偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

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Chapter.92

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 19時過ぎ頃、日が落ちてから赤いタワーに到着すると、ライトが灯り始めていた。少し遠めのコインパーキングに駐車して車を降り、二人で車体に軽く寄り掛かってタワーの全景を眺めてみる。
「わー、キレイ~」
「すごい壮観だね。……首痛いけど」
「確かに」
 ひぃなが同意して笑う。
「展望台、登れたら良かったんだけど……」
「いいよ、苦手なものは誰にでもあるんだし」
 攷斗は高所恐怖症で、足が地についていようといなかろうと、高所からの眺めに恐怖を感じるのだそう。すでに十二分に楽しいのだし、祝いたい相手に無理強いしてまで展望台に登らなくても問題はない。
 しばらくぼんやりと、暖色に発光するタワーを眺める。
 攷斗がそっとひぃなの右手を取った。
 それに応えるように、ひぃなも攷斗の手を握る。
 指を絡めて、先ほどまでとは違う繋ぎ方をする。触れる部分が多くて、少し気恥ずかしい。
 ひぃなが指を曲げると、攷斗の薬指にはまった指輪に触れた。それが何故だかとても愛おしくて、嬉しくて、胸がいっぱいになった。


「はー、ただいま」
「楽しかったー」
「ねー」
 ソファに座る攷斗と、キッチンへ向かうひぃな。
 ひぃなは冷蔵庫からお茶のポットを出すついでに、夕飯で使う肉を取り出した。少し休んでいる間に常温に戻したいからだ。
「お茶どーぞ」
「わー、ありがとう」
「運転お疲れ様です」
「いやいや、全然」
 お茶を飲みながらしばし休憩する。
「お腹すいてる?」
「んー、割と」
 ひぃなの質問に攷斗が自分のおなかをさすって言った。
「じゃあ、夕飯の支度しようかな」
「わー、楽しみ!」
「焼いたりするので少し待っててね」
「手伝うよ」
「今日はいいよ、主役なんだし」
「んー、じゃあ、お言葉に甘えて」
「できたら呼ぶから、部屋にいてもいいよ?」
「もしかしてそのほうがやりやすい?」
「ん? サプライズ感がないほうがいいならいつもと一緒でいいよ」
 とソファを立つひぃなに
「部屋で待ってます」
 攷斗が言って、その場をあとにした。
(よしっ)
 サプライズと言ったからには気合を入れて作らないと。
 手を洗って、まずはカトラリーとワイングラスをテーブルへ置いた。
 キッチンに戻りフライパンを二つ熱しておく。その間にサラダ用の野菜などを切って盛り付け、冷蔵庫に入れた。
 耐熱皿にオリーブオイルと鷹の爪、ニンニクなどの香味野菜と具材を入れてオーブンで焼き始める。
 鍋には昨日下ごしらえをしていたスープを注ぎ、温めなおす。三ツ口コンロはとても便利だ。
 充分に熱したフライパンに牛脂で油を引き、常温に戻したステーキ肉を二枚置くとジュワァ……! と音を立てた。同時進行でご飯も炒める。
 焼きモノは時間との勝負なので、考えていた段取りを追いながらそれぞれの料理を仕上げていく。
 ステーキ皿はレンジなどで温めると良い、とレシピサイトに書かれていたので、それに倣ってみる。
(思ってたより慌ただしい……!)
 一つ一つの作業は単純なのに、手数が多い。
 カウンターの面積をフル活用して皿を並べ、多少冷めても味に影響が出にくい料理から盛り付けていく。
 まずはガラスの小鉢にアボカドとトマトとモッツアレラチーズのサラダを。
 平皿にガーリックライス。
 大きなスープボウルにコーンポタージュを注いだところで、オーブンが焼き上がりを報せるアラームを鳴らしたので、ブロッコリーとえびのアヒージョを取り出して耐熱皿ごと木のトレイに乗せる。
 最後に、温めた皿に熟成肉のステーキ。付け合わせに、昨日作っておいた人参のグラッセと、ステーキソースにもなる塩とオリーブオイルとバルサミコソースで炒めたオニオンソテーを乗せる。
(できたー!)
 皿を運んで、攷斗を呼びに行く。
「お待たせ、できたよ」
「お、待ってました」
 心の底から嬉しそうな笑顔の攷斗を連れて、ひぃながテーブルに案内した。
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