偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
90 / 120

Chapter.90

しおりを挟む
 夕食を食べ、お風呂に入る。テレビを点けると毎年恒例の超有名アニメの地上波放送が始まるところだったので、二人で一緒に視ることにした。
 本当は早めに寝たほうがいいのかなとも思うが、日付が変わるその時を一緒に迎えたいと思う。それはひぃなだけが思っていて、攷斗は特に気にしていないかもしれない。ただ、部屋に戻る気配もないので、攷斗に任せることにした。
 アニメを視終え、日付が変わるまで一時間弱。
 どうしようかなと考えていると、
「もう少し一緒にいていいかな」
 攷斗が切り出した。
 その申し出が嬉しくて、ひぃなははにかみながら
「もちろん」
 うなずいた。
 リビングでいつものようにくつろぎながら明日の予定を考えたりする。そうこうしているうちに24時を迎えたので、
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 ソファの上で向き合って、お辞儀をした。
「ごめんね? 付き合わせて」
「ううん? 私も一番に伝えたかったから嬉しい」
 柔らかく微笑むひぃなに、攷斗はもう一度プロポーズしようかと思う。
 最初のときはひぃなの誕生日で、気弱にも“ケッコンカッコカリ”などと言ってしまったが、もう“(仮)”は不要だと感じていた。ハナから不要だったのだから、その一言を言わなければこんなにも悶々とする日々を送らなくて済んだかもしれないと早々に後悔していた。
 ひぃな、と名前を呼ぼうとしたが、
「そうだ。ちょっと待ってて?」
 それはひぃなの言葉にさえぎられた。
 ひぃなはソファを立って自室に戻ると、何かを後ろ手に隠して攷斗の隣に座り直す。
「いつ渡そうかと思ってたんだけど……お誕生日、おめでとう」
 包装紙に包まれた、長方形の小さな箱を攷斗に渡す。
「えっ、いいの?」
「もちろん。受け取ってくれないと悲しい」
 冗談めかして笑いながら伝えると、
「ありがとう」
 攷斗はとても嬉しそうにまなじりを下げて、その包みを受け取る。
「開けてもいい?」
「うん」
 攷斗が丁寧に包みを開ける。箱を開けると、革のペンケースが入っていた。
「うわ、素敵」
「中身も見てみて?」
「え? 中身?」
 不思議そうに言ってペンケースの蓋を開ける。そこには名入りの高級万年筆が収納されていた。
「えぇー! すごーい! 嬉しい!」
 丁寧に取り出して、全体を眺めたりキャップを外したりしている。
「前にボールペン渡したことあるから、ちょっと被っちゃうけど……」
「いやいや、嬉しい! ありがとう! しかも吸入式じゃん!」
 ペン軸を回して外し、攷斗が弾む声で言う。
 マニア心をくすぐれて良かった。
「こちら、インクと万年筆専用用紙が入っております」
 別に背中に隠していた小さな紙袋を渡す。
「えっ! すごい!」
 攷斗は少年のように瞳を輝かせて全てを取り出しテーブルに並べた。
「うわー! めっちゃ嬉しい! 大事に使います」
「喜んでいただけて良かったです」
「いますぐ使いたいけど、遅くなっちゃうかな」
「昼間渡したほうが良かったかな?」
「ううん、いつでも嬉しいよ。あー、もう。この嬉しさをちゃんと伝えられないのがもどかしい」
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わってるから」
 終始満面の笑みだし声色も弾んでいるので、ひぃなが少し照れくさくなるくらい感情が溢れ出ている。攷斗は自分で気付いていないのか。
 大事そうに全ての物を箱や袋にしまいながら
「いやもう、いますぐ抱き締めたいくらい嬉しい」
 言って、思わず出てしまった言葉に攷斗が“しまった”と言いたげな顔を見せた。
 そんなことを言われて冷静でいられるほど、ひぃなは恋愛経験値を積んでいない。けれど、年に一度だし、この先も今日のように祝えるかわからない。
 どうしようか悩んで、でもこんな機会でもないと……と意を決して、
「……はい」
 攷斗のほうに向き直り、両手を広げた。恥ずかしすぎて、攷斗の顔をまともに見ることが出来ない。
 攷斗は一瞬戸惑った様子を見せ、次の瞬間ひぃなを優しく抱き寄せた。
 ひぃなは広げていた手を攷斗の背中に回す。冷房で少し冷えた体に攷斗の体温がじわりと伝わる。
 ハグに近いその抱擁は、しばらく続く。

(……きもちいい……このままひとつになれたらいいのに……)

 二人の心はひとつなのに、身体はまだ、そうなれない。
 もちろん、それが全てというわけではない。けれど、でも……。

 もどかしい思いを抱えているのは同じなのに、お互いの気持ちがわからない。
 言いたい気持ち。伝えられない言葉。届かない想い。

 あと一歩が踏み出せず、名残惜しそうに離れた身体は、また今夜も独りでそれぞれの部屋に戻るしかなかった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...