偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
59 / 120

Chapter.59

しおりを挟む
 

 物心ついた頃から私はとても可愛がられていた。
 伯爵家の次女として生まれ優しいお父様お母様に可愛がられ、周囲の使用人も温かく接してくれた。
 5つ歳上のお姉様もとても優しく、いつも一緒に遊んでくれて幸せだった。

 私にとって世界が優しいのは当たり前のことで、誰もにとってもそうだと思っていた。
 その日までは。



『お姉様今日もお勉強?』

『ええ、ミリアレナ』

 その日もお姉様の部屋に行くと教本を抱えたお姉様が授業の準備をしていた。

『遊んでくれないの?』

『ごめんなさい、今日はダメなの』

 その日は後でねとは言ってくれなかった。
 どうしてもお姉様と遊びたかった私はヤダとわがままを言った。メイドが別のことをして遊びましょうと促すのに駄々をこねて首を振る。

『イヤ、お姉様と一緒がいいの!』

 困った顔を浮かべるお姉様にお願い!と言い募る。

『何の騒ぎだ』

 外に声が聞こえたのか通りがかったお父様が入ってくる。
 メイドが事情を説明するとお父様の表情が変わった。

『遊んでやればいいだろう。
 妹の願いを無碍にするとはなんて冷たい奴だ』

『ですがお父様、今日の教師の方はわざわざ遠方から招いて時間を取っていただいているのです』

 ですから今日は……、と続けるお姉様の言葉を遮り怒りの形相を浮かべる。

『だからなんだ!
 また改めて呼べばいいだろう!
 なぜ妹に優しくできない、自分の都合ばかり優先しようとして。
 利己的なのもいい加減にしろ!』

 大きな怒鳴り声でお姉様に迫るお父様。
 そんな大きな声を聞いたことのなかった私は怖くなって後退あとずさる。
 どうしてそんなに怒るのかわからず、潤んだ目で豹変したお父様を見つめた。

『お父様、怖い……』

 そう訴えると一転して笑顔に変わる。
 その変化が余計に恐ろしく感じる。けれど私を見つめる目はいつもと同じ優しいお父様のものだった。

『とにかくもう少し妹に優しくしてやりなさい』

『……承知しました』

 悲しそうに眉を寄せ手を握りしめるお姉様。
 私のせいだ。私がわがままを言ったから。
 いいな、と念を押してお父様は部屋を出て行った。
 静かになった部屋でどうしようと思っているとすっと息を吸う音が聞こえた。深呼吸をしたお姉様が微笑んで私を見つめる。

『何をして遊びたかったの、ミリアレナ?』

 優しい声で聞いてくれるお姉様に胸がずきんと痛んだ。

『……やっぱりいい』

『ミリアレナ?』

 お姉様と遊びたいけど、それをしちゃいけないんだと思った。
 お姉様を困らせたくない。

『遊ばなくていい』

『ミリアレナ……』

 困った顔で名前を呼ぶお姉様に別のお願いをしてみる。

『でも、お勉強が終わったら一緒にケーキ食べてくれる?』

 これなら良いって言ってくれるかなと思いながらお姉様を窺う。

『いいわ、終わったら一緒にお茶にしましょう』

 にっこりと微笑んでそう言ってくれた。
 うれしくって満面の笑みを浮かべる。

『でも夕食の前だから小さいケーキね。
 ミリアレナが好きな小さくて可愛いケーキよ』

 ふふっと笑うお姉様につられてミリアレナも笑顔になる。
 手のひらよりも小さいケーキは料理長の特製だ。 
 きゅっと絞ったクリームも乗せたフルーツも全部小さくてとっても可愛い。
 お茶の時間ならいくつも食べていいけど今日は夕食前だからひとつだけ。
 そう約束してお姉様の部屋から出た。
 自分の部屋に戻って一人で遊ぶ。お姉様が怒ってなくて良かった。お勉強は大事、お姉様の部屋にあるたくさんの本を思い浮かべて頷く。
 お人形やおもちゃでいっぱいの私の部屋と違ってお姉様の部屋には本やお勉強するための物がいっぱいある。
 だからお姉様はお勉強が好き。
 好きなことをしちゃダメって言われるのが嫌なのはミリアレナにもわかった。


 それからはお勉強のときは邪魔しないように側で見てるか近づかないようにした。
 お姉様に嫌われたくなかったし、お父様が怒るのも怖い。
 一度お姉様が勉強している横で一緒に聞いていたらお父様にすごいと褒められた。
 難しくてよくわからないところもいっぱいあったけど、褒められたのは嬉しい。
 お姉様はもっとすごいのよと自慢したらお父様はミリアレナよりたくさん勉強しているんだから当たり前だって。本当にすごいのに。
 私の頭を撫でて褒めてくれたお父様はお姉様の先生と少しだけ話をして出て行く。
 お姉様の頭は撫でてくれてない。
 出て行くお父様を見つめるお姉様を見てたら、なんだか苦しくて不安になる。
 けれど私を向いたお姉様は笑顔に戻っていて、優しく頭を撫でてくれて。 
 二人で授業に戻ったときには不安はどこかに行っていた。



 些細なこと、けれど確かな違和感は幾度も繰り返し不和を起こしていた。
 それが見える形で問題になったのはお姉様の10歳の誕生日パーティでのことだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...