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Chapter.30

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 服が好きだから、という理由で高校卒業後にアパレルショップへ就職した。そこで出会った男性と、二十台後半頃から結婚を前提に付き合い始めた。
 同じ会社の社員だったので、ひぃなは転職をすることになった。ちょうどその頃、堀河が会社を立ち上げるために社員を募集していたので、面接を受け、見事合格した。
 しかしその数年後、男性側の浮気が発覚して婚約破棄になった。浮気というか、男性に“本気の彼女が出来た”と告げられたのだ。
 話し合う気も起きず、その話が出てすぐに一緒に住んでいた家を引き払い、新しい土地に移った。
 そのとき攷斗も【プリローダ】に入社していて、それなりに親しくなっていた。
 婚約者がいることも別れたことも言ったことはなかったが、攷斗は持ち前の勘か堀河から聞いたのか、状況に応じた誘い方をしてくれた。
 特に一人暮らしを始めた頃からは、何かを察したように、それまで以上にひぃなを構うようになった。
(まぁ、ずっとしていた指輪がなくなったんだから、察しもつくだろうけど)
 いまは何も装着していない左手の薬指を眺める。
 それからほどなくして、攷斗が独立することを決めて退職した。
 独りになってからの六年間、大きな喪失感に苛まれることがなく過ごせたのは攷斗のおかげだと思っている。けれどそれは、攷斗の厚意を利用してしまったのではないかという罪悪感を抱くことにもなった。
 そんな状態で“あなたのことが好きになりました”なんて言えるわけがない。
 攷斗の退職を機に、攷斗から離れようと自分から連絡するのを控えたが、それでも攷斗は定期的にひぃなを遊びに誘う。忙しいであろう時期にも、生存確認と称してメッセを送ってくる。
 行動や会話の端々に散りばめられた優しさ。それが好意だったらいいのに、と何度も思った。
 何も言わなくても気持ちは通じている。ような気はしていたが、やはり言葉で確認出来なければ、予想や期待が確信に変化することはない。
 湖池や堀河から攷斗に恋人が出来たらしいと聞くたび、チクリと刺す心の痛みと共に、自分のことを構ってくれているのは“世話になった先輩への厚意”なのだろうと考え直す。
 今年の誕生日も攷斗の厚意に甘えて誘いに乗ったら、どういった流れか結婚話が急浮上した。
 あまりの展開に、正直気持ちの置きどころがわからない。
 引っ越しや結婚にあたっての様々な手配も、ほとんど攷斗が請け負ってくれた。その真意はなんなのだろう。
 予想を真実だと思い込まないように、自分の気持ちを心の奥に隠しこむ。でないと、冷静に同居などしていられない。
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