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口裂けちゃんとジェントル弁当 1
しおりを挟む吾輩には友と呼べる者が少ない。
ゆえに尋常を逸脱する一人称をしていると、自然とある種の人間にとってカッコウの餌食となる。
「お、ワガハーじゃ~ん」
「うっわ! ボタン上まで全部閉めてんじゃん!」
「シャツインしてんなよ、キモオタw」
「今日もバチコリきめぇなwww」
自転車をこいで駐輪場にやってくるなり、たむろしていた同学年の女子不良グループに捕まってしまった。
雨がふっているので雨がっぱを着ていたのだが、どうやら彼女らには、吾輩がシャツをパーフェクトにInto the my pantsしてるとバレてしまっているようだ。
「おい、ワガハーこっち向けよ」
吾輩は雨がっぱを脱ぎ、丁寧にたたみながら迅速な足取りで不良少女Aと目を合わせる。
そして、すかさずその横を日頃鍛えている俊足のスプリントで駆け抜けた。
「こ、こら待てワガハー?!む
「逃げんじゃねえ!」
「I am speed」
吾輩の俊足はたやすく不良少女たちをしりぞけた。
──しばらく後
教室にて。
吾輩は本日、昼食を持ってきた。
それも栄養学に精通する協力者と、下水道の日コンクールで金賞を受賞した協力者に指南をいただいてつくった通称:ジェントル弁当だ。
普段は昼を食べない主義なので、ジェントル弁当は九千紗さんのためにつくった。
「ご機嫌様、吾輩の嫁よ」
「勝手に進展させないで……ていうか、今日も来たんですか」
「吾輩はいつでも君のすぐそばにいる」
「マジっぽいのが狂気感でてるけど…」
「吾輩、生まれてこの方、嘘をついたことがない。では穂真田嬢、いっしょにお弁当を食べようじゃないか!」
自信満々にジェントル弁当を取り出して彼女のまえにおく。
彼女はキョトンとして目を丸くした。
「わたしが食べるの?」
「ああ。吾輩は昼は食べない主義ゆえ」
「そ、それじゃこの弁当は……?」
「愚問。我が愛しい婚約者のためにつくって来たのだ」
「……っ。あ、でも、毛とか入ってるんじゃ……」
「吾輩はヤンデレ女子ではない。ジェントルマンだ」
「変態がつく方でしょ。……ま、まあ、いいですよ。今日はたまたま弁当を忘れてしまったので少しだけ食べてあげます」
嘘だ。
彼女が弁当を持参しているところを1年生の頃から見たことがない。
同様に学食で食事を取る姿も見たことがない。
今にして思えば、なにもかも彼女が都市伝説の怪物(幼体)であることが起因しているように思える。
「どうだろうか」
「……(もぐもぐ)」
「食べてる姿が可愛いな。我がスマホ…じゃなかった、ジェントルフォンにおさめておこう。有料高画質カメラアプリ起動! うなれシャッター!」
瞬間、九千紗さんの手刀が吾輩のジェントルフォンを叩き落とした。
「だぁああー!? ジェントルフォォオオン!?」
「……なによ、わりと美味しいじゃない(もぐもぐ)」
「っ! それはよかった!」
ジェントルフォンは致命傷を受けたが、彼女が幸せそうなのでOKです。
吾輩は見つめる、九千紗さんのほんのり染まった頬を。
ああ、今この高鳴る気持ちをエッセイ本として編纂したのなら、全世界40の言語に翻訳され、90ヶ国でビリオンセラーを獲得すること間違いなしだ。
もぐもぐと「ひまわりの種を頬張るハムスターがごとく口を動かす姿は、吾輩のまぶたの裏に影法師として」残像をつくって──
「誰が頬張るハムスターよ……っ! 心の声途中から漏れてるんですけど!」
「これは失態であったか」
顔を真っ赤にして「もういらない。あなたが食べてください…!」と、九千紗さんはぷんぷん怒りだしてしまった。
ハムスターと形容したのがまずかったかのか。頬張っていたのがヤングコーンではなかったのがまずかったのか。
真相は永久に闇の中である。
「とはいえ、本当によいのか? 吾輩が残りを食べても」
「いいです。何より昼食を食べない主義なんて身体に良いはずがありませんから、今日からは食べるようにしてください」
「吾輩の心配をしてるのか?」
「ち、ちが、昼食を……そう! 昼食時に机のまわり散歩されるのが嫌なだけっ!
「そうか。では仕方ない。吾輩は穂真田嬢がつかった箸をぺろぺろ舐めまわしながら残りをいただくとし──」
「たぁあああー! やっぱり全部食べます、わたし、お腹ペコペコー!」
「吾輩、お箸ぺろぺろ」
「……世界一くだらない韻踏んでると刺し殺しますよ」
カバンに手を伸ばして例のスピリチュアル・シザーを手にとり、脅してくる九千紗さん。
目元に影をつくる顔つきすら可愛い。
と、吾輩と九千紗さんが大変楽しく昼食をとっていると不穏な気配をクラスの外の廊下から感じた。
邪魔者がやってきたか。
「失礼、吾輩、用事を思い出した」
「どこ行くの?」
「おや、気になってしまうとな。ふはは、どうやら吾輩と穂真田嬢が子だくさんの家庭を築く日は近そうだ」
「あーはいはい」
軽くいなされて吾輩はすこしショックだ。相手にされなくなったか。
吾輩は廊下へ出てきた。
「また、てめぇ、ワガハー。休み時間のたびに眼つけてんじゃねーよ、キモオタがよ」
廊下を歩いていくと、ポテトや飲み物をもった、食堂の戦利品をかかげる不良少女Aと遭遇した。
彼女は吾輩や九千紗さんと同じクラスの不健康そうな肌のギャルだ。
「実に興味深い呼び方をする名もなき不良少女Aよ。いったい何の様だろうか」
「別にお前に用はねぇんだけど。てか、お前、なに」
「なに、とは」
「お前、最近やけにあの澄ましたマフラー女と仲良いみてぇんじゃん。ムカつくんだよね、女優かなんだか知らないけど、お高く止まってるやつ」
「実際、そこらへんの石ころとは違って孤高なのだから仕方あるまい。あと仲良いだと? 馬鹿めが、訂正しろ」
「ッ?! ば、馬鹿?! て、てめえ、ワガハーのくせに!」
「吾輩と穂真田嬢は婚約者だ!」
「……チッ、気持ち悪。やっぱり、穂真田と同じくらい、てめぇうぜえわ」
不良少女Aは吾輩へ、手に持つレモンティーを頭からかけてくる。
「あ、ごめーん、手がすべっちゃった~♡」
「ふむ、かぐわしい。お花に水をあげてるつもりだろうが、残念ながら、不良少女Aよ、吾輩はお花ではない」
「んなことわかってんだよ! ブチギレろよ。へへ、アタシさ、あいつらキモオタが大事そうにしてるケータイ壊して、キレさせるの好きなんだよね~♪」
「怒りはしない。ただ、謝るんだ、不良少女Aよ」
「さっきあら、んだよ、不良少女Aて。アタシには芥川(あくたがわ)って名字があんだよ、ボケかすが」
「吾輩より先に名をだすとは、なかなかやるではないか」
「あーもういいわ。マジでうぜえ。ワガハー、お前、放課後覚えとけよ」
「それより、はやく謝りたまへ」
「馬鹿じゃねえの? さっき謝ったじゃん」
芥川はそういってケラケラ笑いながら、取り巻きを連れてクラスへ入ろうとする。
「通さん。謝れ」
「どけよ」
「どかん。謝れ」
「うるっせえ!」
「うるさくない。謝れ」
「チッ、ガチでめんどくせぇんだよ! てめえ、ワガハー、いつもならこんなしつこくねえだろが!」
芥川はそう言って「うっぜ」と言い残してクラスへ入ることを諦めた。
昼休みを校内冒険ごっこに使うことにしたようだ。
「あれ? 今なんかすごい揉めてなかった……って、ど、どうしたの変態紳士…ビショビショだけど……」
「褒めてくれ、穂真田嬢、吾輩は勇敢に紳士であったぞ。さあ、この謎の黄色い液体にまみれた吾輩を抱擁してくれたまへ」
「きっ……こっち来ないで、最低!!」
九千紗さんは目元に影をつくって、弁当箱を投げて来た。すっかり軽くなった箱に吾輩はたいへんに満足した。
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