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Chapter.72

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 攷斗との新婚生活はすごぶる順調で、なんの問題もストレスもなく三ヶ月が経とうとしていた。
 唯一ストレスとするなら、心置きなくスキンシップが出来ないことだ。
 職場で疲れて帰ったとき攷斗が笑顔でそばにいてくれると、少しの間だけ抱き締めて欲しくなる。さすがに言うことが出来ず、いつかの夜、ソファで攷斗を布団にして眠ったときの感覚を思い出す。
(なんか…我ながらこじらせてるな……)
 自覚があるだけマシかしら、と自分を励ましたりして、たまに頭をもたげる軽い欲求を、料理にぶつけて日々を過ごす。
今日もそんな欲求がぶつけられた料理だとは知らずに、攷斗はニコニコと嬉しそうに夕飯を食べていた。
「そうだ」
 何かを思い出した攷斗が唐突に言う。
「湖池がさぁ」
「ん?」
「湖池が俺らとメシ行きたいって言ってるんだけど、どう?」
「別にいい、けど……」
「けど?」
「なにか聞かれても話せることがあるかどうか……」
 普段会社で気軽に会えるひぃなや、個人的に仲の良い攷斗をわざわざ揃って呼び出すということは、攷斗とひぃなに関して何か聞きたいと言われる可能性が高い。
「俺と結婚したってことはプリローダでは言うなって言ってあるけど」
「うん、それは大丈夫なんだけど」
 なんせ部署が違うし、なんなら部室のあるフロアも違う。たまに書類を依頼されるくらいで、ひぃなと湖池は実はあまり接点がない。
「湖池から来た希望日、クラウドの予定表に入れておくから、都合つくときあったらチェック入れといてもらっていいかな」
「はーい」
 とはいえ、ひぃなは終業後にどこかへ行く予定もほぼないので、日程は案外あっさり決まり、一週間後【プリローダ】近くの居酒屋で、湖池と攷斗、ひぃなが卓を囲んでいた。攷斗とひぃなが結婚を決めたのと同じ店、同じ席だ。
 会社の人間もたまに利用する店舗だが、個室なので大っぴらに姿をさらすことはない。
 客席に備えられているパネルでオーダーを完了させ、乾杯してから
「で? どうなの? 新婚生活は」
 湖池が本題に入った。
「んー? 楽しいよ?」
 ビールを飲みつつ攷斗が答える。
「うわー! 羨ましい!」
「そっちはどうなの、紙尾と」枝豆を食べながら何気なく言ったその言葉に、
「えっ?」ひぃなが驚き
「ちょっ!」湖池が珍しく慌てだす。
「いいじゃん別に。社内恋愛禁止ってわけでもないんだから」
「えー! 全然知らなかった!」
 突然の暴露に、ひぃなが声を上げる。
「いやあの……照れくさいんで、みんなには内緒で……」
「うん、わかった」その気持ちは良くわかるひぃなが、二つ返事で承諾する。「サエコは知ってるの?」
「はい。付き合い始めるときに報告しました」
「そうなんだ。いいじゃん、お似合いだよ」
 所属部署が違うので社内で一緒にいるのをあまり見かけないが、同期入社だし、接点はあったのだろう。
(ということは?)
 ひぃなが考える。
 紙尾からは度々“カレシ”の話を聞いている。こないだ遊びに行って楽しかったという話や、デートのときの対応がちょっと…なんて話。だとしたらその相手は……?
「いつ頃から付き合ってるの?」
「おととしの夏っすね」
 やはり湖池のことのようだ。数々のエピソードに湖池を当てはめると、なるほど確かにしっくりくる。
 付き合おうか悩んでいるという頃から聞いているひぃなの脳内で、足りなかったパズルのピースがハマったような爽快感が生まれる。
「私たちのことどうこうより、むしろそっちの話聞きたいんだけど」
「いやいやいいっすよオレらのことは!」
 いつもは強気にグイグイくる湖池とは正反対に、慌てて照れる姿がウブで可愛らしい。
「俺も最近あんま話聞けてないけど、どうなの?」
 出汁巻き卵を食べながら攷斗が湖池に問う。
「いやまぁ、うん。普通に…順調……」
「へぇ~」
「ほぉ~」
 ひぃなと攷斗がニヨニヨしながらじっくり話を聞く体制に入ると、
「……時森チーフにもバレちゃったし、いい機会だし、いっか……」
 独りごちるようなトーンで言って、湖池が顔を上げた。
「二人って、どういうタイミングで結婚って話になりました?」
「はっ?」「えっ?」
 攷斗とひぃなが同時に驚き、顔を見合わせた。
「あの、これ、まだ紙尾にも内緒にしててほしいんですけど、ちょっと、将来のことを考え始めていて……」
 割りばし袋をごにょごにょいじりながら、湖池が続ける。
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