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Chapter.80

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 社内で堀河と別れ、休憩終了時間の少し前に事務部へ戻ると、
「時森チーフ」
 後輩の紙尾が声をかけてきた。
「いまお時間いいですか?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「こないだ、姉とその娘と私とで買い物行ったんですけど…」
 と、小さな紙袋をひぃなに渡す。
「良かったら、使ってください」
「? ありがとう…」
 袋を開けると、そこには四角いトリュフチョコを模した防犯ブザーが入っていた。
「いつもお世話になっているお礼と、チーフになにかあったら嫌なので……」
 紙尾は割とひぃなと連れ立って社内を移動することが多いので、黒岩の一件も知っている。
「ありがとう、お守りにするね」
「今日も良ければ、帰りご一緒しましょう」
「うん。いつもありがとね」
 満員電車で万が一誤作動したら大変なので、バッグの持ち手、金具部分にキーホルダーを着けて、本体を内側に入れた。
「可愛い」
「姪っ子と姉は別の絵柄で、チーフのは私のとおそろいなんです」
「そうなの? 嬉しいな」
「私もです」
 えへへと二人で笑い合う。
 攷斗と同い年なので三十代半ばだが、紙尾は小柄で可愛らしく、ひぃな自慢の後輩だ。
 結婚の際に行った手続きなどを教えるようになって、いままで以上に親しくなった。
 ちょっと適当そうな湖池とは正反対のように見えるが、それがかえって良いのかもしれない。
「午後の書類、私届けに行きますね。終わったらお声かけてください」
「いつもありがとう。助かります」
 営業部へ提出する書類を依頼されていて、午後一番には作成が終わる予定だ。黒岩がいつ戻るかわからないので、渡しに行くのは紙尾に託す。
 もういっそのこと、襲ってきてくれればその場で捕まえられるのに、などと思ってゾッとする。自覚している以上に精神を摩耗しているようだ。

 終業後、後輩たちと連れ立って電車に乗り、乗換駅で別れて帰路に着く。
 駅から自宅までは徒歩10分程度。
 ふと、道すがらに視線を感じて振り返るが誰もいない。シャンプーをしているとき、傍らに誰かいるような気配がする、あれと同じだろう。
(いざとなったらコレがある……)
 バッグに着けた防犯ブザーを握りしめ、帰路を急いだ。
 本当に誰かに見られているのか、それとも被害妄想か……。
 なんだか頭がぼんやりしていて調子が悪い。天気も思わしくないし、気圧のせいかな、と自分をごまかしつつ歩を進める。
 念の為、エントランスのドアが閉まって誰も入ってこないのを確認してからエレベーターに乗り部屋へ戻る。玄関ドアを開錠して、やっと一息ついた。
 リビングの時計は19時過ぎを指している。今日は攷斗の帰りが遅いと聞いていたので、夕飯は自分の分だけ作ればいい。けれどその気力もなく、リビングのソファに座ってぼんやりとしてしまう。
(おなか…へらないな……)
 手と足の指が熱く、じんじんしてくる。その割に身体は寒くて断続的に鳥肌が立つ。
 後頭部から発生したもやが、身体全体に広がっている感覚。
(なんだろ…だるい…)
 ずるずるとソファへ寝そべると、自分の意志とは関係なくまぶたが閉じていく。
(かぜ……ひいちゃう……)
 しかし抗うことが出来ず、そのまま眠りについた。
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