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Chapter.64

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 ……………………
 …………
 ……

「…ケホケホッ…んん……」
 自分の咳で攷斗が起きる。
(のど乾いた……布団…こんなだったっけ……?)
 頬ずりをした布地越しのやわらかい感触に違和感を覚え、瞼を開ける。
(え?)
 明らかにベッドに敷いたシーツや布団ではない色合いにぎょっとして、その正体が何かを確認しようと目線を動かすと、自分のものではない手と身体が目に入る。
「!」
 それが誰のものなのか。
 瞬間で思いあたり、慌ててソファの座面に手を付き、身体を起こした。
「んぅ……」
 重さから解放されたその身体が声をあげる。ひぃなだ。
(ヤッ…! ちゃっ…てない……よな……?)
 思わず双方の服装を確認してしまう。
(あぶねー……)
 勢いに任せて襲ったわけではなさそうで安心する。というか、何かあったとしたら覚えてないとかもったいなさすぎる。
 とはいえ、ヤッてはいなかったが“やってしまった感”は拭えず、夕べのことを思い出そうとして早々に諦めた。
 ひぃなが風呂へ行くのを見送ったあとの記憶がまったくないからだ。
(とりあえず、落ち着こう)
 息を吸って、喉が渇いていることを思い出す。エアコンのせいか、肌も乾燥している感じだ。
(なんか飲み物……)
 ひぃなを起こさないようにそっとソファから降りて、冷蔵庫へ向かう。お茶の入ったピッチャーと、ひぃなの分と併せて二つのコップを持ってリビングへ戻る。
 無防備な恰好で眠るひぃなを起こさないよう、床に座った。冷えたお茶を流し込むと、身体が目覚めてくる。
(マジでこれ、どういう状況……?)
 無理な体制で寝ていたのか、身体が痛い。
 眠っている間ずっとひぃなに覆いかぶさっていたとしたら、ひぃなも苦しかったはずだと気付き、苦笑を浮かべる。というか、頬ずりした布越しのあの柔らかい感触は……? と追及しようとするが、背後でゴソリと動く気配がした。振り向くと、ひぃなが寝返りを打っていた。
 何かに気付いたように瞼がゆっくりと開く。
「ぁ……おはよ……」
 少しかすれた声。やはりひぃなの喉も乾燥しているようだ。
「おはよう……ごめん」
「んぅ? ぜんぜん?」
ケヒン、と咳をして、ひぃながゆっくり起き上がった。
「お茶、冷たいけど、飲む?」
「ん、もらう」
 コップの半分ほど注いで、ひぃなに渡した。それをゆっくりと飲み下して、
「体痛くない? 大丈夫?」
 攷斗に問うた。
「俺は大丈夫。ひなこそ…」と、なんと聞いていいかわからず「…重くなかった?」先ほどの心配を声に出してみる。
「重かったけど…まぁ、別に……」
 コップを置き、両手を開いたり閉じたりしている。
「俺……なんか……」
 万が一何かしていたら、それを聞くのは甚だ失礼だが、聞かずにいられるほど安心も出来ていない。
「してないよ?」
 言葉尻を察したひぃなが微笑んで伝える。
「なにも、されてない」
 言外に“大丈夫”という言葉が見える。
「そっか……良かった」
と、攷斗が安堵の息をつく。
 その言葉の先の分岐点が二つ見えるひぃなには、複雑な思いが生まれてしまう。
 “大事にしたいから”なのか“責任を取りたくないから”なのか。
「あ…。誤解、しないでほしいんだけど……」
 攷斗が気まずそうに口を開く。
「その……勢いに任せて、なにかしちゃわなくて良かったって意味で…その……したくない、とかじゃないというか……いや、この言い方もおかしいな……」
 心の声が漏れていたのかと思うくらいピンポイントな弁明に、ひぃなは安心したように優しく微笑んだ。
「うん…大丈夫」
 少し寝癖の付いた髪。眠そうな顔で笑うひぃなが、愛しくてたまらない。
 舌の根も乾かぬうちに抱き締めたい気持ちに駆られるが、グッと堪えてもう一杯お茶を飲む。
「いま何時だろ」
 窓から差し込む光はやわらかく、まだ午前中なのではないかと推測される。
 リビングに設置されたHDDに【6:01】と表示されていた。
 いつもより早く寝た分、いつもより早く起きたという感じ。
「今日、どうしよっか」
「買い出しは昨日できたし、ゆっくりしない?」
「そうだね。とりあえず俺、シャワー浴びてくる」
 帰宅してそのまま眠ってしまったので、埋め合わせと目覚ましのために赴くことにする。
「うん、行ってらっしゃい」
 眠たさと眩しさに目を細めたひぃなが、ゆるりと手を振り送り出した。
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