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第七章 魔法王国の動乱

母親、息子の近況が気になる

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 エヴァがいない?
 外を出歩けるような状態じゃないのに。
 まさか誰かにさらわれたのか? 
 俺に気づかずに、エヴァに騒がれずに?
 さまざまな不安と、嫌な予想が次々と湧いてくる。
 予期せぬ事態にいても立ってもいられず、俺はすぐに小屋を飛び出した。
 村長に借りた空き小屋は森のほとりにあり、やや村の中心から遠い場所にある。
 
 小屋を飛び出すと、早朝の寒さに思わずギョッとする。
 村の外れは閑散としていて、人影はまるでない。村の中心地の方を見やれば、ちらほら井戸で水汲みをしている女性らがいるのが見えるくらいだ。

 エヴァがどこへ行ったのか探すため、まずは目撃者をあたろう。
 井戸で水汲みをしている者を頼ることにした。

 朝焼けのなかで冷たく光りをあびる銀色の髪をおろしたその女性……いや、エヴァじゃん。一瞬で見つけたよ。
 自分の足で小屋を出たのか。そりゃ騒がないよな。
 変な心配をして損をした気持ちと、無事でよかったという安堵、そして目が覚めたことへの喜びと……いろいろな思いがいっぺんに押し寄せて来て、どれから処理すればよいのかわからなくなってしまう。
 
 感情の暴雨に茫然としていると近づく俺に気づいたのか、エヴァはふりかえった。
 目が合う。水色の綺麗な瞳が俺をとらえるなり、まん丸に見開かれる。

「アーク、やっぱり夢じゃないようね」

 エヴァの前髪に沈みが滴っている。
 いましがた汲まれた井戸水で顔を洗ったのだろうか。

「はぁちょっとこっちへ来なさい」
「はい」
「なにから話せばよいかわからないのよ、ずっと、もう、諦めていたのに……ふらっと目の前に帰って来るなんて」
「僕もどこから話せばよいか」

 エヴァは俺をぎゅっと抱きしめてくる。
 5年ぶりに会った母親は俺よりもすこし目線が低い。
 あれだけ大きく見えた彼女の背丈をいつのまにか追い抜いてしまった。
 時間の経過を感じるといっしょに、過ぎ去った時の喪失感を思う。
 
「大きくなったわね、アーク。本当に……う、うぅ、痛ぃ……」

 息子の成長に感極まったのか、泣き出し、それと同時に傷口が痛み出したのか、肩を抑えて苦しみだす。忙しい人だ。

「怪我人はじっとしててください」

 エヴァと小屋にもどる。
 血が滲んで傷口が開いている。

「動くからですよ」
「うぅ、アークが厳しいこと言う……」
「別に難しいこと言ってないです。子供みたいなこと言わないでください、母様」

 やれやれ、手間のかかる母様だ。
 包帯を取り替えないと。
 俺は痛がるエヴァの傷を水で洗い処置を施した。
 衛生はなによりも大事だ。

「アーク、ママにお話をしてくれる?」
「話ですか」
「そう、何があったのか」

 俺の旅の物語は、それは長大なもので、とても語り尽くせない。
 以前、キサラギに話した時は、質疑応答しながらで朝から夕方までかかった。いや、キサラギの質問がいちいち多かったのも理由だが。それでも長い話だ。
 
「全部、聞かせてほしいわ。アークがクルクマを旅立ったあの日から」
「え? バンザイデスでのこともですか? 手紙で結構報告してたと思いますけど」
「これはお母さん命令よ、話してほしいの」
「別にいいですけど……話すって言ってもどこから」
「最初から」

 ええい、かたくなに全部聞こうとしてくる、この親。

 母親という生物は子のすべてを知りたがるものなのだろうか。
 どことなく面倒くさい感じを思いだしながら「あぁ、そう言えば前世でもこんな気分になったことがったなぁ」とかつてを振り返る。
 前世では「なんだっていいだろ」「いちいち構うなよ」「だりいな、ババァ」みたいな感じで高校生くらいの時期から、かまってくる母親を邪険にしたものだが……今回は大切にしてあげる方針だ。聞きたいと言うなら語るのもやぶさかではない。

「ではバンザイデス、第一章、テニール師匠と第一のメスガキ遭遇編から」
「ぱちぱちぱちー」

 俺は母にこれまでを語った。
 バンザイデスでの日々、狩人として生きる道を選んだこと、絶滅指導者と呼ばれる恐ろしい吸血鬼と戦ったこと、血界と呼ばれる空間の歪に迷い込み、遥かな遠方に飛ばされてしまったことなどなど──。
 エヴァは興味津々でたくさんの質問をしてきた。キサラギの倍くらい弾幕が激しい。なんなら感想や綺麗な場所、何を食べたのかなど、すべてを知りたがった。

「アンナちゃんって手紙の子ね。あんまり書いてくれなかったけど……狩人として相棒に女の子を捕まえるなんて、職場恋愛もスリルあっていいわね」
「へえ、カティヤちゃんがその凄い四等級の剣をくれたの……異文化の人とお付き合いするのは結構大変だとママは思うなぁ」
「エレンちゃんが聖刻を? 確かトニー教の教義的に意義深いものっていつか教会で神父さんにお話を伺った時に聞いたけど……うちはトニー教のことを知らないし、家族になるならそこら辺の価値観に寛容になる必要があるわね」
「カイロちゃん? わんわん? 氷属性式魔術を習った? 凄いじゃない、王族と師弟関係なんて! ……師弟以上の関係になる可能性は?」
「コートニーちゃんはドラゴンクランの優等生さんなのね! お嫁さんとしては申し分ないわ。ママ応援しちゃうわ」
「ゲンゼちゃんに再会したの?! 愛は囁いたの? どうなったの?」

 うん、もうだるいわ。
 母親が目がキラキラさせて、女の子関係を鼻息荒く詮索してくる。
 これほどに世の息子が嫌なこともあるまいて。
 5年会ってなかった分のだるい絡みが一斉に押し寄せて来ちゃってるよ。

「もう、アーク、そんな面倒くさがらずに教えてよ~」
「はいはい、怪我人は寝てくださいね」

 小屋から逃げるように出て、村の中心地へやってきた。
 あの質問の応酬は危険過ぎる。10日くらいにわけて話してあげよう。
 やれやれ、まったく元気すぎるというのも考えものだ。
 
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