上 下
1 / 5

もう魔術師じゃなくていい

しおりを挟む




  優れた才能が、必ずしも
   持ち主を幸福へ導くとはかぎらない

 













         ⌛︎⌛︎⌛︎


「ダルク、あなたの作った新型魔力原動機『バロック』にまた不具合が見つかったそうよ」

 母親は不機嫌に顔を歪め、そう言うと、俺の頬を平手打ちした。

 俺は壁付けの棚に頭からつっこみ、本が数冊ばらばらと床に散らばった。

 新型魔力原動機『バロック』は、俺が半年前に魔術協会にて販売をはじめた商品だ。

 この先の時代の、大型魔導具の可能性を飛躍的に高められる力作だったが、発売からチマチマとクレームがはいっていた。

 すべて、魔術協会所属の魔術師たちからだ。

 彼らにとっては、若くして一角の財を築きあげた俺という人間が面白くないらしい。

「見なさい」

 母親が床に投げ捨てた、クレームがまとめられた紙束に目を通す。

 どれもこれも、本質的じゃない。

 デザインがカッコよくない、家のガレージにちょうどいいスペースがない、子供が触って怪我をしたなどなど……。

 ため息をつきたくなる気持ちを抑えて、俺は母親に進言する。

「……まだ第一版なので、不具合があるみたいです。これから改良を頑張ります……母さん」
「ふん、当たり前でしょう? 誰のおかげでドラゴンクラン大魔術学院に通えてると思っているの? 12歳の頃から魔術協会員にもしてあげてるの。わかる? あなたの才能も、成果も全部、私のおかげなのよ? 納得のいくように結果をだしなさい」

「はい……すみません」

 俺の親は、俺のことが嫌いだ。

 我が家マジックワン家は、この王都ではそこそこ名のある魔術家なのだが、ここ数世代は魔術世界において、大きな成果を挙げられていない。没落寸前の貴族家でもあるのだ。

 俺はそんなマジックワンの本家に優秀な才能が生まれなかったために、分家から養子として本家の仲間入りをはたした″部外者″だ。

 つまり、あの怒り狂う母親の本当の子ではないのだ。

 彼女は自分の子ではなく、俺が成果をだして自分たちの家を支えているのが許せないのだろう。

「おい、ダルク」
「っ、父さん、おはようございます」

 俺が床の本を拾っていると、父親がやってきた。

 彼は俺のもとへ寄るなり、何も言わずに杖を抜き、神秘魔術による拷問をかけてくる。

「うぐう!」

 皮膚の下が沸騰するような、形容しがたい激痛に、俺の右腕がみるみるうちに腫れあがる。

「この成績はなんだ? 貴様、定期考査の順位をクリストマス家の『星刻』に抜かれたな?」

 『星刻』は二つ名だ。
 クリストマス家の天才魔術令嬢。
 本来はマジックワン家が、ライバル視できるようなレベルの低い家柄ではない。
 
 俺が睡眠時間をなくして、学年順位を維持していたから、うちの両親は、対等な存在とでも勘違いしてしまっているんだろう。

「出ていけ、もうお前などいらん。お前の存在価値は、首の皮一枚で繋がっていたことを忘れおって、能無しめが」

 父親は杖を軽くふり、俺の体を赤い絨毯のうえに放り投げた。

 同時に、俺の腰のホルダーに差してあった短杖が、留め具から外れて、目の前に転がってくる。

 俺はなんとなしに無気力に、自分がどうしてこんな目にあってるのか、答えを求めるようにぼーっと眺める。

「ダルク、どうした、その杖で親に反抗でもしてみるか?」

「……」

「……ふん、所詮は分家の名誉も知らぬ、混血か。誇り高き貴族として、決闘する勇敢も持っておらぬとはな!」

 父親はそういって、高笑いして、俺の学年2位の定期考査の結果が書かれた成績表を、火属性式魔術で燃えかすに変えてしまった。

「戦う勇気もないのなら、魔術師などやめてしまえばいい。はっハハハハっ!」

 歩きさっていく父親の背中を見つめながら、俺は考える。

 こんな苦しい思いをするなら。
 こんな惨めな思いをするなら。
 こんなつまらない人生だとしたら、

 俺は、

 もう魔術師じゃなくてもいい。

「っ」

 俺は短杖を手にとり、ゆっくり立ちあがる。

「ダルク、まさか、貴様、親に向かって杖を向けるのか? 親に反航するのか?! ああ、なんと情けないことか! 信じられん!」
「あなた、もう殺してしまいましょ! ダルクは危険よ、親に杖を向けるなんて!」

 両親が演技臭く肩をすくめて、うすら笑いを浮かべ、ふたりして短杖を構えてくる。

 俺はドラゴンクランで習った決闘魔術論を思い出しながら、右足を前にかるくだし、重心を前へ移動させ、リラックスして構える。

 両親はニヤリとほくそ笑んだ。

 来る。

 俺の『魔感覚』が、両親の瞬き2回あとに使う魔力の属性、術式の数、魔術で狙っている場所をすばやく俺へ教える。

 見切った。

「≪火炎弾≫!」
「≪風打≫!」

 火属性と風属性の射撃。

 俺は属性のないまだまだ謎が多い最新の魔力色ーー『無気の魔力』を杖先に発生させ、詠唱すらせず、彼らの魔術をレジストする。

「なっ、」
「え……ッ」

 俺は手元にとどめた無気の魔力で、彼らの魔術をいったん受けとめる。そののち、射線を直角に曲げて天井にぶつけ、炸裂させた。

「だ、ダルク、貴様ァア!?」
「きゃあああああ!」

 天井がガラガラと崩れて、両親のまわりを円形にかたどっていく。

 やがて、崩壊は止まった。
 
 建物の損壊も、すべて魔力の暴発が生み出す衝撃エネルギーを計算しておこなった。

 それが、両親にはただひとつも瓦礫があたらず、彼らのまわりをサークル状にかこむ不自然極まりない崩れかたをした瓦礫の正体だ。

「ぅ……!」
「こ、これは……っ」

 両親も一介の魔術師として、自分たちのまわりの瓦礫たちが物語る現象の意味を理解したらしく、顔面を蒼白にして、俺へ向き直ってきた。

「ふ、ふはは、やれば出来るじゃないか、ダルク。そういうことだ、魔術師とは戦って道を切り開く、やっとわかったようだな!」
「そ、そうよ、ダルク。よく冷静でいられたわね、母さんとっても誇らしいわ!」

 さっきから、手のひらをくるっくるひっくりかえす両親へ、俺は冷たい眼差しを向けて、杖を床のうえに放り投げた。

「もう……マジックワンの人間じゃなくていいです」

 杖を蹴り、玄関扉を開けて、家を出ていく。

「待て、ダルク! 何を言ってる! そんな身勝手が許されるわけあるか! 新型魔力原動機のクレームなんて、私たちだけでどうすればいいと言うんだ?!」
「そうよっ、これまでの恩を忘れたの?! 馬鹿なこと言ってないで、戻って来なさい! マジックワンにはあなたの力が必要よ!」

「……だとしても、この結果は全てあんた達の行いの発露に過ぎない。さようなら。もう二度と会うことはないですよ」

 俺はそう言い残し、背後でわめきたてる両親から逃げるようにマジックワン家をあとにした。

 
         


 マジックワン家を出たあと、俺は家の裏の森をがむしゃらに進んだ。

 森に入ったのは朝だったのに、今ではもうすっかりあたりは暗くなってしまっていた。

「ああ、ほんとうに出てきちゃったな……」
 
 俺はつぶやいた。

 マジックワン家の生活に未練があったわけじゃない。

 朝も昼も晩も、俺には休む時間などなかった。

 一日中、家の中にいては、ドラゴンクランの授業のための勉強、定期考査のための対策、魔術協会員として『魔術協会深度』という名の、魔術師としての階位を『黄昏』まで獲得したり、魔術貴族むけの商品開発をしたり……。

「はあ……もう、疲れたな……」

 俺は暗い森のなか、木の影に座りこんだ。

 こんな時間に、こんかところにいては、いつ魔物に襲われるかわからない。

 常識的に考えて危険すぎる行為だ。

 でも、もう、どうでもよかった。
 このまま死んでも構わないのだ。

 頑張っても、頑張っても、頑張っても。
 頑張っても、頑張っても、頑張っても。
 頑張っても、頑張っても、頑張っても
 頑張っても、頑張っても、頑張っても

 頑張っても、頑張っても、頑張っても!

「誰も、褒めてくれないじゃないか……!」

 あふれる涙が止まらなかった。

「くそっ……くそっ、ぅぅ、ぅぁぁ、ぁ」

 毎日、必死に生きて、必死に努力したのに。

 両親は、周囲は誰も褒めてくれなかった!

「ぅぅ、ぅぅ……っ」

 俺は人生に疲れたんだ。
 膝を抱えて、俺は暗い森の中で泣き続けた。


          ⌛︎
          ⌛︎
          ⌛︎


 ーーしばらくあと

「わふぅ」

「ぅぅ……ん?」

 今、変な声が聞こえた。

 俺は涙でよく見えない視界を左右にふり、声の主人をさがした。

 そして、見つけた。

 暗い夜に溶けこむ、小さな影。

「これは……黒い、仔犬?」
「わふぅ、わふ、わふっ!」
 
 黒い仔犬がむかってきて、俺の足に体当たりしてくる。

 すると、ビヂィ! っと生理的に嫌な音が鳴り響き、俺の魔感覚が熱をおびた。

 今、魔力の反応があった。

「この仔犬、純魔力の塊じゃないか……、まさか、生命というより、伝説に聞く精霊に近いのか……? でも、そんなことって……」

「わふぅ!」

「あっ」

 黒い仔犬が、走りだしてしまう。

 俺はそんな仔犬を、無意識のうちに追いかけてしまっていた。

 なんで、追いかけようと思ったのかは覚えていない。

 ただ、俺は精霊という存在と、彼がいく先に何かがあるという予感に、形のない期待を寄せていたんだと思う。

「待て、おい、待てってば!」
「わふぅ、わふっ!」

 俺は仔犬をどこまでも、追い続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

ざまあ~が終ったその後で BY王子 (俺たちの戦いはこれからだ)

mizumori
ファンタジー
転移したのはざまあ~された後にあぽ~んした王子のなか、神様ひどくない「君が気の毒だから」って転移させてくれたんだよね、今の俺も気の毒だと思う。どうせなら村人Aがよかったよ。 王子はこの世界でどのようにして幸せを掴むのか? 元28歳、財閥の御曹司の古代と中世の入り混じった異世界での物語り。 これはピカレスク小説、主人公が悪漢です。苦手な方はご注意ください。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

前世の記憶がなくても わたくしも立派な転生者

E・S・O
ファンタジー
インスシュレター王国の王女ミリア、女神のミスで転生する転生者だ。しかし、また女神のミスにより、前世の記憶もない。5才の時、自分は聖女という事実を知る。帝国の異教に監視されている上、聖女のことを決して知らせない。10才まで、ずっと一人で治癒魔法を練習する。瀕死の父を助けるために治癒魔法を使った。身を守るため、聖王国に避難する。途中は帝国に襲され、生と死の狭間に、精霊に助けられた。精霊と契約結ぶ。かつての六英雄の一人、エルフの大魔法使いシャローナの弟子になった。5年の歳月が流れ、15才のミリアはすでに世界最強の魔法使い(魔法剣士!!?)になった…… 前世の記憶がなくても、わたくしも立派な転生者よ!

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

処理中です...