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第七章 魔法王国の動乱

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「お気になさらず」
「寛容なお心遣いありがとうございます」
「ふふ、驚いてくれたようで嬉しいのですわ。要件というのはアーカムの登録ですのよ」
「失礼ですが、賢者様はまだ協会員ではないのですか?」
「いろいろと事情がありまして。タイミングを逃していました」
「左様ですか。ドレディヌス支部での登録をしていただけるとは名誉なことです」

 マダム・シャーリィはいくつかの書類をとりだして手続きの説明をはじめた。
 そうそう。魔術協会って冒険者ギルドと比べたら登録が面倒なんだよな。
 思い出して来た。たしか1日じゃ終わらなくて、何日かに分けて通って、そこで試験みたいなの受けるって流れだったか。

「一応、試験がございまして、魔術師見習い級の属性式魔術をもちいた実力試験、基礎知識を確かめるための簡易的な筆記試験などがありまして……規則としては、適性のある魔術師だけの登録を承認し、協会の理念である有意義な組織運営と、魔術世界への貢献を確実なものとするためでして……」
「マダム・シャーリィ」
「は、はい、王女殿下」
「アーカムは氷の賢者なのですわ」
「も、もちろん、存じ上げております」
「世にも珍しい稀少魔力である氷の魔力を操れるのですわ。それも四式魔術。それだけじゃないですわ。彼は風の三式魔術の使い手であり、水の三式魔術の使い手でもあり、火の三式魔術の使い手でもあるのですわ。教会魔術においても三式魔術を修めているのですわ。そして無詠唱魔術の開発者でもあり、これまでいくつものオリジナルの属性式魔術スペルも生み出していますわ。彼の成した偉業と才能、その10分の1でも余人が持っていたのなら、レトレシア魔法魔術大学では手放しの歓迎でもって魔術世界の才能を保護しますよ」

 エフィーリアは鼻息荒く婆を問い詰める。
 俺のために言ってくれているのはありがたい。
 ありがたいのだが、老人を追いこんでいるようで気が引ける。

「ま、まったくその通りです、王女殿下。彼を迎えないことは魔術世界の損失でございます」
「当然ですわ。アーカムは魔術世界、ひいては魔法王国史、いえ、全魔術世界史において最も偉大になる稀代の天才魔術師なのですわ」

 ちょっと言いすぎかもしれない。
 エフィーリアさん、少し勢いついちゃってますよ。

「も、もちろんですとも、この書類は、そう、こうやって破り捨てるために用意したものです」

 マダム・シャーリィは笑顔で試験用紙をゴミ箱へぽいっとする。
 結局、簡易な手続きだけで俺の魔術協会への登録は終わった。
 賢者パワーとはここまですごいのか。
 こんなんならもっと前に「俺様は賢者だぞ、登録させろ!」とか言っておくんだった。いや無理か。自分で言うのは恥ずかしいな。

 ──しばらく後

 魔術協会を出てエフィーリアにお礼を言う。

「ありがとうございます、だいぶん楽させてもらいました」

 もらった魔術協会員登録証──金板に火の魔力で焼き刻まれたドッグタグのようなもの──を掲げて見せる。

「それは魔術師の証であり、魔術等級も刻まれているのですわ」

 プレートに『氷の賢者』という表記が刻まれている。
 これがあれば魔術協会からの証明を得られるというわけか。
 思えば氷の賢者だの、風の三式魔術師だのって肩書きは口で言えば、いくらでも嘘をつけるからな。まともな魔術師ほど肩書には敏感かつ誠実で、いまのところ嘘ついてる奴を見たことないが、証があれば魔術世界に疎い人間でも信憑性はずっと高まるだろう。

「もし困ったことがあればそれを魔術協会で見せるとよいと思いますわ。その証にはウィザードの紋章と王家の紋章も刻んでおきましたから、唯一無二の力をもつ魔術協会員登録証になっているのですわ」

 見やればプレートに杖と剣が交わった紋章と、不死鳥の紋様が刻まれている。
 そういうこともできるの?
 
『なんか良いな。プレミアムだぞ、アーカム。いっぱい集めるぞ!』

 そういうノリでもない気はするが……コレクター魂を刺激するシステムではある。

「でも、良いんですか、そんな簡単に僕のことを認めても。もしかしたら僕は凶悪な犯罪に手を染めているかもしれませんよ」
「アーカムはそんなことしませんわ」

 まあしないね。

「わたくしはこう見えて人を見る目は確かですのよ」
「流石でございます、王女殿下」
「ふふーん」

 エフィーリアはおかしそうに笑みを浮かべた。

「それではもう夜も深いことですし、これくらいでわたくしは失礼いたしますわ。おやすみなさい、アーカム」

 エフィーリアを迎賓館に送り届けると、彼女は言って、門の向こうへ。
 しかし、ふと立ち止まるとタっタっタっと戻って来た。
 何も言わずにぴょんっと跳ねるように口づけをして……ちょうえぇえ!?

「思えば王城で助けられた時のお礼をしていませんわ」
「ずいぶん豪華なお礼をくれるのですね」

 内心の波乱を見事に隠して、俺は動揺せずにかえした。

「むぅ、もう少し慌てているアーカムが見たかったですわ」
「残念なことに嬉しさよりも、誰かに見られていることの恐怖が勝っています。王女殿下の繰り出すロマンティックの敗北という訳ではないのであしからず」
「まあそれでは仕方のないことですわ。流石は賢者さまということで溜飲を下げるといたしましょう」

 エフィーリアはいたずらな笑顔を浮かべ「おやすみなさい、アーカム」と迎賓館のなかへ帰っていった。
 俺はようやく気を抜くことができて、同時に緊張から解放され、冷汗がどっと溢れて来た。

『見られてるがな』

 嘘だろ。なにその恐ろしいつぶやき。
 どこだよ、どこの誰だよ。

『右上』

 見上げると迎賓館の2階の窓に明かりがついており、そこに威厳ある人物の姿があった。整えられた顎鬚、楽しげにニヤニヤする顔。ヴォルゲル王だ。
 なんで見ているのだ。目を丸くして見上げていると、そっとカーテンは閉じられるのであった。
 
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