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Chapter.62

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「こちらへどうぞ」
 海沿いの夜景が見えるレストラン。その窓際の席に、ウエイターがひぃなと攷斗を案内する。
 ドレスコードのない気さくな店だが、雰囲気は高級レストランのそれだ。
 ひぃなは予想外の展開に戸惑いながらも、攷斗のエスコートに身を任せる。
(これは確かにデートだわ)
 いままで二人で行く店と言ったら居酒屋か、少し大人向けのレストランが多かった。
 しかし、結婚前の関係性でここに連れてこられたら、少し身構えていたかもしれない、とひぃなは思う。
 慣れた様子でオーダーを進める攷斗は、いつも見ていた彼とは違う、少し大人びた雰囲気をまとっている。いや、実際に大人なのだが。
(こりゃモテるよね)
 湖池から(何故か)逐次聞いていた攷斗の恋愛遍歴にも納得がいく。
(私で良かったのかな)
 攷斗より年齢も上で、そこそこ離れている。正直結婚なんてもうしないんだろうな、と思っていた節のあるひぃなは、少しの不安を覚える。
「以上で」
「かしこまりました」
 攷斗をぼんやり眺めて考えているうちに、オーダーが完了したようだ。ひぃなの視線に気付き、攷斗が首をかしげる。
「どしたの?」
「ううん? 大人になったんだなって思って」
「え? 出会った時から大人だったんだけど……。いままでなんだと思ってたの?」
「若くて可愛い新人の後輩」
「え? で? いまは?」
「いまはー……可愛い、年下の、旦那さん……?」
「疑問形だし大人どっか行ってるし」
 笑いながら攷斗が突っ込みを入れる。
「あれ?」
「いいよ、ゆっくりで。結婚してからまだ一ヶ月も経ってないんだし」
「そっか……そうだよね」
 あの怒涛の展開からまだ数週間しか経っていないことに驚きを感じる。脳内の時系列がぐにゃりと曲がって、どこかおかしなところで繋がってしまったような感覚が拭えない。
 目の前にいる“夫”は、先月末まで“職場の元後輩”だった。
 なにがどうして――。
 けれど、目の前にいる攷斗は、この先一緒に人生を歩んでいく、パートナー。それはもう紛れもない事実で。
(カッコカリって、いつ取れるんだろう……)
 途切れた会話の静寂しじまに、ふと思う。
 “偽装”とか“(仮)”とか、そんなそぶりを見せない攷斗に聞くのはためらわれるその疑問。
(両想いだって、思っていいのかな)
 そっと攷斗を見つめてみる。
 穏やかな表情で窓の外を眺める攷斗の横顔。
 その目線はすぐにひぃなに移った。
「ん?」
 手に顎を乗せ、その頭を少しかしげる。
(かわいいなぁ)
 攷斗がひぃなに思うように、ひぃなも攷斗が可愛い。
「キレイだね、夜景」
「うん」
 二人で夜景を眺めていると、ウエイターが皿を持ってやってきた。
「失礼いたします。こちら前菜の……」
 説明と共に出される料理の数々を、目でも舌でも満喫した。
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