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Chapter.79
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翌日――。
昼休みに堀河を捕まえてランチへ出向く。
「なんで教えてくれなかったの」
題材はもちろん、攷斗の仕事のことだ。
「ごめん。知ってると思ってたのよ。ブランド立ち上げたあとも何回もうちに来て打ち合わせしてたしさ、あいつが直接言ってるかなーって」
「来てることくらいしか知らなかったよ」
「まぁ、デザイナーにしては珍しく顔出しもしてないみたいだしねぇ」
ウタナの新作発表会などでショーも良く開催されているが、ウタナ本人がステージに上がることはない。
顔出しもしていないデザイナーの顔をどこで知れというのか。
「なんかあいつなりにあったんじゃない?」
「うん……」
「うちの子たちでも知らない人のが多いから、内緒にしといてあげてね」
「それは、もちろん」
知った経緯を話すことも難しいし、アポイントの際に社名を入れていない理由も聞いているので、言うつもりもなかった。
話しているうちに運ばれてきたツナと水菜のパスタをフォークに巻きつけながら、ひぃなが何かを考えている。
堀河はエビとアボカドのバゲットサンドにかぶりつき、良く咀嚼して飲み込む。
「まだ知らないことたくさんあるかもねぇ」
「それは、お互い様だし……」
ひぃなにだって、聞かれても答えたくないことはある。
「まだ遠慮が抜けないのね」
「だって……」
「だってじゃないでしょ、夫婦でしょ?」
「カッコカリだもん」
「まだそんなこと言ってるの? 好きなら好きって言やいいじゃない。ちゃんと応えてくれるわよ」
(ちゃんと否定されたら怖いから聞けないのに)
そんな中学生みたいなこと、結婚歴二回、目下三回目を打診されているらしい堀河には言えない。
「一回ガツンと喧嘩でもしたらいいのに」
「する理由がないんだよねー。趣味も似てるし、居心地もいいし、基本的に家事にも協力的だからイラっとすることもないし」
と言ったところで、ニヤニヤしながらコーヒーを飲む堀河に気付く。口ごもったひぃなを手で促して、
「はいはい、続けて続けて」
煽った。
「いいよ、もう」
「ノロケるくらいなら告白しちゃえばいいのに」
アドバイスまで中学生向けになってきた。
「ほんと似たもの夫婦ねぇ」
お似合いだわーと堀河が笑って、机上の伝票を取った。
「はい」
ひぃなが自分の食事代を堀河に渡す。
「うん」
堀河が受け取って、レジでまとめて会計を終えた。
出入り口のドアに手をかけたところで、
「ん、あれ。黒岩くんだわ」
窓際のカウンター席を見やり、言った。
「えっ」
その名前に身体がギクリと反応し、血の気がスッと引いていく。
「同じ店でご飯してたのね。気付かなかった」
二人が陣取っていた席とは逆サイドの席でコーヒーを飲んでいるようだ。
ひぃなは目線が合わないよう、黒岩がいないほうに顔をそむけ、店外へ出た。
「……苦手?」
「ちょっと……」
先ほどの二人の会話を聞かれていないか心配になるが、混雑具合と席同士の距離がそれを杞憂だと思わせる。
「とっつきにくいもんね。会話のキャッチボールも続かないし。とはいえ、仕事そこそこできるのよね。どんな営業テクニックがあるんだか」
「……そうなんだ」
ひぃなが苦手としているのはそこではない。根本的に他の社員とは接され方が違うので、抱く印象のスタートが違う。
いつ曲がり角から黒岩が出てくるか。社内で廊下を歩いていると、それが怖くて仕方がない。
角という角にコーナーミラーを付けてほしいくらいだ。
近くで働きそれに気付いている事務部の後輩たちは、何か用事で営業部に行かなければならない案件をひぃなが抱えていると、代わりに出向いてくれるようになった。
出社時の電車でたまたま会うと一緒に会社まで行くし、社内で場所移動するときもなるべく誰かしら一緒に動いてくれる。事務部はほぼ毎日、全員が定時にあがれるので、連れだって会社の最寄り駅まで歩く。たまに寄り道をして、お茶や夕食も楽しんだりする。
後輩たちとの交流が増えたのはいいことだが、理由が理由だけにひぃなも申し訳ない気持ちになるし、後輩たちは心配でたまらない。
とはいえ、実際に何か連絡をしてくるとか強引に誘うとか触ろうとするとかをしてこないので、何も言えずにタチが悪い。
社長は社長で忙しい時期に突入しており、証拠も確信も持てない状態で相談するのは気が引けた。
もちろん、攷斗にも言えていない。
昼休みに堀河を捕まえてランチへ出向く。
「なんで教えてくれなかったの」
題材はもちろん、攷斗の仕事のことだ。
「ごめん。知ってると思ってたのよ。ブランド立ち上げたあとも何回もうちに来て打ち合わせしてたしさ、あいつが直接言ってるかなーって」
「来てることくらいしか知らなかったよ」
「まぁ、デザイナーにしては珍しく顔出しもしてないみたいだしねぇ」
ウタナの新作発表会などでショーも良く開催されているが、ウタナ本人がステージに上がることはない。
顔出しもしていないデザイナーの顔をどこで知れというのか。
「なんかあいつなりにあったんじゃない?」
「うん……」
「うちの子たちでも知らない人のが多いから、内緒にしといてあげてね」
「それは、もちろん」
知った経緯を話すことも難しいし、アポイントの際に社名を入れていない理由も聞いているので、言うつもりもなかった。
話しているうちに運ばれてきたツナと水菜のパスタをフォークに巻きつけながら、ひぃなが何かを考えている。
堀河はエビとアボカドのバゲットサンドにかぶりつき、良く咀嚼して飲み込む。
「まだ知らないことたくさんあるかもねぇ」
「それは、お互い様だし……」
ひぃなにだって、聞かれても答えたくないことはある。
「まだ遠慮が抜けないのね」
「だって……」
「だってじゃないでしょ、夫婦でしょ?」
「カッコカリだもん」
「まだそんなこと言ってるの? 好きなら好きって言やいいじゃない。ちゃんと応えてくれるわよ」
(ちゃんと否定されたら怖いから聞けないのに)
そんな中学生みたいなこと、結婚歴二回、目下三回目を打診されているらしい堀河には言えない。
「一回ガツンと喧嘩でもしたらいいのに」
「する理由がないんだよねー。趣味も似てるし、居心地もいいし、基本的に家事にも協力的だからイラっとすることもないし」
と言ったところで、ニヤニヤしながらコーヒーを飲む堀河に気付く。口ごもったひぃなを手で促して、
「はいはい、続けて続けて」
煽った。
「いいよ、もう」
「ノロケるくらいなら告白しちゃえばいいのに」
アドバイスまで中学生向けになってきた。
「ほんと似たもの夫婦ねぇ」
お似合いだわーと堀河が笑って、机上の伝票を取った。
「はい」
ひぃなが自分の食事代を堀河に渡す。
「うん」
堀河が受け取って、レジでまとめて会計を終えた。
出入り口のドアに手をかけたところで、
「ん、あれ。黒岩くんだわ」
窓際のカウンター席を見やり、言った。
「えっ」
その名前に身体がギクリと反応し、血の気がスッと引いていく。
「同じ店でご飯してたのね。気付かなかった」
二人が陣取っていた席とは逆サイドの席でコーヒーを飲んでいるようだ。
ひぃなは目線が合わないよう、黒岩がいないほうに顔をそむけ、店外へ出た。
「……苦手?」
「ちょっと……」
先ほどの二人の会話を聞かれていないか心配になるが、混雑具合と席同士の距離がそれを杞憂だと思わせる。
「とっつきにくいもんね。会話のキャッチボールも続かないし。とはいえ、仕事そこそこできるのよね。どんな営業テクニックがあるんだか」
「……そうなんだ」
ひぃなが苦手としているのはそこではない。根本的に他の社員とは接され方が違うので、抱く印象のスタートが違う。
いつ曲がり角から黒岩が出てくるか。社内で廊下を歩いていると、それが怖くて仕方がない。
角という角にコーナーミラーを付けてほしいくらいだ。
近くで働きそれに気付いている事務部の後輩たちは、何か用事で営業部に行かなければならない案件をひぃなが抱えていると、代わりに出向いてくれるようになった。
出社時の電車でたまたま会うと一緒に会社まで行くし、社内で場所移動するときもなるべく誰かしら一緒に動いてくれる。事務部はほぼ毎日、全員が定時にあがれるので、連れだって会社の最寄り駅まで歩く。たまに寄り道をして、お茶や夕食も楽しんだりする。
後輩たちとの交流が増えたのはいいことだが、理由が理由だけにひぃなも申し訳ない気持ちになるし、後輩たちは心配でたまらない。
とはいえ、実際に何か連絡をしてくるとか強引に誘うとか触ろうとするとかをしてこないので、何も言えずにタチが悪い。
社長は社長で忙しい時期に突入しており、証拠も確信も持てない状態で相談するのは気が引けた。
もちろん、攷斗にも言えていない。
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