偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
1 / 120

Chapter.1

しおりを挟む
「家借りるときさぁ、保証人が必要だと困るとき来そうで不安なんだよね」
 酒の席で元後輩にそんなことをグチったら、旦那が出来ました――

 ――ことの発端は数時間前。
「久しぶり」
 居酒屋の個室にひょこっと現れたのは職場の元後輩・棚井タナイ攷斗コウトだ。
「おつかれさま」
 スマホをいじる手を挙げ、時森トキモリひぃなヒィナが挨拶する。
「なんか頼んだ?」席に着くや聞く攷斗。
「ううん? まだ。決めてはある」
「ん」
 攷斗は短く返事して、二人掛けシートの空きスペースにバッグと紙袋を置き、オーダーパネルを操作した。
「どれ?」
 向かいに座るひぃなにパネルを見せる。ひぃなは画面を数回押して、注文リストに飲み物を追加した。
「食いもんは?」
「先たのんで~。足りなかったら追加する」
「はーい」
 攷斗がひぃなに見せながら食事を選び、自分が食べたいものと、ひぃながいつも注文するものを合わせて数点【カート】に入れた。
「こんなもんかな。追加ある?」
「ううん、だいじょぶ。ありがとー」
 その返事を受けて、攷斗が【注文する】のボタンを押す。
「あ」パネルを充電器に戻しながら小さく言って「はい、これ。誕生日おめでとう」マチが広めの紙袋を差し出す。
「わぁ、ありがとう」
 袋に印刷されているのは、有名なフラワーショップの名前だ。
「一応、ひなのイメージ伝えて作ってもらったやつだから」
「えー、うれしい。部屋に飾るね」
 袋の中から小さなブーケを取り出す。ピンクと白が基調のそれを、ためつすがめつ眺めてみる。ひぃなは嬉しそうにへへーと笑って
「ありがとう」
 改めて礼を言った。
「うん」
 頬杖をついて微笑む攷斗に
「毎年毎年律義だよね。ありがとね」
 ひぃなが何度目かの礼を伝える。
「好きで祝ってんだから気にしないでよ。それより、なんか取って付けたようなもんでごめん。ここんとこちょっと忙しくて……」
「大丈夫なの?」
「うん、さっき終わらせてきたから、もう来年の始めくらいまでは余裕。だから、今度一緒になんか見に行こう」
「えー、いいよ、悪いよ」ブーケを紙袋にしまいながら、「嬉しいよ? お花。あんまりもらう機会ないし」傍らに置きつつ笑顔で返す。
 照れながらプレゼント用の花束を買う男性を見ると、思わずほっこりしてしまう。
 普段、洒落たことをこともなげにやってのける攷斗のことだから、照れつつオーダーするようなこともなかっただろうが、それでも嬉しいものは嬉しい。
「女子はみんな単純にお花もらうの嬉しいよ」
「そう? なら良かった」
「失礼しまーす」
とふすまの向こう側から声が聞こえて、ふすまが空いた。店員が酒とつまみをテーブルの上に置く。
「じゃあまぁ」
 と攷斗がビールのジョッキを掲げる。
「「おつかれさまー」」
 グラスを当てて、仕事終わりの身体にアルコールを流し込んだ。
「んんー、んまいっ」
 おっさんみたいな声を上げて、ひぃながグラスをテーブルに置き
「お仕事順調なんだね」
 言った。
「んー、まぁ、ぼちぼち?」
 人好きしそうな笑顔で攷斗は首をかしげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた
恋愛
鶫野鹿乃江は都内のアミューズメント施設で働く四十代の事務職女性。ある日職場の近くを歩いていたら、曲がり角から突然現れた男性とぶつかりそうになる。 その夜、突然鳴った着信音をたどったらバッグの中に自分のものではないスマートフォン入っていて――?! 『ほんの些細な偶然から始まるラブストーリー』。そんなありきたりなシチュエーションにもかかわらず、まったく異なる二人の立場のせいで波乱含みな恋愛模様をもたらしていく――。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

処理中です...