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第八章 迷宮に潜む者
キサラギとふたり旅
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クルクマを出発してはやいもので8日が経過した。
俺たちはひたすらに魔法王国国境を目指し、北東へと進み、その過程で7つの町村を経由し、ついにもっともゲオニエス帝国に近い町にたどり着いた。
ギルドの酒場で旅の日程を確認する。
さして美味しくもない香辛料の使われていない肉と葡萄酒をおともに、俺は地図を広げて、木炭筆でマークをつけていく。
町と町との距離を概算し、どれくらいの時間がかかり、どれほどの物資が必要になるかを把握しておくのだ。
旅というのは要領がわかっていないとなかなか難しい物で、例えば荷物をおおく持ちすぎると運搬が大変になるし、少なければ途中で食糧が切れて辛い思いをする。
町で補給しながら移動することが前提なので、ほどよい補給こそが、上手な旅のコツであると魔法王国へ帰還する旅のなかで学んだ。
なおマナスーツが大きな荷物になると思われるが、あれは収納魔術で運搬しているので重量の問題はない。収納空間を維持するためのリソースを喰っているので魔力を常に持っていかれてはいるが……必要経費だと割り切っている。
「キサラギと兄様はいまどのあたりまで来ているのですか、とキサラギは旅の進捗状況をたずねます」
「今は国境まで来ましたから、ここからあと12日程度を見れば迷宮都市につくはずです」
指で地図をなぞって目的地をトントンっとたたく。
「迷宮都市、どんな場所なのでしょう」
「冒険者の町。世界有数のダンジョン発生地帯。日々、腕自慢たちが都市へやってきては、名も残せずに死んでいく……そんな町ですよ」
葡萄酒の注がれた木杯を傾けた。
「ああ、すみません!」
「ん?」
いきなり背後からぶつかられた。
少年がふらついて転んだようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、お気になさらず」
「よかったです。失礼します」
走り去っていく少年。
その背中を見送り、俺は変わらず木杯を傾ける。
「いま財布が盗まれたように見えたのですが、とスリにあっているのに気が付いていない兄様に眉根をひそめます」
「スリをしたってことはどういうことか、わかりますか」
「スリをしたと言う事は、兄様の財産が不当に奪われたということを意味します。なので兄様は怒りを露わにしてしかるべきです、とキサラギは人間の感情を捨て、非行少年を許して仏の道をすすむ兄様にモヤっとします」
「まさか。僕がそんな優しい存在だとでも」
「では、どうしてあの少年を追わないんですか、とキサラギは疑問をぶつけます」
「以前、こんな経験がありました。魔術王国でのことです。黒い獣人が俺からスリを働いて大事なものを盗んでいったので、その尻尾を追いかけていったら、泥棒のアジトにたどり着きました。犯人は住処に戻るなんですよ」
「キサラギは兄様の目的をうっすらと理解します」
「さて投資分を回収しましょうか」
腰をあげ、酒場をあとにし、直観を頼りに俺は薄暗い路地へ足を向けた。
勘のおもむくままに歩けば、薄汚い店にたどり着いた。
扉を空けて足を踏み入れると柄の悪そうな男たちがたむろしていた。
浅黒い肌にボロボロの服を着た男衆だ。
さっきの少年もいる。
少年は俺の顔を見て、ハッとした様子になった。
「あっ、さっきのマヌケ……っ、どうしてここに」
「ああ、なんだぁ、知り合いか」
「いや、その……」
「財布を盗まれてな」
「あはは、そういうことか。財布を無くしたことに気が付いたのはえらいな。だけどよ、これがお前のだなんて証拠はねえよな。返して欲しかったら買い取ってもらおうか」
「別に俺のだとは言ってないが」
「……。けっ、んなことはどうでもいいんだよ!」
「国境線を越えることができる財力のある旅人を狙っているようだな。俺以外からもずいぶん盗んでいるらしい」
「へへ、盗まれるほうが悪いのさ。身なりのいい奴は良い養分だぜ」
「よく言った」
俺は杖を抜く。
その瞬間、俺が魔術師だと理解したのか、男たちはハッとして酒瓶を手にとり短剣を抜き「てめえやる気か!」と襲い掛かって来た。魔術師相手なら先手必勝ということだろうか。要領は得ているらしい。喧嘩を売る相手は間違っているが。
粗野な荒くれ者ごときに遅れをとることはない。
全員に風の弾を撃ち込んで静かにさせ、最後に少年ひとりを残す。
「か、返します!」
「足りないな。旅人から盗んだぶん全部寄越すんだ」
「っ、まさか最初からそれが狙いだったんじゃ……」
スリ集団から旅人たちから盗んだ成果を全部回収し、俺は宿屋へと戻った。
「兄様、所持金が5倍に増えているとキサラギはマニーの錬金術に目覚めた兄様に尊敬の眼差しを向けます」
「旅の稼ぎはほとんどアルドレア家に置いて来ましたからね。キサラギのゲリラライブで稼ごうにもあれは金持ちの多い大都市じゃないと効果が薄いです」
キサラギの旅芸人としての素質は一流だが、アーケストレスほどの馬鹿稼ぎがいつでもできるわけじゃない。
本来は旅の途中でギルドで仕事を受けるつもりだったので、ここいらで大きく路銀を稼がせてもらったのだ。
そんなこんな資金調達をしながら俺とキサラギのふたり旅は順調に進み、9日目には国境を越えて高い関税を払ってゲオニエス帝国へ進出した。
クルクマを発って20日後の昼下がりには、俺たちは目的地に到着した。
深い渓谷のそこに築かれた閉鎖的な秘境、陽の届かぬ谷に広がる迷宮都市ダンジョンヒブリアに。
俺たちはひたすらに魔法王国国境を目指し、北東へと進み、その過程で7つの町村を経由し、ついにもっともゲオニエス帝国に近い町にたどり着いた。
ギルドの酒場で旅の日程を確認する。
さして美味しくもない香辛料の使われていない肉と葡萄酒をおともに、俺は地図を広げて、木炭筆でマークをつけていく。
町と町との距離を概算し、どれくらいの時間がかかり、どれほどの物資が必要になるかを把握しておくのだ。
旅というのは要領がわかっていないとなかなか難しい物で、例えば荷物をおおく持ちすぎると運搬が大変になるし、少なければ途中で食糧が切れて辛い思いをする。
町で補給しながら移動することが前提なので、ほどよい補給こそが、上手な旅のコツであると魔法王国へ帰還する旅のなかで学んだ。
なおマナスーツが大きな荷物になると思われるが、あれは収納魔術で運搬しているので重量の問題はない。収納空間を維持するためのリソースを喰っているので魔力を常に持っていかれてはいるが……必要経費だと割り切っている。
「キサラギと兄様はいまどのあたりまで来ているのですか、とキサラギは旅の進捗状況をたずねます」
「今は国境まで来ましたから、ここからあと12日程度を見れば迷宮都市につくはずです」
指で地図をなぞって目的地をトントンっとたたく。
「迷宮都市、どんな場所なのでしょう」
「冒険者の町。世界有数のダンジョン発生地帯。日々、腕自慢たちが都市へやってきては、名も残せずに死んでいく……そんな町ですよ」
葡萄酒の注がれた木杯を傾けた。
「ああ、すみません!」
「ん?」
いきなり背後からぶつかられた。
少年がふらついて転んだようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、お気になさらず」
「よかったです。失礼します」
走り去っていく少年。
その背中を見送り、俺は変わらず木杯を傾ける。
「いま財布が盗まれたように見えたのですが、とスリにあっているのに気が付いていない兄様に眉根をひそめます」
「スリをしたってことはどういうことか、わかりますか」
「スリをしたと言う事は、兄様の財産が不当に奪われたということを意味します。なので兄様は怒りを露わにしてしかるべきです、とキサラギは人間の感情を捨て、非行少年を許して仏の道をすすむ兄様にモヤっとします」
「まさか。僕がそんな優しい存在だとでも」
「では、どうしてあの少年を追わないんですか、とキサラギは疑問をぶつけます」
「以前、こんな経験がありました。魔術王国でのことです。黒い獣人が俺からスリを働いて大事なものを盗んでいったので、その尻尾を追いかけていったら、泥棒のアジトにたどり着きました。犯人は住処に戻るなんですよ」
「キサラギは兄様の目的をうっすらと理解します」
「さて投資分を回収しましょうか」
腰をあげ、酒場をあとにし、直観を頼りに俺は薄暗い路地へ足を向けた。
勘のおもむくままに歩けば、薄汚い店にたどり着いた。
扉を空けて足を踏み入れると柄の悪そうな男たちがたむろしていた。
浅黒い肌にボロボロの服を着た男衆だ。
さっきの少年もいる。
少年は俺の顔を見て、ハッとした様子になった。
「あっ、さっきのマヌケ……っ、どうしてここに」
「ああ、なんだぁ、知り合いか」
「いや、その……」
「財布を盗まれてな」
「あはは、そういうことか。財布を無くしたことに気が付いたのはえらいな。だけどよ、これがお前のだなんて証拠はねえよな。返して欲しかったら買い取ってもらおうか」
「別に俺のだとは言ってないが」
「……。けっ、んなことはどうでもいいんだよ!」
「国境線を越えることができる財力のある旅人を狙っているようだな。俺以外からもずいぶん盗んでいるらしい」
「へへ、盗まれるほうが悪いのさ。身なりのいい奴は良い養分だぜ」
「よく言った」
俺は杖を抜く。
その瞬間、俺が魔術師だと理解したのか、男たちはハッとして酒瓶を手にとり短剣を抜き「てめえやる気か!」と襲い掛かって来た。魔術師相手なら先手必勝ということだろうか。要領は得ているらしい。喧嘩を売る相手は間違っているが。
粗野な荒くれ者ごときに遅れをとることはない。
全員に風の弾を撃ち込んで静かにさせ、最後に少年ひとりを残す。
「か、返します!」
「足りないな。旅人から盗んだぶん全部寄越すんだ」
「っ、まさか最初からそれが狙いだったんじゃ……」
スリ集団から旅人たちから盗んだ成果を全部回収し、俺は宿屋へと戻った。
「兄様、所持金が5倍に増えているとキサラギはマニーの錬金術に目覚めた兄様に尊敬の眼差しを向けます」
「旅の稼ぎはほとんどアルドレア家に置いて来ましたからね。キサラギのゲリラライブで稼ごうにもあれは金持ちの多い大都市じゃないと効果が薄いです」
キサラギの旅芸人としての素質は一流だが、アーケストレスほどの馬鹿稼ぎがいつでもできるわけじゃない。
本来は旅の途中でギルドで仕事を受けるつもりだったので、ここいらで大きく路銀を稼がせてもらったのだ。
そんなこんな資金調達をしながら俺とキサラギのふたり旅は順調に進み、9日目には国境を越えて高い関税を払ってゲオニエス帝国へ進出した。
クルクマを発って20日後の昼下がりには、俺たちは目的地に到着した。
深い渓谷のそこに築かれた閉鎖的な秘境、陽の届かぬ谷に広がる迷宮都市ダンジョンヒブリアに。
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