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Chapter.88

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 梅雨が明けないまま、暦の上では夏にさしかかる。
 7月には攷斗の誕生日がある。
 これまではその日周辺で都合が合うときに外食をしていたが、もうそうしなくても良い。
 昼休憩に入り、出勤時に買ってきたサンドイッチを事務部で食べながらスマホを眺めるひぃなの脳内では、7月の“その日”のシミュレーションが繰り広げられている。
(少しかしこまったレストランで食事も悪くないなー)
 なんて思うが、攷斗がそれを良しとするかがわからない。
(そういえば……)
 以前シェアしたレシピの中に、普段ではあまり手がつけられない、凝ったごちそう料理が入っていることを思い出した。
(ふむ……)
 【お気に入り】されたレシピをもとに、当日の献立を考えてみる。
 とはいえ、攷斗の予定を聞いてみないことには、いくら頑張っても空回りで終わってしまう。スケジュール帳を開いて曜日を確認。
(土曜だけど、仕事だったりするかな)
 スマホのアプリで当日のスケジュールを表示させた。お互いが聞かなくてもある程度の予定がわかるようにと、カレンダーの予定を同期しているので、確認もスムーズだ。
(お休みになってるな……)
 急に仕事の予定が入ることもあるが、そうなってしまったら翌日に繰り越せばいいだけの話だ。
(よし……!)
 今度は社内に共有されている社員のスケジュールを確認した。堀河はこの時間、予定では取引先と会食になっている。
 うーん、と悩むが、話は早いほうがいい。
 宛先を堀河のアドレスに、CC欄に秘書二人のアドレスを入れて、有休取得希望のメールを出した。
 ほどなくして熱海から『予定変更いたしました。ごゆっくりなさってください。秘書課 熱海』と返信があり、無事受理された。
(それじゃ……)
 と、いつもつかっている生鮮食品などの通販サイトで材料を見繕う。
 日常で使えるものから少し高級な食材、変わった調味料などが取り扱われているので、眺めているだけでも楽しい。
 愛用の手帳に書きだした献立を元に、必要な食材を【欲しいものリスト】に追加していく。
 日付が近くなったら正式に購入手続きをするつもりだ。もちろん、自分のクレカ払いで。
(なんだか楽しくなってきたぞ)
 ウキウキしながら、午後の業務にとりかかるひぃなであった。


 帰宅して、毎日恒例の夕食を作りながら攷斗の帰りを待つ。
(なんて切り出そうかな)
 考えていると、玄関から「ただいまー」と声がした。
「おかえりー」
 IHコンロの電源を切って、玄関へ向かう。
「お疲れ様」
「ひなも、お疲れ様」
 いつものように途中で自室へ入る攷斗と分かれてキッチンへ戻る。
(「今年の誕生日さぁ~」……「コウトは来月一週目の土曜って~」……それとも当日ビックリ~……いや~)
「なんか手伝う?」
 考えあぐねていると、背後から攷斗が声をかけてきた。
「ありがとう。盛り付けるので、お皿運んでください」
「はーい」
 言って、攷斗がカウンターに乗った皿を運ぶ。
 今日のメニューは具だくさんのナポリタンと茹でた鳥のささ身と水菜のサラダ、ニンジンと玉ねぎのコンソメスープ。
「うわー、家のナポリタンとか何年ぶりだろう」
「たまに食べたくならない?」
「なるなる。焦げがめっちゃ美味そう」
「なによりです」
 攷斗はいつになっても事ある毎に褒めてくれるので、何かにつけてやる気が出て有難い。
 そんな攷斗と婚姻関係を結んでから初めての誕生日は、日ごろの感謝も込めてやはり豪勢に祝いたい。
 会話と夕食を楽しんでいると、
「そうだ、来月の最初の土曜なんだけどさ」
 攷斗が唐突に言った。
「うんっ?」
 そのことについてさんざん考えていたところなので、さすがにビックリする。
「何の日か覚えてる?」
「誕生日、でしょ?」
「そうそう。あー良かった。忘れられてたらどうしようかと思った」
「忘れるわけないじゃない」
 忘れるどころか、ここしばらくはその日のことばかり考えていた。
「良かった。その日、予定空いてたら昼間どこか一緒に行かない?」
「うん、行きたい」
「やったー。誕生日当日の昼間に会うって初めてじゃない?」
「そうだね」
「だからどっか行きたいなーと思って」
「いいねぇ。どこがいいかな」
 かなりの時間と想像力を使って探していたことはおくびにも出さず、さりげなく同意と聞き込みをした。
「食べ終わったら一緒に探そう」
「うん」
 空になった食器を片付け、お茶を淹れてひと段落すると、攷斗のタブレットで都内のデートスポットを探す。
 “東京”というワードと共に色々な語句を連ねて検索をかけ続けた結果、東京に住んでるのに行ったことないよね、という理由で、新旧二大タワー巡りにしようと決めた。
「土曜だと混むかな」
「まぁそれはそれでいいんじゃない?」
「そっか。そうだね」
「夕飯どうする? どこか予約しておく?」
「あ、それなんですけど。もし、嫌じゃなければ…お作り、いたします」
「えっ、マジで?! なにそれ最高じゃん。嫌じゃなければってなに」
「お誕生日のときくらい、プロが作った美味しいもののがいいかな~って」
「プロの料理にはプロなりの良さがあるけど、ひなの料理はひなにしか作れないし、それを食べられるのは俺の特権でしょ?」
「そう…なの、かな?」
 確かに、同居でもしていない限り、毎日のように手料理を振る舞う機会などない。
「そう、だね」
「でしょ? まぁ、ひなの手間にならない程度にね」
「うん。メニューは当方にお任せくださいませ」
「常に全信頼を置いております」
 二人でお辞儀をして、笑った。
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