上 下
294 / 306
第八章 迷宮に潜む者

猫と少女

しおりを挟む
 アディの手がかりをさっそく手に入れることができた。
 偏屈な酒場のマスターの話によれば、アディの冴えない顔は記憶に残るものではないが、その顔を覚えていたのはちょっとした有名人といっしょにいることが多かったからとのこと。
 つまりそのちょっとした有名人こそがアディを知る人物ということになる。

 追加で銀貨4枚をカウンターに置くとその人物の居場所を教えてくれた。
 というわけで俺たちはいまダンジョンヒブリアの帝国騎士駐屯地地下留置場へと足を運んでいた。

「きっと手がかりはろくでなしです、とキサラギは兄様にまともな感想をこぼします」
「留置所にはいろんな人が流れつくんですよ。権力者に黙らされた罪なき青年とか、打倒された悪徳の魔術貴族とか」

 冷たく寂れた地下牢を歩いて「ここだ」と騎士はたちどまる。
 檻のなかを見やると、一匹のニャオが丸くなって寝ている。

「ニーヤンはあいつだ」
「あのニャオですか」

 ダンジョンヒブリアには喋るニャオがいる。
 森の深くでひっそりと暮らす猫族と呼ばれる知的にゅんにゅん種族のはぐれ者らしい。そいつの名はニーヤン。コソ泥を繰り返し働くので留置所へ行けば会えるのは一部では有名な話だ。
 
「にゃあにゃ」

 魔術王国でコートニーさんがやっていたようにニャオ語で話しかける。

「馬鹿にしているのかにゃ。我はエーテル語くらい心得ているにゃ」
「これは失礼。ニーヤンですね、話をすこしできますか」
「頼むにゃ、ここから出してほしいにゃ」
「初対面の僕になにをいきなり言ってるんですか」
「にゃあ~」
「なんだこの猫」

 泥棒ねことして有名との話だったが、まさしくと言った感じだ。

「ふん、連れない人間にゃ。でもいいにゃ。すぐに仲間が助けてくれるにゃ」
「ならよかったです。それで用件のことですけど」
「話を聞いてほしかったら、出すものだすにゃ。そうじゃないと眠たくてまともに聞いていられないにゃ」

 ニーヤンは前足で顔を洗いながら言う。
 
「アディフランツ・アーヴァントルアをご存じですよね、ニーヤンさん」
「……っ」

 猫顔がハッとしてピタッと固まった。
 どうやら知っているようだ。

「彼を探しています。どこにいるかご存じですか」
「し、知らないにゃ……! アディフランツ・アルドレアなんて知らないにゃ!!」

 やたら慌てだしてぶんぶんっと首を横に振る。
 今この猫はミスをした。

「アディフランツ・アルドレア? 僕が探しているのはアディフランツ・アーヴァントルアですが?」
「あっ……」
「ですが、あなたの言う通りアディフランツはかつてアルドレアという姓を名乗っていました。そのことをどうして知ってるんですか」
「え、えっと……な、なんでかにゃあ……知らないにゃあ……よくわからないにゃあ」

 なんでアディのことを隠すのだろう。
 
『こいつは絶対知ってるぞ!』

 まあ超直観くんが出るまでもなく、それはわかるんだ。
 動機が不明だ。

『私たちを敵と思っているに違いない!』

 敵? だれの?

『……』

 はい。黙った。
 ふむ。話が見えない。
 とりあえず説得を試みるほかない。
 この猫野郎がアディのことを知っているのは確定といって過言ではないのだから。

「ニーヤンさん、なにを恐れているのかわかりませんが、僕は敵ではありませんよ」
「嘘にゃ! ならば正体を明かすにゃ!」
 
 正体、か。
 アーカム・アルドレアの名前を出すかどうか悩みどころだ。
 もしニーヤンの信頼を勝ち取るために名前をだしたらどうなるだろうか。アーカム・アルドレアという名前は魔法王国の内戦においてピックアップされる名前の筆頭だ。
 救国の英雄の名前だ。知っている人間がどこかにいれば、噂が広がるかもしれない。噂が広まれば怪物派遣公社や絶滅指導者に見つかるリスクも高まる。そうするとダンジョンヒブリアに長期間滞在するだけで危険な状況になってしまう。

 名前は出したくないな……てか、俺の名前だしたところでそれが説得材料として有効かどうかはわからないしな。

「知り合いです。アディフランツが失踪したので依頼を受けて探しにきたんです」
「あ、怪しいにゃあ……! 恐ろしいにゃあ……! 公社の使者はここまで人間のようにふるまえるのかにゃ……!」
「公社の使者?」

 ニーヤンはつぶらな瞳から珠の涙をポタポタこぼして震えあがってしまった。
 ふと、猫の視線が俺のよこへ移動した。

 見やればいつのまにか少女が立っていた。
 暗い肌色に絹のように繊細な白髪が揺れている。
 身長以上のおおきさの鉄塊を背負う姿はチグハグさに眉根を潜めたくなるほどだ。

 表情は揺らぎなく、ひたすらに無であった。
 何を考えているかわからないオレンジ色の瞳がじーっと見て来る。
 
「テラっ! こいつはアディを探しに来た公社の追っ手だにゃ! ついに見つかってしまったにゃ!」
「落ち着いて、なんとなくですけど、たぶんを誤解をして──」
「思ったよりはやかったね」

 少女はボソっと抑揚のない声で言うと、鉄塊をガシンっと地下牢の床にたたきつけた。騎士は慌てた様子で「ま、待て、ここではじめるな!」と叫ぶ。

 制止を受けても少女は止まらない。
 細腕で軽々しく鉄塊をもちあげると、躊躇なく叩きつけてきた。

「兄様、さがって」

 俺は一歩だけ下がる。
 鉄塊が叩きつけられる──が、キサラギは片腕で受け止め、軽く受けながした。

「圧も使わずに素手にゃ!?」

 少女は流れるように前蹴りを放った。
 キサラギのお腹を打ち、おおきくふっとばす
 
 少女はすでに鉄塊を片手でもちあげて次の攻撃に移っている。
 あんなデカい得物を使ってるのに連撃にいっさの途切れる部分がない。
 強い。最低でも四段クラス。

 俺は腰のウェイリアスの杖の柄頭に手をおき、無詠唱で水属性式魔術と氷属性式魔術を発動し、少女とのあいだに氷の厚盾をせりあがらせた。
 鉄塊が厚盾を砕く。俺は身をひねってかわす。
 氷盾へ魔力をそそぎ一気に地下牢の床と壁と天井にはりめぐらせた。
 同時に少女の足元から氷をのぼらせて拘束する。

「ッ」

 少女は目を丸くして「動けない……」とぼそっとつぶやいた。

 魔術修練と研究の結果、氷属性式魔術は単体でつかうよりも水属性式魔術とあわせて使ったほうが展開速度がずっとはやいことがわかった。
 さきに水の魔力で現象の効果範囲をマーキングし、そこへ氷の魔力を伝達させる練習をした。そのため俺の氷属性一式魔術の発動速度は、俺が一番得意とする風属性一式魔術に限りなく近づいた。

 さらにウェイリアスの杖だ。
 この杖は風と水魔獣ウェイリアスの魔石を芯に使った杖なため、水属性の魔術を扱いやすい。体感レベルだが、俺が攻撃しようと思うのとほぼ同時に魔術現象を発生させることができるようになっている。
 今まで実感していなかったが、等級の高い杖、属性相性の良い杖を使うと魔術のつかいやすさが大きく変わる。杖次第で戦闘能力がおおきく変化してしまうほどだ。

 そういう訳で、新しい技術を身に着けたのと、四等級の素晴らしい杖を手に入れたことで、いまの俺の初手氷属性一魔術はべらぼうに速い。初見殺しの鬼となった。
 
 とはいえ、実戦で使ったのは初めてだ。
 俺自身ここまで早く氷が地下牢を覆い尽くすとは思えなかった。
 この速さなら……おそらく厄災にも反応できる。
 
 白い息を吐きだす。
 腰に差した杖の柄頭に手を置いたまま、少女のオレンジ色の瞳を見つめる。

「はやすぎるにゃ……無詠唱魔術にゃ……も、もしかして、もしかしてだけど……お前はアディの息子にゃ?」
「やれやれ。話をしましょうか、猫ちゃん」
「にゃ、にゃあ、怒ってるにゃあ……っ」

 ニーヤンは震える声で鳴いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生 転生後は自由気ままに〜

猫ダイスキー
ファンタジー
ある日通勤途中に車を運転していた青野 仁志(あおの ひとし)は居眠り運転のトラックに後ろから追突されて死んでしまった。 しかし目を覚ますと自称神様やらに出会い、異世界に転生をすることになってしまう。 これは異世界転生をしたが特に特別なスキルを貰うでも無く、主人公が自由気ままに自分がしたいことをするだけの物語である。 小説家になろうで少し加筆修正などをしたものを載せています。 更新はアルファポリスより遅いです。 ご了承ください。

聖女の地位も婚約者も全て差し上げます〜LV∞の聖女は冒険者になるらしい〜

みおな
ファンタジー
 ティアラ・クリムゾンは伯爵家の令嬢であり、シンクレア王国の筆頭聖女である。  そして、王太子殿下の婚約者でもあった。  だが王太子は公爵令嬢と浮気をした挙句、ティアラのことを偽聖女と冤罪を突きつけ、婚約破棄を宣言する。 「聖女の地位も婚約者も全て差し上げます。ごきげんよう」  父親にも蔑ろにされていたティアラは、そのまま王宮から飛び出して家にも帰らず冒険者を目指すことにする。  

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに【美幼児&美幼児(ブロマンス期)から美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BL】

はぴねこ
BL
魔法学園モノがお好きな方は、『魔法学園編』000話のあらすじからお読みいただくことができます。 主人公:リヒト(金髪碧眼美幼児)が前世でプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』には攻略が非常に難しくバッドエンドを迎えると陵辱監禁BL展開になってしまう不憫な攻略対象がいた。 一度もカルロ(不憫攻略対象)のハッピーエンドを迎えることができなかったリヒトは転生した世界が『星鏡のレイラ』の世界だとわかると、推しキャラであるカルロを幸せにするべく動き出す。 リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

処理中です...