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Chapter.17

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 その頃、すでにひぃなの両親は離婚していて、ひぃなのは母方の祖父母と、母と一緒に暮らしていた。しかし、母は心労でうつ状態になりほぼ寝たきり、祖父母も母とひぃなを養うために共働きをしていて帰宅が遅かったので、母や祖父母の身の回りの世話はほとんどひぃながしていた。
 同級生が恋や部活や遊びに使っている時間をひぃなは家事に費やしていて、身も心も疲弊していた。
「…偶然見ちゃったことあるんだけど…あの子さ……泣くのよ、たまに。一人で。でも、何も言ってこなくて」
「あぁ」攷斗が短くつぶやく。「前にいっかい飲ませすぎたときに急に泣かれてビビったことあります」
「あなたにはそういう一面も見せてたのね」
 気の置けない関係になっているのだと知って、堀河は安堵の息を漏らした。
「普段気丈にしてる分、周りが慌てちゃうのよね。で、そうさせたくないからってますます人前で泣かなくなっちゃって」
「そんときもめっちゃ言われましたよ。ごめん、なんでもない、って、慰めさせてもくれなくて」
「その辺は棚井がほぐして、甘えさせてあげて」
「もちろん」
「それにしてもホント棚井で良かった! 秋田や黒岩やになんかされたらいやだなーって思ってたからさー」
「……え?」
「あれ? 知らないか。まぁあいつらとあんたじゃ部署違うし、被った期間も短いもんね」
 秋田と黒岩は堀河の会社の営業部に所属している。攷斗はデザイナーだったので、部署が置かれているフロア自体違っているからあまり顔を合わせない。そもそも、二人とも攷斗より入社が遅かったので、社歴が被ったのは二年と短い。
 女性社員にはまんべんなく声をかけるタイプの秋田はまだしも、女性が苦手なのではないかと噂されるほど、女性社員とは交流を持たない黒岩は正直予想外だった。
「なんか、あったんですか」
「ないない! なんにも!」
 面を入れ替えたようにこわばる攷斗の表情に気付き、堀河が慌ててフォローする。
「あいつらが勝手に秘かに狙ってただけ。誘われても二人でどっか行くとか頑なにしなかったみたいだし、社内でそういう関係性の男性は、私が聞いてる限り後にも先にもあんただけよ」
 堀河の説明を聞いて長い溜息をつき「そう、ですか」攷斗がその息と一緒に吐き出すように言葉を紡いだ。
「好きなのねぇ」
「結婚するくらいなんで」
「んふふ」
 攷斗の言葉に堀河がニヨニヨする。
「なんですか?」
「ひぃなも同じ気持ちだといいわねー」
「嫌われてない自信はあるんで」
「消極的ねぇ」
「じっくり行こうって決めたんで…ってさっき言いましたっけ」
「まぁペースは人それぞれだけど、あの子の年齢も考えてあげてね?」
「それはもちろん」
 ひぃな本人はそこまで気にしていないようだが、若く見えても四十路よそじの身だ。だからこそ、今後のことを気にし始めたのだろう。
「まぁ、パートナーについてはこないだたまたま話してたんだけどね。家の保証人もだし、手術の同意書のこととか色々。そこにひぃなの誕生日でしょ? タイミング良かったんじゃないかな」
「感謝します」
 再度うやうやしく礼をする攷斗に、アッハッハと堀河が笑う。
「こちらこそだわー。ありがとね、ひぃなのこと、末永くよろしくね」
 感謝の気持ちを伝えたところに、カーナビが『目的地まで、あと、5分、です』と告げた。
「そろそろ着くみたい。マンション前停められる?」
「一時的になら」
「おっけー」
 信号が赤になる予兆が見えたので、一旦停止する。
「あの」
「うん?」
「結婚のこと、ひなは内緒でって言ってたんですけど、俺は別に、言ってもらって構わないんで……」
「オッケー。牽制しとくわねー」
 攷斗の行間を読んで、堀河はあっさり快諾した。社内での“虫除け”になるであろうその提案を、堀河が断る理由もない。
「……お願いします」
(一回結婚したら、よほどのことがない限り離婚するようなタイプじゃないけどねー)
 と堀河は思うが、楽な近道のためのヒントは与えないことにした。
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