廊下を歩いていた堀河に、紙尾がスマホ片手に話しかける。
「いいわよー、どうしたの?」
「えっと……」
周囲を気にしているのに気付き
「座りたいから場所変えよっか」
社長室を指さして堀河が言った。秘書二人に退室を促して、神尾を応接ソファに座らせる。
「なにかあった?」
堀河が促すと、
「私も、良くないことしてるとは思うんですけど……」
前置きをして、スマホを差し出した。
「ん?」
画面を見ると、そこにひぃなが映っている。
「何枚かあるんですけど……」
と画面をスライドさせて、複数枚の画像を表示した。
仕事するひぃなと共に、必ず画面内に納まっている人物がいる。
「……黒岩くん……?」
「そうなんです。時森チーフには業務依頼を絶対しないのに、事務室出入りするとき必ずチーフのことガン見してて……」
服装が同じもの、違うもの、日によって数枚ずつ撮影されている。
「一緒に廊下歩いてると、かなりの確率で曲がり角から出てきて、チーフとぶつかりそうになるんですよね」
堀河が紙尾の話を聞きながら、ゆるやかに顔を曇らせていく。
「うん。あと何か気付いたことはあるかしら」
「あとは、チーフのプライベートなお話……ご結婚のこととか、めっちゃ聞いてましたね」
「うん」
「事務室来たときも、喋りかけず見つめてるだけっていうのは前からだったんで、正直キモイねって他のコたちと話してたんですけど、チーフの結婚発表から頻度が上がってきてて……目付きもちょっと……」
堀河が左右に何度もスライドして写真を確認する。
「うん。そうね。教えてくれてありがとう。この画像、全部私のスマホに送ってもらえる?」
「はい、すぐに」
その場で紙尾が操作をすると、メッセの個別ルームに十数枚の画像が送られてくる。
「対策は早急に手配するから安心して。刺激したくないから、他の人には言わないでもらっていいかしら」
「もちろん」
「もしまたなにかあったらすぐに教えてね。直接でもメッセでも電話でも。いつでも何時でもいいからね」
「はい」
「面倒なことお願いしてごめんね! 教えてくれてありがとう!」
「はい……!」
紙尾が退室したあと、堀河は少考して攷斗にメッセを送った。もちろん、先ほど送られてきた画像もだ。
数分後、全てに既読がついて、通話モードの通知画面が表示される。
「は……」
『なんですかこれ』
堀河の返事を切って、攷斗がつかみかかる勢いで問うてくる。
「紙尾ちゃんが教えてくれたのよ。最近、ひぃなのこと見る目付きがヤバいって」
『マジか、なんも聞いてないわ。今日いるんですか、黒岩』
「出社してるけどいまは多分外回り中ね」
パソコンを操作して、全社員リストの中から黒岩の予定表を読み込んで答える。
『ひなには?』
「言ってないわよ」
『ですよね。ありがとうございます』
「うん。紙尾ちゃんにはなにかあったらすぐ教えてって言ってあるから」
『俺にもすぐに教えてください』
「もちろん。いまのところ特に実際なにかやってるわけじゃないみたいだから、警察からの警告は難しいかも」
『なにかあってからじゃ遅いんで、私設SP依頼します』
「うん」
『行動に移すようになったら、即警察行きます』
「うん。こっちも報告するから、そっちの進捗も教えてね」
『はい』
「すぐに退職させられなくてごめん」
『そんなことしたら社長が訴えられる側になっちゃうの重々承知してるんで、大丈夫です』
会社は違えど立場は同じだ。昨今急激に取りざたされるようになった各種ハラスメントへの対応策は充分に理解している。
「じゃあ、また」
『はい。教えていただいてありがとうございます』
通話を終えて、攷斗と堀河は同時にため息をついた。まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだ。
堀河は先ほどまで表示していた黒岩の予定表を常時確認出来るよう、メールシステムに登録する。
(“結婚発表から”って…もう9月なんだけど……)
ひぃなが黒岩に苦手意識を持っていると話していたのを今更ながらに思い出す。
(あの時気付いていれば……)
悔やんでももう遅い。
いまから最速で対応すれば、最悪の事態は免れるはず、とネットでストーカー規制法について調べ始めた。
同じ頃、攷斗は自身のスマホで電話をかけていた。
「あ、久しぶり、棚井です。……うん。個人的にね……スケジュールどうかな……」
* * *
「社長~」
「はーい」
「いま少しお時間よろしいですか?」
廊下を歩いていた堀河に、紙尾がスマホ片手に話しかける。
「いいわよー、どうしたの?」
「えっと……」
周囲を気にしているのに気付き
「座りたいから場所変えよっか」
社長室を指さして堀河が言った。秘書二人に退室を促して、神尾を応接ソファに座らせる。
「なにかあった?」
堀河が促すと、
「私も、良くないことしてるとは思うんですけど……」
前置きをして、スマホを差し出した。
「ん?」
画面を見ると、そこにひぃなが映っている。
「何枚かあるんですけど……」
と画面をスライドさせて、複数枚の画像を表示した。
仕事するひぃなと共に、必ず画面内に納まっている人物がいる。
「……黒岩くん……?」
「そうなんです。時森チーフには業務依頼を絶対しないのに、事務室出入りするとき必ずチーフのことガン見してて……」
服装が同じもの、違うもの、日によって数枚ずつ撮影されている。
「一緒に廊下歩いてると、かなりの確率で曲がり角から出てきて、チーフとぶつかりそうになるんですよね」
堀河が紙尾の話を聞きながら、ゆるやかに顔を曇らせていく。
「うん。あと何か気付いたことはあるかしら」
「あとは、チーフのプライベートなお話……ご結婚のこととか、めっちゃ聞いてましたね」
「うん」
「事務室来たときも、喋りかけず見つめてるだけっていうのは前からだったんで、正直キモイねって他のコたちと話してたんですけど、チーフの結婚発表から頻度が上がってきてて……目付きもちょっと……」
堀河が左右に何度もスライドして写真を確認する。
「うん。そうね。教えてくれてありがとう。この画像、全部私のスマホに送ってもらえる?」
「はい、すぐに」
その場で紙尾が操作をすると、メッセの個別ルームに十数枚の画像が送られてくる。
「対策は早急に手配するから安心して。刺激したくないから、他の人には言わないでもらっていいかしら」
「もちろん」
「もしまたなにかあったらすぐに教えてね。直接でもメッセでも電話でも。いつでも何時でもいいからね」
「はい」
「面倒なことお願いしてごめんね! 教えてくれてありがとう!」
「はい……!」
紙尾が退室したあと、堀河は少考して攷斗にメッセを送った。もちろん、先ほど送られてきた画像もだ。
数分後、全てに既読がついて、通話モードの通知画面が表示される。
「は……」
『なんですかこれ』
堀河の返事を切って、攷斗がつかみかかる勢いで問うてくる。
「紙尾ちゃんが教えてくれたのよ。最近、ひぃなのこと見る目付きがヤバいって」
『マジか、なんも聞いてないわ。今日いるんですか、黒岩』
「出社してるけどいまは多分外回り中ね」
パソコンを操作して、全社員リストの中から黒岩の予定表を読み込んで答える。
『ひなには?』
「言ってないわよ」
『ですよね。ありがとうございます』
「うん。紙尾ちゃんにはなにかあったらすぐ教えてって言ってあるから」
『俺にもすぐに教えてください』
「もちろん。いまのところ特に実際なにかやってるわけじゃないみたいだから、警察からの警告は難しいかも」
『なにかあってからじゃ遅いんで、私設SP依頼します』
「うん」
『行動に移すようになったら、即警察行きます』
「うん。こっちも報告するから、そっちの進捗も教えてね」
『はい』
「すぐに退職させられなくてごめん」
『そんなことしたら社長が訴えられる側になっちゃうの重々承知してるんで、大丈夫です』
会社は違えど立場は同じだ。昨今急激に取りざたされるようになった各種ハラスメントへの対応策は充分に理解している。
「じゃあ、また」
『はい。教えていただいてありがとうございます』
通話を終えて、攷斗と堀河は同時にため息をついた。まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだ。
堀河は先ほどまで表示していた黒岩の予定表を常時確認出来るよう、メールシステムに登録する。
(“結婚発表から”って…もう9月なんだけど……)
ひぃなが黒岩に苦手意識を持っていると話していたのを今更ながらに思い出す。
(あの時気付いていれば……)
悔やんでももう遅い。
いまから最速で対応すれば、最悪の事態は免れるはず、とネットでストーカー規制法について調べ始めた。
同じ頃、攷斗は自身のスマホで電話をかけていた。
「あ、久しぶり、棚井です。……うん。個人的にね……スケジュールどうかな……」
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