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第八章 迷宮に潜む者

妹がわからなくなった

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 直観の告げるままに最上階にたどり着く。
 大鉈使いの手下らしき者がいたので不要な争いを薦めず見逃した。
 奥のベッドに少女が囚われている。

 銀色の髪。薄水色の瞳。
 ずいぶん大きくなったので、別人かと思ったが……よく見れば短い髪のおかげで昔と顔の雰囲気が似ている。間違いないエーラだ。

 エーラはひどく怯えた様子で俺のことを見ていた。
 お兄ちゃんのこと忘れちゃったのか。

 野生の猫を撫でるかのようにそっと歩いて近づく。
 だんだんと表情が驚きのものに変わっていく。

「大丈夫。僕ですよ、エーラ。お兄ちゃんですよ。恐くない。恐くない」
「お兄ちゃん……? なんで、そんな……うそだよ……」
「驚きました? そうでしょう。僕は死んだことになってたみたいですからね。いま解いてあげますから動かないで」

 彼女を縛る縄を解いてあげる。
 きつく縛られていたのか、だいぶん暴れたのか痕がついている。

「お兄ちゃん、本当の、お兄ちゃんなら、エーラの好きな物知ってるはず……!」

 エーラは俺から離れるようにして涙を瞳いっぱいに浮かべ、言ってくる。
 好きな物を当てて本物だと証明してみせろということだろうか。

「好きな物って言われても漠然としてて……」

 食べ物の話なら、アディがたまに王都で買って来たり、行商人から買いこんだ甘味類は好んで食べていたような気はする。

「甘い物」
「本物のお兄ちゃんだ……」

 うーん、信頼基準ががばがばだ。
 これは簡単に誘拐されるぞ……。

 エーラは涙をポロポロこぼした。
 次第にその勢いは増し、溢れ出す様にわんわん泣き出してしまった。

「お兄ちゃん……死んじゃったのに、いまさら戻ってきた……っ」

 肩を震わせ、手でこぼれる涙をぬぐう。
 それでも次々と溢れて来るのか止まる気配がない。

 俺は隣に座り頭を撫でようとする。
 エーラはこうしてやるとにへら~っと笑みをうかべて、きゃっきゃと喜ぶのだ。

「っ」

 俺が手を掲げた瞬間、エーラはぴくッとし、スッと距離をとった。
 え……ちょ……。

「お兄ちゃん……6年も家族のこと放置して……これまで、本当に大変だったのに……」

 あれ……。

「みんな悲しんで、お父さんもお母さんもたくさん喧嘩して、だからエーラとアリスはね、いっしょに頑張ろうって、お兄ちゃんの仇を討とうって……うわぁああ!」

 全部を語るまえにエーラは再び大きな声をあげて泣き出した。
 
 ああ……わからない。
 妹がわからなくなってしまった……。
 最後の会ったエーラ(5歳)は頭を撫でて、高い高いしてあげれば、いつだってご機嫌になるわかりやすさだったというのに……。

 これが思春期というやつか?
 以前のように舐めた接し方ではお兄ちゃんポイントを高めることはできないとでも?

「お兄ちゃんなんて、嫌い……今更、もどってきて……うわぁあああん!」

 ぁ……ウ。

 ──しばらく後

 俺はエーラを連れてなんとかオドリア城の外へと戻ることができた。
 最上階で散々泣いて、チクチク言葉で削られたあと、俺とエーラは手を取り合うことなく、お互いに再会の感動を抱きしめ合って分かち合うことなく、なんか変な空気感のまま、ちょっと距離を開けて歩いた。

「ありがと……ございます……」

 一番下に降りて再びエーラは口を開いた。
 頬を少し染め、ぶっきらぼうにぼそっと。
 敬語。これが6年という時間が生んだ距離か……もはやエーラにとっては他人なのかも……ナニコレ、切なすぎる。いくらでも寂しいのだが。つらい。

 外ではアディとキサラギが待っていた。
 思ったより時間がかかったため、ちょうどキサラギが探しに来たとのことだった。

「よかった、エーラ! 無事だったか!」

 アディは満面の笑みで両手を広げる。
 
「ッ、キサラギだ!」
 
 エーラはアディの横を通り過ぎて、キサラギへ一直線、彼女の胸に飛び込む。
 おかしいなぁ……お兄ちゃんもソレを期待していたんですが……。

「そ、そうだよな……ダメな親父より、キサラギさんのほうがいいよな……」

 アディもエーラのことがわからないらしい。
 なるほど、こうやって女の子は大人になっていくのか……悲しいなぁ。
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