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第八章 迷宮に潜む者

オドリア城へようこそ

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 エーラは訓練場にいなかった。

「そんな……そう言えば賭博場を出ていくとき様子がおかしかったが……」
「様子がおかしい? どう様子がおかしいんです」
「言葉の綾だ。様子がおかしいというか、泣きながら飛びだして行ったんだ」

 アディは詳しい事情を話してくれた。

『訊くにエーラはアリスのを失った悲しみに深い絶望を覚えたのだろう』
 
「エーラまで行方不明なんて冗談じゃないぞ。アーカム、探すのを手伝ってくれ」
「当然」

 アディとふたりでエーラの目撃情報がないか聞いてまわった。
 銀色のサラサラの肩までくらいの長さの髪に、水色の瞳。
 うちの妹たちはアディではなく母親に似ているので、今頃は大変に美少女に育っていることは間違いなしだ。
 俺の推理はただしく、銀髪の美しい少女の噂はダンジョンヒブリアではわりと知れ渡っており、エーラらしき人物の足取りはそうそうに掴めた。

「エーラという少女を見かけませんでしたか?」
「あの少女か。オドリア城のほうへ怪しげな男と向かっていたが……」

 いくつかの目撃情報がオドリア城という地点を示していた。
 
「まさかオドリア城へ行ったなんて……」
「オドリア城?」
「治安の悪いことでヒブリアの住民のあいだでは有名な場所だ」

 ごちゃっとした印象の強いダンジョンヒブリアの道は大通りを外れれば途端にせまくなり、人間がふたり横並びになって歩けばそれだけでギュウギュウになってしまう。そんな細くて狭い道を選んでしばし進むとオドリア城にたどり着いた。
 
 増築と改築が重ねられ、たくましい住民の生き様が見られるダンジョンヒブリアであるが、中でもオドリア城はもっともごちゃごちゃしていた。
 その名の通り、いろいろ付け足し過ぎて、もはや巨大な城、あるいは要塞のような雰囲気を漂わせるほどに入り組んでいた。

「ここには帝国騎士団の眼がまるで届いてないって話で、悪行の温床になってるって噂だ」
「なんでこんなところにエーラが」
『エーラはアリスを助けるためにダンジョンへ挑もうとしたが、早々に自分一人では不可能だと悟ったのかもしれない。だから助けを求めた。街中でオドリア城を根城にする悪党に迂闊にも助力をもとめてしまい、エーラはそのまま攫われてしまったのかも……』

 俺は直観の推理をアディへ伝えた。

「なんだ、と……そんな、エーラが……ああ、俺が情けないばかりに!」
「嘆いてる時間なんてありませんよ。アリス捜索準備が整うまであと30分しかないです」

 アリスはできるかぎり速く助けたい。
 だからと言ってエーラをこんな危険なところに置いていくなんてできるわけない。

 指輪からアマゾディアを抜剣する。
 賭博場へ帰る時間もふくめて15分で片を付ける必要がある。
 
「俺もいく」
「父様は足手まといなので来ないでください」
「うっ……」

 オドリア城。
 見た目からして恐らく通路という通路が狭い構造になっているはずだ。
 それこそスラム街に構築された違法建築物のダンジョンのように。

 地の利は相手にある。
 こんな場所でアディのようなトロい魔術師が役に立つとは思えない。

 俺は剣を片手にオドリア城へ足を踏みいれた。
 
「へえ、兄ちゃん、良い身なりだなあ、その外套、俺にくれよ!」

 入って5秒で痩せぎすの男に短剣で斬りかかられる。
 回し蹴りで浮きでたあばら骨を打って骨折させ、通路の向こうへふっとばす。

「ごハぁ、! あぁあ!」
「医者に診てもらえ」

 狭い通路の陰からやせ細ったくぼんだ眼差しの男が現れる。

「てめえ、よくも兄貴を……お前らやっちまえ!」
「お前ら?」

 俺は背後へふりかえる。
 薄布をまとった亡者のような男たちが錆びた短剣を手に部屋から出てきていた。
 その数は10人はくだらない。

 これがオドリア城か。
 治安悪いなんてレベルじゃないだろ。






 

 ──エーラの視点

 自分はどうしてこんなところに来てしまったのだろう。
 エーラは震えながら静かに涙をこぼしていた。

 アリスを助けることを諦めてしまった父親はもう頼れない。
 だから少女は自分の力で救いだそうとしたのだ。

 でも、それは難しいことだとわかった。
 エーラには母譲りの剣の才があった。
 だからこそ有段者となった今、何匹かのモンスターを倒して自分だけではとてもダンジョンの深層にたどり着くことはできないと悟った。

 だから助けが必要だった。
 今すぐにでも助けてくれる人が。
 はじめはテラとニーヤンを探した。
 しかし、どこへ行ったのか見当たらない。
 
 誰でもいいから助けてほしかった。
 潜るために実力ある者にすこしの間だけ手伝ってもらえればそれでいいのだ。
 
 そんな条件で無闇に探した結果、確かに実力者を見つけることはできた。
 ただしとても悪い人間だったのだが。

 昼の光が差しこむ部屋のなかエーラはベッドに縛られていた。
 ベッド脇にはでっぷりと太ったおおきな男がいる。
 顎下に何十にも重なる肉をたくわえ、黄色い歯をヌチャっとのぞかせた。
 男の名はドボルヴェルカという。
 帝国騎士団も手を焼く『毒蛙』の異名で恐れられるオドリア城のボスであった。
 ドボルヴェルカは毛深いイボだらけの手でエーラの白い太ももを撫でる。

「グェッへッへ、このやわらかい肌、たまらないのう~」

 エーラは涙を目端に浮かべてぷるぷると震える。
 アリスが可哀そうな目にあっていると思ったが、いまは自分のほうが可哀そうなことになっていると絶対の自信をもって言えた。
 
 誰も助けに来てはくれない。
 父親は心折れ、優秀な妹はいまや生きているかすらわからない。
 母親は遠く離れた故郷で戦争に命を落としただろう。

(お兄ちゃん、お兄ちゃん……!)

 なんでも出来るスーパーお兄ちゃんもとうの昔にいなくなってしまった。
 彼がいたという事実だけで、困難を乗り越えられてきたが、それも今回ばかりは流石にどうにも助けてくれそうにはない。
 
 もはや希望は潰えたのだ。
 
「いやだ、たすけて、エーラ死にたくない、ごめんなさい、許してください……っ」
「グェッへへ、よい声で鳴くのう~、こんな上等な娘っ子をすぐに殺すわけがなかろうに──む?」

 ドボルヴェルカが腰のベルトを緩めようとした時、下階で激しい物音がした。
 争いの音だと気づくのにそう時間は掛からなかった。

「いいところだと言うのに」

 ドボルヴェルカは不機嫌に眉をひそめベッド脇に置いてあった分厚い2枚の鉈を手にとった。

「制裁が必要じゃのう~。お前ら、行くぞ」

 部屋の影よりヌっと姿をあらわした側近の腕利きたちは「はい」と静かに返事をし、ドボルヴェルカと共に部屋を出ていった。
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