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第八章 迷宮に潜む者
頑張ったんだ
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ニーヤンはニャオだがわりと有能なやつだ。
口が上手く、盗賊系の能力も高く、宝箱や罠などの解除、情報収集などを得意とする。かゆいところに手が届く感じで元パーティでは活躍していた。
ちなみに冒険者時代の俺は荷物持ちだ。当時、俺はまだ魔術師見習いで、一式魔術もちゃんと使えなかったため完全な戦力外だった。
「ニーヤンはどうしてヒブリアに? まさか冒険者として再スタートを?」
「違うにゃ。ここで賭博場でも開こうかと思っているのにゃ。ヒブリアには成り上がった冒険者がたくさんいるのにゃ」
「なるほどな、荒くれ者が金を持てば使う場所をもとめるってわけだ。なあ、俺をそこで雇ってみる気はないか?」
ニーヤンの厚意で俺は賭博場で働きはじめた。
魔術協会での仕事はやめなかった。
娘たちのことや、怪物派遣公社なる者たちに命を狙われていることなど境遇を話すと、ニーヤンは賭博場の二階に俺たちを住まわせてくれた。
賭博場ではトラブルが絶えず、ニャオと非力な俺では、乱暴者をどうすることもできず、金を持ち逃げされたり、脅されたりと、破綻寸前の経営状況だった。
俺は魔術協会での仕事をつづけながら、少ないマニーでやりくりし、たまにニーヤンが金を使い込んで喧嘩しても、ふたりで頑張ってなんとかやっていた。
ボロボロな賭博場の状態が逆に味として趣深くなってきた頃、俺たちは最強の助っ人を手に入れた。
「アディ。ニーヤン。久しぶり。まだ生きてたんだ」
怪腕のテラである。
元パーティメンバーの中で間違いなく最強。
というかこの世にいる冒険者全員集めてもたぶん1番か、2番くらいに強いんじゃないかと思う。
テラは昔と変わっていなかった。
ずっと可憐な少女のままだった。
声も変わらない。
いつもつまんなそうな無表情なのも変わらない。
それがとても懐かしく嬉しかった。
一人旅をのすえダンジョンヒブリアにたどり着いたという彼女を、俺とニーヤンは頭を地面にこすりつけて仲間に引き入れた。
夜に賭博場を経営しながら、俺とニーヤンとテラはダンジョンに潜るようになった。
3人で力を合わせれば深い階層までいくことができた。
ああ、いや嘘だ。
全部、テラのおかげだ。
ほとんど彼女ひとりの実力でダンジョンには潜ってた。
俺とニーヤンは寄生しているだけだった。
すべてが順調に回りだしたんだ。
なのに……アリスがダンジョンの奥で罠を踏んで消えてしまった。
どうしてだ。何を間違えたんだ。
こんなに頑張って来たのに、あと何を頑張れって言うんだよ。
「お前みたいなろくでなしのクソを信じた俺が馬鹿だった! アリスを返せ! 返しやがれ!」
「なんにゃ、その言いぐさは! ここまで面倒みてやったのに! 無礼にもほどがあるにゃ! テラを責めれないからって我のことばかり悪く言って、あー本当になさけない男にゃ。こんな頼りがいの無い、何もできないのに威張るやつが父親で娘たちは不幸にゃ!」
「てめえふざけんじゃねえ!」
「そもそも娘たちにちゃんと向き合わなかったアディだって悪いにゃ!」
「うるっせえ! 俺は頑張ってたんだよ! 頑張って、頑張って! 耐えて耐えて! それ以上になにをしろって言うんだよ!」
お互い頭に血がのぼっていた。
ニーヤンの言うことは正しかった。
俺は頑張っていたと思う。
その思いは変わらない。
耐えて耐えて、踏ん張って日々を乗り越えてきた。
普通に生きることがこんなに大変なのかと思い知らされた。
でも、同時に俺はひとりよがりな満足感を得ていたのだ。
ダンジョンヒブリアに来て以来、自分の娘たちにまともに向き合わなかった。
恐かったんだ。攻められることが恐かった。
エヴァを見捨てた情けない父親と面と向かって言われれるのが嫌だった。
死んだアイツ、俺なんかより遥かに要領のいいアークの姿と比べられてしまう気がして、たまらなく恐かった。
だから「俺は頑張ってるんだ」「ほら見ろ、朝から晩まで働いてるぞ」と働く姿を見せて対話を拒否し、自己を正当化し、難しい問題や恐怖から逃れた。
それが父親の役目だろう、背中で語るとはこういうことさ、と持ちあわせていない誰かの主義主張を安っぽく貼り付けて、その実、自分を守っていただけだった。
俺は変わっていない。
一歩進むたびにつまづいて、自分の愚かさをふりかえってようやく気付く。
ニーヤンと喧嘩別れしたあと、俺はテラと連れてダンジョンへ潜った。
結果、2日ダンジョンを彷徨ったすえに俺が転移罠にかかった。
6日間、耐え凌いだら、テラが俺を見つけてくれた。
地上へ戻った時にはアリスはまだ行方不明のままだった。
8日も経った。
十分な食料と水を備え、準備をした俺でさえ6日間のサバイバルが限界だった。
それに俺の場合は飛ばされた階層が浅かったおかげでモンスターの数はさほど強くなかった。
アリスは何日もダンジョンに潜れるだけの準備をしていなかったと言う。
俺と同じ程度の浅い階層に飛ばされていても絶望的。
俺より深い階層に飛ばされていたら、もう……死んでしまっているだろう。
「違うんだ、俺は頑張ったんだよ、頑張ったのに……!」
俺は懺悔した。
娘たちを預かったのに、こんな死に方をさせてしまうなんて。
エヴァに許しを求めた。
許しを求めている最中も俺は言い訳を重ねていた。
俺は頑張ったんだよ。本当だ。信じてくれ、と。
「何日経った……」
暗い部屋でひたすらに泣き、疲れ、眠った。
酒瓶を片手にふらふらと立ちあがる。
工房の仕事を休んでしまった。
2回目の無断欠勤だ。これはクビだな。
「あはは……ふざけんなよ!」
一階の賭博場へ降りて、カウンターから適当な酒を手に取る。
「おしまい、おしまい、全部おわった、終わっちまった、あはは、最悪だ、なんでこんなことに……っ」
陽気に笑いながら涙が溢れてきた。
可哀想なアリス。
俺のようなダメな父親じゃなくて、天才の兄が生き残っていればよかったのに。
神よ。もしクソったれな信仰心を集めたいのなら俺を殺せ。
この血と肉を怪しげな大釜にほうりこみアーカムを蘇らせてくれ。
祈りは今日も届かない。
「お父さん」
「っ、エーラ……」
ちいさめの革鎧に木剣を手にした娘があった。
いつものように冒険者ギルドの訓練場へ稽古しに行くのだろう。
「おはよう、ねえアリスはどこに行っちゃったの。ここ最近ずっと帰ってこないの」
「エーラ……ごめんな、ごめんな、本当にごめんな」
俺は酒瓶を置いて頭を抱えた。
「アリスは、アリスは、もう……もう、帰ってこないんだ……」
「なんで、ぅぅ、どうして、お父さん、お父さん、教えてよ、なんでアリスは帰ってこないの……!」
察しているのだろう。
エーラはしゃがみ込んで膝をかかえ泣き出してしまう。
家を離れ、母を失い、片時も離れなかった妹までいなくなった。
11歳の少女には過酷すぎる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん……うわああん!」
エーラは泣き叫び、賭博場を出て行ってしまった。
俺のことを蔑まなかったのはあの子の優しさだ。
本当は思っているはずだ。俺じゃなければよかったって。
俺は酒瓶を手にとり、ふらふらっと立ちあがり、適当な椅子に腰を落ち着ける。
コルクを噛んで抜いて、ペッと吐き捨てる。
最後にもう一度だけダンジョンへ行こう。
ありったけの準備をして、最大まで深く潜ろう。
せめてあの子の遺体だけでも持ち帰ってやらないといけない。
エーラには手紙と金を残す。
魔法王国の内戦がどうなっているか知らないが、頼れる人間があの国にはいる。ソフィアか、オズワールか。キンドロ卿でもいい。孫なら養子に迎えてくれるだろう。
エーラを引き取ってもらおう。俺よりはずっとマシなはずだ。
日の差し込む薄暗い賭博場で自分の死んだあとのことを考えていると、扉がギシシっと軋みながら開け放たれた。
「だれが昼間に賭博場に来やがる。明るいうちは営業してねえって表に書いてあっただろうが」
言いながら扉のほうを見やるとニーヤンとテラが目についた。
「このクソニャオ、性懲りもなく帰ってきやがっ……」
言い掛け、俺は言葉を詰まらせた。
テラの隣に白黒い外套をまとった少年がいた。
「父様……ずいぶん痩せましたね」
決めていたかのように、ごく流暢にそいつは言った。
その顔も、その声も、とても懐かしかった。
口が上手く、盗賊系の能力も高く、宝箱や罠などの解除、情報収集などを得意とする。かゆいところに手が届く感じで元パーティでは活躍していた。
ちなみに冒険者時代の俺は荷物持ちだ。当時、俺はまだ魔術師見習いで、一式魔術もちゃんと使えなかったため完全な戦力外だった。
「ニーヤンはどうしてヒブリアに? まさか冒険者として再スタートを?」
「違うにゃ。ここで賭博場でも開こうかと思っているのにゃ。ヒブリアには成り上がった冒険者がたくさんいるのにゃ」
「なるほどな、荒くれ者が金を持てば使う場所をもとめるってわけだ。なあ、俺をそこで雇ってみる気はないか?」
ニーヤンの厚意で俺は賭博場で働きはじめた。
魔術協会での仕事はやめなかった。
娘たちのことや、怪物派遣公社なる者たちに命を狙われていることなど境遇を話すと、ニーヤンは賭博場の二階に俺たちを住まわせてくれた。
賭博場ではトラブルが絶えず、ニャオと非力な俺では、乱暴者をどうすることもできず、金を持ち逃げされたり、脅されたりと、破綻寸前の経営状況だった。
俺は魔術協会での仕事をつづけながら、少ないマニーでやりくりし、たまにニーヤンが金を使い込んで喧嘩しても、ふたりで頑張ってなんとかやっていた。
ボロボロな賭博場の状態が逆に味として趣深くなってきた頃、俺たちは最強の助っ人を手に入れた。
「アディ。ニーヤン。久しぶり。まだ生きてたんだ」
怪腕のテラである。
元パーティメンバーの中で間違いなく最強。
というかこの世にいる冒険者全員集めてもたぶん1番か、2番くらいに強いんじゃないかと思う。
テラは昔と変わっていなかった。
ずっと可憐な少女のままだった。
声も変わらない。
いつもつまんなそうな無表情なのも変わらない。
それがとても懐かしく嬉しかった。
一人旅をのすえダンジョンヒブリアにたどり着いたという彼女を、俺とニーヤンは頭を地面にこすりつけて仲間に引き入れた。
夜に賭博場を経営しながら、俺とニーヤンとテラはダンジョンに潜るようになった。
3人で力を合わせれば深い階層までいくことができた。
ああ、いや嘘だ。
全部、テラのおかげだ。
ほとんど彼女ひとりの実力でダンジョンには潜ってた。
俺とニーヤンは寄生しているだけだった。
すべてが順調に回りだしたんだ。
なのに……アリスがダンジョンの奥で罠を踏んで消えてしまった。
どうしてだ。何を間違えたんだ。
こんなに頑張って来たのに、あと何を頑張れって言うんだよ。
「お前みたいなろくでなしのクソを信じた俺が馬鹿だった! アリスを返せ! 返しやがれ!」
「なんにゃ、その言いぐさは! ここまで面倒みてやったのに! 無礼にもほどがあるにゃ! テラを責めれないからって我のことばかり悪く言って、あー本当になさけない男にゃ。こんな頼りがいの無い、何もできないのに威張るやつが父親で娘たちは不幸にゃ!」
「てめえふざけんじゃねえ!」
「そもそも娘たちにちゃんと向き合わなかったアディだって悪いにゃ!」
「うるっせえ! 俺は頑張ってたんだよ! 頑張って、頑張って! 耐えて耐えて! それ以上になにをしろって言うんだよ!」
お互い頭に血がのぼっていた。
ニーヤンの言うことは正しかった。
俺は頑張っていたと思う。
その思いは変わらない。
耐えて耐えて、踏ん張って日々を乗り越えてきた。
普通に生きることがこんなに大変なのかと思い知らされた。
でも、同時に俺はひとりよがりな満足感を得ていたのだ。
ダンジョンヒブリアに来て以来、自分の娘たちにまともに向き合わなかった。
恐かったんだ。攻められることが恐かった。
エヴァを見捨てた情けない父親と面と向かって言われれるのが嫌だった。
死んだアイツ、俺なんかより遥かに要領のいいアークの姿と比べられてしまう気がして、たまらなく恐かった。
だから「俺は頑張ってるんだ」「ほら見ろ、朝から晩まで働いてるぞ」と働く姿を見せて対話を拒否し、自己を正当化し、難しい問題や恐怖から逃れた。
それが父親の役目だろう、背中で語るとはこういうことさ、と持ちあわせていない誰かの主義主張を安っぽく貼り付けて、その実、自分を守っていただけだった。
俺は変わっていない。
一歩進むたびにつまづいて、自分の愚かさをふりかえってようやく気付く。
ニーヤンと喧嘩別れしたあと、俺はテラと連れてダンジョンへ潜った。
結果、2日ダンジョンを彷徨ったすえに俺が転移罠にかかった。
6日間、耐え凌いだら、テラが俺を見つけてくれた。
地上へ戻った時にはアリスはまだ行方不明のままだった。
8日も経った。
十分な食料と水を備え、準備をした俺でさえ6日間のサバイバルが限界だった。
それに俺の場合は飛ばされた階層が浅かったおかげでモンスターの数はさほど強くなかった。
アリスは何日もダンジョンに潜れるだけの準備をしていなかったと言う。
俺と同じ程度の浅い階層に飛ばされていても絶望的。
俺より深い階層に飛ばされていたら、もう……死んでしまっているだろう。
「違うんだ、俺は頑張ったんだよ、頑張ったのに……!」
俺は懺悔した。
娘たちを預かったのに、こんな死に方をさせてしまうなんて。
エヴァに許しを求めた。
許しを求めている最中も俺は言い訳を重ねていた。
俺は頑張ったんだよ。本当だ。信じてくれ、と。
「何日経った……」
暗い部屋でひたすらに泣き、疲れ、眠った。
酒瓶を片手にふらふらと立ちあがる。
工房の仕事を休んでしまった。
2回目の無断欠勤だ。これはクビだな。
「あはは……ふざけんなよ!」
一階の賭博場へ降りて、カウンターから適当な酒を手に取る。
「おしまい、おしまい、全部おわった、終わっちまった、あはは、最悪だ、なんでこんなことに……っ」
陽気に笑いながら涙が溢れてきた。
可哀想なアリス。
俺のようなダメな父親じゃなくて、天才の兄が生き残っていればよかったのに。
神よ。もしクソったれな信仰心を集めたいのなら俺を殺せ。
この血と肉を怪しげな大釜にほうりこみアーカムを蘇らせてくれ。
祈りは今日も届かない。
「お父さん」
「っ、エーラ……」
ちいさめの革鎧に木剣を手にした娘があった。
いつものように冒険者ギルドの訓練場へ稽古しに行くのだろう。
「おはよう、ねえアリスはどこに行っちゃったの。ここ最近ずっと帰ってこないの」
「エーラ……ごめんな、ごめんな、本当にごめんな」
俺は酒瓶を置いて頭を抱えた。
「アリスは、アリスは、もう……もう、帰ってこないんだ……」
「なんで、ぅぅ、どうして、お父さん、お父さん、教えてよ、なんでアリスは帰ってこないの……!」
察しているのだろう。
エーラはしゃがみ込んで膝をかかえ泣き出してしまう。
家を離れ、母を失い、片時も離れなかった妹までいなくなった。
11歳の少女には過酷すぎる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん……うわああん!」
エーラは泣き叫び、賭博場を出て行ってしまった。
俺のことを蔑まなかったのはあの子の優しさだ。
本当は思っているはずだ。俺じゃなければよかったって。
俺は酒瓶を手にとり、ふらふらっと立ちあがり、適当な椅子に腰を落ち着ける。
コルクを噛んで抜いて、ペッと吐き捨てる。
最後にもう一度だけダンジョンへ行こう。
ありったけの準備をして、最大まで深く潜ろう。
せめてあの子の遺体だけでも持ち帰ってやらないといけない。
エーラには手紙と金を残す。
魔法王国の内戦がどうなっているか知らないが、頼れる人間があの国にはいる。ソフィアか、オズワールか。キンドロ卿でもいい。孫なら養子に迎えてくれるだろう。
エーラを引き取ってもらおう。俺よりはずっとマシなはずだ。
日の差し込む薄暗い賭博場で自分の死んだあとのことを考えていると、扉がギシシっと軋みながら開け放たれた。
「だれが昼間に賭博場に来やがる。明るいうちは営業してねえって表に書いてあっただろうが」
言いながら扉のほうを見やるとニーヤンとテラが目についた。
「このクソニャオ、性懲りもなく帰ってきやがっ……」
言い掛け、俺は言葉を詰まらせた。
テラの隣に白黒い外套をまとった少年がいた。
「父様……ずいぶん痩せましたね」
決めていたかのように、ごく流暢にそいつは言った。
その顔も、その声も、とても懐かしかった。
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