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Chapter.90
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夕食を食べ、お風呂に入る。テレビを点けると毎年恒例の超有名アニメの地上波放送が始まるところだったので、二人で一緒に視ることにした。
本当は早めに寝たほうがいいのかなとも思うが、日付が変わるその時を一緒に迎えたいと思う。それはひぃなだけが思っていて、攷斗は特に気にしていないかもしれない。ただ、部屋に戻る気配もないので、攷斗に任せることにした。
アニメを視終え、日付が変わるまで一時間弱。
どうしようかなと考えていると、
「もう少し一緒にいていいかな」
攷斗が切り出した。
その申し出が嬉しくて、ひぃなははにかみながら
「もちろん」
うなずいた。
リビングでいつものようにくつろぎながら明日の予定を考えたりする。そうこうしているうちに24時を迎えたので、
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ソファの上で向き合って、お辞儀をした。
「ごめんね? 付き合わせて」
「ううん? 私も一番に伝えたかったから嬉しい」
柔らかく微笑むひぃなに、攷斗はもう一度プロポーズしようかと思う。
最初のときはひぃなの誕生日で、気弱にも“ケッコンカッコカリ”などと言ってしまったが、もう“(仮)”は不要だと感じていた。ハナから不要だったのだから、その一言を言わなければこんなにも悶々とする日々を送らなくて済んだかもしれないと早々に後悔していた。
ひぃな、と名前を呼ぼうとしたが、
「そうだ。ちょっと待ってて?」
それはひぃなの言葉にさえぎられた。
ひぃなはソファを立って自室に戻ると、何かを後ろ手に隠して攷斗の隣に座り直す。
「いつ渡そうかと思ってたんだけど……お誕生日、おめでとう」
包装紙に包まれた、長方形の小さな箱を攷斗に渡す。
「えっ、いいの?」
「もちろん。受け取ってくれないと悲しい」
冗談めかして笑いながら伝えると、
「ありがとう」
攷斗はとても嬉しそうにまなじりを下げて、その包みを受け取る。
「開けてもいい?」
「うん」
攷斗が丁寧に包みを開ける。箱を開けると、革のペンケースが入っていた。
「うわ、素敵」
「中身も見てみて?」
「え? 中身?」
不思議そうに言ってペンケースの蓋を開ける。そこには名入りの高級万年筆が収納されていた。
「えぇー! すごーい! 嬉しい!」
丁寧に取り出して、全体を眺めたりキャップを外したりしている。
「前にボールペン渡したことあるから、ちょっと被っちゃうけど……」
「いやいや、嬉しい! ありがとう! しかも吸入式じゃん!」
ペン軸を回して外し、攷斗が弾む声で言う。
マニア心をくすぐれて良かった。
「こちら、インクと万年筆専用用紙が入っております」
別に背中に隠していた小さな紙袋を渡す。
「えっ! すごい!」
攷斗は少年のように瞳を輝かせて全てを取り出しテーブルに並べた。
「うわー! めっちゃ嬉しい! 大事に使います」
「喜んでいただけて良かったです」
「いますぐ使いたいけど、遅くなっちゃうかな」
「昼間渡したほうが良かったかな?」
「ううん、いつでも嬉しいよ。あー、もう。この嬉しさをちゃんと伝えられないのがもどかしい」
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わってるから」
終始満面の笑みだし声色も弾んでいるので、ひぃなが少し照れくさくなるくらい感情が溢れ出ている。攷斗は自分で気付いていないのか。
大事そうに全ての物を箱や袋にしまいながら
「いやもう、いますぐ抱き締めたいくらい嬉しい」
言って、思わず出てしまった言葉に攷斗が“しまった”と言いたげな顔を見せた。
そんなことを言われて冷静でいられるほど、ひぃなは恋愛経験値を積んでいない。けれど、年に一度だし、この先も今日のように祝えるかわからない。
どうしようか悩んで、でもこんな機会でもないと……と意を決して、
「……はい」
攷斗のほうに向き直り、両手を広げた。恥ずかしすぎて、攷斗の顔をまともに見ることが出来ない。
攷斗は一瞬戸惑った様子を見せ、次の瞬間ひぃなを優しく抱き寄せた。
ひぃなは広げていた手を攷斗の背中に回す。冷房で少し冷えた体に攷斗の体温がじわりと伝わる。
ハグに近いその抱擁は、しばらく続く。
(……きもちいい……このままひとつになれたらいいのに……)
二人の心はひとつなのに、身体はまだ、そうなれない。
もちろん、それが全てというわけではない。けれど、でも……。
もどかしい思いを抱えているのは同じなのに、お互いの気持ちがわからない。
言いたい気持ち。伝えられない言葉。届かない想い。
あと一歩が踏み出せず、名残惜しそうに離れた身体は、また今夜も独りでそれぞれの部屋に戻るしかなかった――。
本当は早めに寝たほうがいいのかなとも思うが、日付が変わるその時を一緒に迎えたいと思う。それはひぃなだけが思っていて、攷斗は特に気にしていないかもしれない。ただ、部屋に戻る気配もないので、攷斗に任せることにした。
アニメを視終え、日付が変わるまで一時間弱。
どうしようかなと考えていると、
「もう少し一緒にいていいかな」
攷斗が切り出した。
その申し出が嬉しくて、ひぃなははにかみながら
「もちろん」
うなずいた。
リビングでいつものようにくつろぎながら明日の予定を考えたりする。そうこうしているうちに24時を迎えたので、
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ソファの上で向き合って、お辞儀をした。
「ごめんね? 付き合わせて」
「ううん? 私も一番に伝えたかったから嬉しい」
柔らかく微笑むひぃなに、攷斗はもう一度プロポーズしようかと思う。
最初のときはひぃなの誕生日で、気弱にも“ケッコンカッコカリ”などと言ってしまったが、もう“(仮)”は不要だと感じていた。ハナから不要だったのだから、その一言を言わなければこんなにも悶々とする日々を送らなくて済んだかもしれないと早々に後悔していた。
ひぃな、と名前を呼ぼうとしたが、
「そうだ。ちょっと待ってて?」
それはひぃなの言葉にさえぎられた。
ひぃなはソファを立って自室に戻ると、何かを後ろ手に隠して攷斗の隣に座り直す。
「いつ渡そうかと思ってたんだけど……お誕生日、おめでとう」
包装紙に包まれた、長方形の小さな箱を攷斗に渡す。
「えっ、いいの?」
「もちろん。受け取ってくれないと悲しい」
冗談めかして笑いながら伝えると、
「ありがとう」
攷斗はとても嬉しそうにまなじりを下げて、その包みを受け取る。
「開けてもいい?」
「うん」
攷斗が丁寧に包みを開ける。箱を開けると、革のペンケースが入っていた。
「うわ、素敵」
「中身も見てみて?」
「え? 中身?」
不思議そうに言ってペンケースの蓋を開ける。そこには名入りの高級万年筆が収納されていた。
「えぇー! すごーい! 嬉しい!」
丁寧に取り出して、全体を眺めたりキャップを外したりしている。
「前にボールペン渡したことあるから、ちょっと被っちゃうけど……」
「いやいや、嬉しい! ありがとう! しかも吸入式じゃん!」
ペン軸を回して外し、攷斗が弾む声で言う。
マニア心をくすぐれて良かった。
「こちら、インクと万年筆専用用紙が入っております」
別に背中に隠していた小さな紙袋を渡す。
「えっ! すごい!」
攷斗は少年のように瞳を輝かせて全てを取り出しテーブルに並べた。
「うわー! めっちゃ嬉しい! 大事に使います」
「喜んでいただけて良かったです」
「いますぐ使いたいけど、遅くなっちゃうかな」
「昼間渡したほうが良かったかな?」
「ううん、いつでも嬉しいよ。あー、もう。この嬉しさをちゃんと伝えられないのがもどかしい」
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わってるから」
終始満面の笑みだし声色も弾んでいるので、ひぃなが少し照れくさくなるくらい感情が溢れ出ている。攷斗は自分で気付いていないのか。
大事そうに全ての物を箱や袋にしまいながら
「いやもう、いますぐ抱き締めたいくらい嬉しい」
言って、思わず出てしまった言葉に攷斗が“しまった”と言いたげな顔を見せた。
そんなことを言われて冷静でいられるほど、ひぃなは恋愛経験値を積んでいない。けれど、年に一度だし、この先も今日のように祝えるかわからない。
どうしようか悩んで、でもこんな機会でもないと……と意を決して、
「……はい」
攷斗のほうに向き直り、両手を広げた。恥ずかしすぎて、攷斗の顔をまともに見ることが出来ない。
攷斗は一瞬戸惑った様子を見せ、次の瞬間ひぃなを優しく抱き寄せた。
ひぃなは広げていた手を攷斗の背中に回す。冷房で少し冷えた体に攷斗の体温がじわりと伝わる。
ハグに近いその抱擁は、しばらく続く。
(……きもちいい……このままひとつになれたらいいのに……)
二人の心はひとつなのに、身体はまだ、そうなれない。
もちろん、それが全てというわけではない。けれど、でも……。
もどかしい思いを抱えているのは同じなのに、お互いの気持ちがわからない。
言いたい気持ち。伝えられない言葉。届かない想い。
あと一歩が踏み出せず、名残惜しそうに離れた身体は、また今夜も独りでそれぞれの部屋に戻るしかなかった――。
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