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Chapter.20

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 堀河が事務部に様子を見に行くと、ひぃなの姿はなかった。居合わせた社員から、学習室で作業していると聞いたので礼を言って移動する。
 ガラス張りのドアから室内を覗くと、ひぃなが業務を進めているところだった。
 ドカラタタタタタと恐ろしい速さでキーボードを打っている。時折カチカチというクリック音が混ざる。作業を進めるひぃなの瞳の奥には虚無が宿るが、ドア側からは見ることが出来ない。
「…時森さーん」
 そっとドアを開け、堀河が恐る恐る声をかけた。
「はい」
 画面を見据えたまま返事するひぃなの背中からは、まだ怒りがにじみ出ている。
「処理をお願いしたい書類があるんだけどー……」
「はい」
 差し出された手に書類を乗せると、処理待ちの束の上へ移動させた。小銭を乗せると手が出てきて箱の中に引き入れる貯金箱のようだ。
「時森さーん…」
「はい」
「……怒ってる…?」
「はい」
 間髪を入れずひぃなが答えた。
「良かったら、でいいんだけどー……お昼、一緒に行かない……?」
「……はい」
 承諾された堀河は安堵の笑みを浮かべ、
「じゃあ、キリが良さそうなところでまた声かけるわね。早めに終わりそうだったら教えてもらえると嬉しいわ」
 融通の利く提案を添えた。
「はい」
「じゃあ、あとでね」
 挨拶をして社長室に戻ると、
「時森さんって怒るとすごく怖いんですね……」
 通りかかりにその光景を見ていた社長秘書の熱海が堀河に声をかけた。
「普段めったに怒らない分、余計にね……」
 そこに、会社設立当初から所属している秘書の吉岡も加わる。
「私、怒ったところ初めて見ました……」
「おめでたいことだからって色々聞いちゃまずかったですかね……」
 熱海が申し訳なさそうに言うので
「んー? 恥ずかしいから大っぴらに言わないでーって言ってただけだから、まずいことはないと思うわよー」
 フォローを入れたつもりだったのに、
「それは言っちゃった社長が悪いですね」
「うん」
 にべもない熱海の言葉に吉岡がうなずく。
「えっ、私?」
「「はい」」
 二人の秘書は容赦なく即答した。
「それにしてもやっぱり時森さんってカワイイですよねー!」
 熱海が胸の前で指を組んで言った。人当たりが良く仕事も出来るひぃなは、女性社員からの支持も厚い。
「いつまでも思春期なのよ」
「それ社長もですよね。中二男子」
「男子って」
「孤高の狼を射止めたのがどんな人なのか気になりますけど、あんまり聞かないほうが良さそうですねぇ」
「私聞いちゃったんですけど、社外の人としか教えてくれなかったです」
「うーん。そうねぇ。私がひぃなに燃やされても良ければ、もうちょっと聞いてみてもいいと思うけど」
「社長が燃やされちゃったら困り…ます?」
「困る…かしら」
「困る理由があまり見当たらないですね……」
「ねぇ。それ本人の前で言う?」
 わざとらしくハッとする秘書二人。
「“そういえばそうだった”みたいな顔やめてちょうだい」
「スミマセン、ジョークです」
 熱海がにこやかに告げる。
「本気だったらビックリしちゃう」
「ところで本日のご予定ですが…」
 吉岡はいつでも突然だ。
 午前中は社内で事務処理と各所連絡、と手帳を見ながら一日の予定を吉岡が読み上げた。熱海はその隣で自分の手帳を見ながら内容を確認している。
「午後は14時半から取引先との打ち合わせが入っています」
「じゃあ、12時前後から14時まで、お昼とミーティングで外に出てくるわね。14時過ぎにはこっちに戻ります」
「「はい」」
 秘書二人が予定表に新たな案件を書き込んで、社長室のデスクに戻る。
(あんなに怒ると思わなかったのよね~……)
 自席のパソコンでメールをチェックしながら、堀河が内心でため息をついた。
 攷斗に牽制をかけるよう頼まれたとはいえ、もちろんそれだけのためにひぃなに挨拶を促したわけではない。堀河にもまた、これ以上ひぃなを追い回してほしくないと思う人間が社内にいるのだから。
(……一応報告しておくか)
 私物のスマホを起動して、アプリのアイコンをタッチする。
『朝礼で報告しておいたわよ』
『ひぃなに静かにキレられて、この世から消されるかと思った』
 メッセの送り先は攷斗だ。
「さて……」
 もう一度パソコンに向き直り、書類を作成していく。
(お昼のときに色々聞いてみるか……)
 業務を進めながら、ひぃな対策も考えてみる堀河であった。

* * *
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