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Chapter.28

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 リムジンバスの中から流れるBGMを聞きつつ窓の外を眺めていると、上着のポケットの中でスマホが震えた。
「ん」
 取り出して画面を見ると『チヤさんが写真を送信しました』と書かれた通知窓が表示されている。
 これもやはり、20分と経たないうちに描き上げたらしい。
(すげぇな)
 一枚の絵を描き上げるのに、何日もかかっていたとは違う。
(まぁ、信楽さんはみつぐと違ってプロだしな)
 絵のことは良くわからないけど、描きなれている人なら案外すぐに描ける方法があったりするのかもしれない。
 ほどなくして、バスが初目に宿泊する市内のホテル前で停車した。
「着いた着いた」
 紫檀は伸びをして、やどりのほうを見やる。
「一旦チェックインするけど、そのあとどっか行く?」
「んー、どうしようかなー」
 腹は満たされているし、バスに揺られたせいか鉄板焼き屋で飲んだビールも程よく回っている。
「紫檀はどっか行きたい?」
「んー、寝っ転がりたい」
「賛成」
 俺は紫檀の希望にマルッと乗っかった。
 バスを降りてホテルにチェックインする。シングル二部屋の予約だけど、シャワーを浴びたら俺の泊まる部屋に紫檀が来ると言って聞かず、結局夜は一緒に部屋に籠ることになった。
(案外いい写真撮れなかったなー)
 テーブルを使ってノートパソコンをいじる紫檀を横目に、ソファに居座りカメラロール内の画像を確認する。ホテルまでの道中も色々探して撮影はしていたけど、わざわざ送るほどの写真はなかった。
 明日は今回の取材旅行本来の目的である宮島へ行くし、そこなら色々いいものが撮れそうだな、と思いつつ寝る前に一文送っておこうかとメッセアプリを立ち上げた。
 絵を送ってもらった礼文だけ送ろうと思っていたのに、短文にしたから吹き出し三つ分になってしまった。意外に伝えたいことがあったらしい。
 “写真たくさん送れなくなるから”と打った段階で、(あぁ、俺、たくさん写真送るつもりなんだ)と気付いた。いまのところ2枚しか送れてないけど。
 そんなことを考えていると、信楽さんから立て続けに返信が届く。

『お気遣いありがとうございます。』
『描きたいと思えたのだけ描きますね。』

「おぉ……」
 笑いと共に声が漏れる。送った写真の中でも魅力的じゃないやつは描かない、という意思表示に取れたからだ。
(なかなか挑発的ですねぇ)
 紫檀がいるのも忘れ、口元を緩ませながら返信を打つ。

『ハードルあげるね。』と俺の返信。

『決してそういうつもりでは…。』と信楽さんの返信。

『創作意欲を掻き立てるような写真ばっか送ってあげますよ。』そして俺の返信。

 人に“ハードル上げるね”とか言っておいて、自分でもハードルを上げてしまった。まぁいっか、実際明日以降も送るつもりだし。

『お仕事の邪魔にならないなら、楽しみに待ってます。』

 さして間を空けず信楽さんから返信が来て、ふっと笑う。

『そっちもね。』
『気が向いたら、また送ります。』

 それで終了のつもりで、送信してからアプリを終了させた。
 ふと、視線を感じてテーブルのほうを見るが、紫檀はノートPCに向かって操作を続けていた。
(そうだった、こいついたんだっけ)
 いままでの行動を見られていなかったか気になったけど、聞くとやぶへびになりそうだからなにも言わないことにする。
 ソファから立ち上がり冷蔵庫へ向かい、中からペットボトルを取り出した。
「あ、いまいい?」
 動いた俺に気付いて、紫檀がパソコンから手を離す。
「うん」
 ついでに紫檀の分のペットボトルを取り出して、紫檀に渡した。
「明日のスケジュールなんだけどさ」
 紫檀がノートPCの画面を向けながら、説明をしだす。仕事に没頭していたのか、俺の行動は気にも留めていないようだった。
 朝チェックアウトしてフェリーに乗り、宮島へ上陸。取材や撮影で各地をまわりつつ、最終日まで宮島内の和風宿泊施設に滞在。
 このルートで回ると効率的に取材ができそう、というプランも教えられる。あー、うん、そうね。と、自分でも考えていたルートとさして変わりないのを確認して、相槌を打つ。
 なんだかんだ言って仕事ができるのが紫檀の特徴だ。学生の頃も素知らぬ顔で学年上位に食い込んだりしていた。
 昔からそういうところあるよねぇ、なんてしみじみしていると、
「ところでさぁ」
 紫檀が顔を上げる。
「うん?」
「昼間っからずっと、熱心に誰とやりとりしてんの?
「え?!」
 シレッとかわそうと思った矢先に出たのは、自分でも予想外に大きな声だった。動揺しすぎ。
「写真もすげー構図にこだわって撮ってるしさー。資料ならオレが撮ってるってー」
「いや、自分視点で撮った資料も欲しいしさ」
「スマホ見ながらなーんかニヤニヤしてるしさー」
(うっ)見られていた動揺から、一瞬言葉につまる。
「面白いコンテンツがあったんですよ……」
「ふぅん」
 とっさの嘘に気付いたのか、紫檀がニヤニヤと俺を見つめる。
「なによ」
「えー? 気になる子でもできたのかなーと思ってさ?」
「いや……気になってるっていうか……いまのところ、そういうんじゃないよ」
「えー? でもさぁ、やどりからそういう話聞くの久々……」
 つい口から出てしまった、という顔をして、紫檀が黙る。
「いいよ、別に。もう大丈夫なんだ。月に雁にも行ってるし」
「え? そうなの?」
「うん。もう、七回忌も終わったしさ……いつまでも立ち止まってるわけにもねぇ」
「そうだね。“いい加減に前に進みなよ”とか言われてそう」
「言ってそうだな」
 ハハッ、と、二人は同時に同じ人物を思い浮かべて笑う。
 紫檀は俺の色々な事情を知っている。なんなら、みつぐも含めて三人で一緒に遊んでいたくらいだ。
「そっか、もうそんなになるんだよね」
 紫檀がしみじみとつぶやく。
「うん。法要にはこれからも参加させてもらうつもりだけど、そろそろ、俺の先に続く未来に目を向けてもいいのかなって」
「そうだね。そのほうがみつぐちゃんも喜ぶんじゃないかな」
「……うん。そんな気がする」
 もう俺には姿が見えないし声も聞こえないけど――なんとなく、祝福してくれそうな気がする
「で? そのお相手ってどんな人なの?」
「えぇ? いいよ、もう。今日もう遅いし」
「じゃあ明日、宮島回りながら聞かせてよ」
「いいって別に。仕事してよ」
「仕事はするよ。でもどうせ、明日も写真撮ってその人に送るんでしょ? だったらオレも事情知ってたほうがやりやすくない? さっきみたいに一人でニヤニヤこそこそしないで済むよ?」
「別にコソコソはしてねぇよ」
 ニヤニヤは自覚があるから否定しない。
「えー、じゃあ教えてくれたっていいじゃん」
「あー……絵をね、描いてもらってんのよ」
 長年の付き合いだし、色々心配してもらってるし、と概要を伝える。
「えー、なにそれ、見たい見たい」
「うん」
 メッセの画面から画像をタップして全面に表示させた。
「うわ、なにこれ、上手!」
 それは最初に送られてきた雲海の絵だった。
「えっ、プロの人?」
「うん、そう」
「すごいな。原画見てみたい」
「お願いすれば見せてくれると思うけど」
「えっ、お願いしてよ。仕事依頼したいかも」
「じゃあ、今度聞いてみるよ」
「うん、お願い」
 最小限とはいえ情報を開示したからか紫檀の溜飲は下がったみたいで、案外あっさり「じゃあ、明日朝早いし、戻るわ」と紫檀は自分にあてがわれた部屋に戻った。
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