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Chapter.71
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「…じゃあ、そんな感じで」
「はい。また再来週、ですかね」
「そうね」
各々がスマホに予定を入力する。
「……そういえば」
堀河が思い出したように口を開いた。
「ひぃなには仕事のこと、教えたの?」
「詳しくは、まだ」
「全部逆転してるのよねー」
言って、使い終わった資料を片付けていく。
「興味ないかなって思って」
「そんなわけないでしょ! ホント、女心わかってないわねー」
やだやだ、と苦々しく首をゆっくり左右に振った。
「なにか、言ってましたか」
低いトーンの声色に、堀河が顔をあげる。
真面目な顔で直視してくる元部下から、堀河は何かを考えるように目線を外した。
「棚井の仕事の詳細については、特になにも聞かれてない」
「そうですか……」
「でも、気になってるとは思う。あんたも私もなにも言わないから聞かないだけで」
堀河はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「そもそも創立からだいぶ経ってるのに、いままでの関係性でひぃなになにも言ってないほうが不思議なんだけど」
「いや……最初は、軌道に乗るまでって思ってたんですけど……」攷斗が組んだ自分の指に目線を落とした。「なんか…言いそびれて、そのまま……」
「秘密は小出しにしろって言ったじゃない」
「小出しにしてる最中なんですよ」
「ちょっと小出しすぎるんじゃない?」
「ちょっとおせっかいすぎるんじゃないですか?」
「ひぃなはあんたの奥さんになる以前に私の親友なのよ。心配するに決まってるでしょ」
「……そうですね、すみません」
堀河の正論に何も言い返せず、攷斗は素直に頭を下げた。
「なにか協力できることがあれば言って欲しいな。ひぃなにはもう、ただ幸せでいて欲しいのよ」
「粉骨砕身がんばります」
「素直だったらそれはそれでなにか裏がありそうで怖いわね」
「早速で恐縮なんですけど」
「なに」
真面目顔の攷斗に堀河が少し身構えた。
「ひな、早退させていいですか。一緒に帰りたいんです」
「却ッッッ下!」
「えー」
「あんただってこのあと仕事あんでしょ。おとなしく一人で帰りなさいよ。家帰ればあの子いるんだから」
「そっか、そうですね」
帰宅後のことを想像したのか、攷斗がデレデレ笑う。
「あんたのノロケ聞いてるほどの時間はないのよ、この部屋もあとの予定入ってるんだから」
早く帰んなさいよ、と堀河が席を立つ。
「ちょっと冷たくないですか」
攷斗はわざとらしくふくれっ面を見せて、荷物をまとめた。
「いいじゃない! 仕事終わって家帰ったら、可愛い嫁が待ってるんでしょー!」
「いやいや、社長だって……これあんまり社内で言わないほうがいい話ですか?」
「別に隠してはないけど、まだ決定してないから言ってないだけよ」
モバイルノートパソコンを小脇に抱えて、堀河は続ける。
「婚姻届、今度もひぃなに保証人書いてもらうつもりだから、そのとき借りるわね」
「どうぞどうぞ」
二人で一緒に会議室を出て、堀河は攷斗が乗ったエレベーターの扉が閉まるまでお辞儀で見送る。
堀河が二度離婚し、三度目に結婚しようとしている相手は全て同一人物だ。
もうそういう趣味なのではないかと思って、攷斗とひぃなは驚きもしなくなった。
一階に着いたエレベータを出ようとして、人とぶつかりそうになった攷斗が「おっと、すみません」両手を挙げて既で避けた。
「棚井さん……」
ぶつかりそうになった相手は黒岩だ。
「あ、お久しぶりです。お疲れ様です」
入社こそ攷斗のほうが早いが、社会人歴や年齢は黒岩のほうが遥かに上で、しかもあまり話したことがないので、敬語を使う。
「それ……」
「え?」
「ご結婚、なされたんですね」
「え? あぁ、えぇ」
黒岩の目線が左手に注がれていることに気付き、さりげなく手を下げ、なんとなく指輪を隠した。
「おかげさまで」
ただの社交辞令なのに、黒岩の顔が一瞬険しくなったのを攷斗は見逃さなかった。
「すみません、次の打ち合わせに行かないとならないので、これで」
二の句を告げる間を与えずお辞儀をして、背中に黒岩の視線を感じながら足早にその場を去った。
(なんだあれ……)
在社時代に少し話したときは、不愛想だが人柄が悪いわけではなく、先ほどのような威圧感や嫌悪感は抱かなかった。
(あんなのがひな狙ってるとか、ちょっと、なんか……)
理由のわからぬ違和感に不快さが拭えない。しかし、ただ単に商談がうまくいかず虫の居所が悪かったとか、そういうタイミングの問題かもしれないし、と考えなおして車に乗る。
「次はー……」
カーナビを操作して次の出先を検索し、セットした。
車を走らせ、仕事のことを考えているうちに、先ほどの黒岩の一件は頭の中から消えてしまっていた。
* * *
「はい。また再来週、ですかね」
「そうね」
各々がスマホに予定を入力する。
「……そういえば」
堀河が思い出したように口を開いた。
「ひぃなには仕事のこと、教えたの?」
「詳しくは、まだ」
「全部逆転してるのよねー」
言って、使い終わった資料を片付けていく。
「興味ないかなって思って」
「そんなわけないでしょ! ホント、女心わかってないわねー」
やだやだ、と苦々しく首をゆっくり左右に振った。
「なにか、言ってましたか」
低いトーンの声色に、堀河が顔をあげる。
真面目な顔で直視してくる元部下から、堀河は何かを考えるように目線を外した。
「棚井の仕事の詳細については、特になにも聞かれてない」
「そうですか……」
「でも、気になってるとは思う。あんたも私もなにも言わないから聞かないだけで」
堀河はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「そもそも創立からだいぶ経ってるのに、いままでの関係性でひぃなになにも言ってないほうが不思議なんだけど」
「いや……最初は、軌道に乗るまでって思ってたんですけど……」攷斗が組んだ自分の指に目線を落とした。「なんか…言いそびれて、そのまま……」
「秘密は小出しにしろって言ったじゃない」
「小出しにしてる最中なんですよ」
「ちょっと小出しすぎるんじゃない?」
「ちょっとおせっかいすぎるんじゃないですか?」
「ひぃなはあんたの奥さんになる以前に私の親友なのよ。心配するに決まってるでしょ」
「……そうですね、すみません」
堀河の正論に何も言い返せず、攷斗は素直に頭を下げた。
「なにか協力できることがあれば言って欲しいな。ひぃなにはもう、ただ幸せでいて欲しいのよ」
「粉骨砕身がんばります」
「素直だったらそれはそれでなにか裏がありそうで怖いわね」
「早速で恐縮なんですけど」
「なに」
真面目顔の攷斗に堀河が少し身構えた。
「ひな、早退させていいですか。一緒に帰りたいんです」
「却ッッッ下!」
「えー」
「あんただってこのあと仕事あんでしょ。おとなしく一人で帰りなさいよ。家帰ればあの子いるんだから」
「そっか、そうですね」
帰宅後のことを想像したのか、攷斗がデレデレ笑う。
「あんたのノロケ聞いてるほどの時間はないのよ、この部屋もあとの予定入ってるんだから」
早く帰んなさいよ、と堀河が席を立つ。
「ちょっと冷たくないですか」
攷斗はわざとらしくふくれっ面を見せて、荷物をまとめた。
「いいじゃない! 仕事終わって家帰ったら、可愛い嫁が待ってるんでしょー!」
「いやいや、社長だって……これあんまり社内で言わないほうがいい話ですか?」
「別に隠してはないけど、まだ決定してないから言ってないだけよ」
モバイルノートパソコンを小脇に抱えて、堀河は続ける。
「婚姻届、今度もひぃなに保証人書いてもらうつもりだから、そのとき借りるわね」
「どうぞどうぞ」
二人で一緒に会議室を出て、堀河は攷斗が乗ったエレベーターの扉が閉まるまでお辞儀で見送る。
堀河が二度離婚し、三度目に結婚しようとしている相手は全て同一人物だ。
もうそういう趣味なのではないかと思って、攷斗とひぃなは驚きもしなくなった。
一階に着いたエレベータを出ようとして、人とぶつかりそうになった攷斗が「おっと、すみません」両手を挙げて既で避けた。
「棚井さん……」
ぶつかりそうになった相手は黒岩だ。
「あ、お久しぶりです。お疲れ様です」
入社こそ攷斗のほうが早いが、社会人歴や年齢は黒岩のほうが遥かに上で、しかもあまり話したことがないので、敬語を使う。
「それ……」
「え?」
「ご結婚、なされたんですね」
「え? あぁ、えぇ」
黒岩の目線が左手に注がれていることに気付き、さりげなく手を下げ、なんとなく指輪を隠した。
「おかげさまで」
ただの社交辞令なのに、黒岩の顔が一瞬険しくなったのを攷斗は見逃さなかった。
「すみません、次の打ち合わせに行かないとならないので、これで」
二の句を告げる間を与えずお辞儀をして、背中に黒岩の視線を感じながら足早にその場を去った。
(なんだあれ……)
在社時代に少し話したときは、不愛想だが人柄が悪いわけではなく、先ほどのような威圧感や嫌悪感は抱かなかった。
(あんなのがひな狙ってるとか、ちょっと、なんか……)
理由のわからぬ違和感に不快さが拭えない。しかし、ただ単に商談がうまくいかず虫の居所が悪かったとか、そういうタイミングの問題かもしれないし、と考えなおして車に乗る。
「次はー……」
カーナビを操作して次の出先を検索し、セットした。
車を走らせ、仕事のことを考えているうちに、先ほどの黒岩の一件は頭の中から消えてしまっていた。
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