異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家

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第七章 魔法王国の動乱

森を抜けて

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 エヴァは眠るように瞼を閉じた。
 身体はひどく冷たく、傷は深い。
 雨は容赦なく体温を奪っていく。

「母様……?」

 返事はない。
 銀の髪をはらい、表情をのぞきこむ。
 どこか満足げである。
 嫌な予感がして彼女の手首を強く握った。
 脈はある。呼吸もしている。
 よかった、やりきった勢いでぽっくり逝ってしまったのかと思った。

 だが、このままでは良くない。
 傷を塞いで、食べ物をいっぱいたべて、温かい場所に……ああ、とにもかくにもまずはこの戦場から離れて安全な場所へ行かないといけない。
 優先順は明白だ。
 エヴァを担ぎ上げようと腰の下に手を入れ、精一杯にもちあげた。

「重……っ」

 フルプレートアーマーを着ているせいで、想像を遥かに超える重さであった。エヴァに意識があったらムッとされてるだろうが、このまま運ぶのは俺では不可能だ。
 というかシンプルに大人ひとりを運ぶのがしんどすぎる。
 なるべく迅速にここを離れたいのに。
 アンナがいれば……キサラギがいれば……。
 うちのパワー部の部長と副部長は肝心な時に不在だ。

 遠くを見やる。
 幸いにして近くに貴族軍らしき影はない。
 みんな向こうのほうにいる。
 ん、炎の怪物がいなくなった?
 違う。死んだ? 遺体があちこちに増えている?

 雨の中、目を凝らしてみると、エレナっぽい人影がぴょんぴょんしてるのを発見。
 エレナだけじゃない、狩人らが召喚獣を始末しに動いている。
 協会が動いてくれたのだろうか? 

 貴族軍はかなり混乱しているらしい。
 狩人の戦場入りに困惑しているのが遠目にも見て取れる。

 だが、忘れてはいけない。
 彼らは人間の戦争に介入しない。その点にはひどく慎重だ。
 もっとシンプルに貴族軍が人間法を破ったのだから、その粛清に貴族軍の将を全員殺して、軍を瓦解させてくれるとかなら単純明快で大変わかりやすいのだが、残念ながら世の中はそういう風にできてない。

 冷静になればなるほど狩人の運用のしにくさを認識させられる。
 強すぎる超国家的組織というのはすべての国家にとって厄介すぎる存在だ。
 狩人協会がいつでもどこでも正義を執行できるようになれば、もはや国家より遥かに強い権限と実行力を発揮できてしまう。戦争が非人道的だからと独断で動けてしまえば、世界中の国家が狩人協会という厄介な組織をまずは潰そうなどと考え始めるかもしれない。
 だからそこにはルールが必要なんだ。
 人間が人間を守るためにも、怪物から守られるためにも、また狩人たちから守られるためにも。
 ルールのない正義を振りかざしてくる超武力組織など、一般人の目線でいえば怪物とそう違わないのだから。

 とはいえ、狩人協会が実際に貴族軍へ攻撃を加えないとはしても、貴族軍からすればしばらく動きづらいのは事実だろう。
 目の前に怪物がいれば腰を抜かす様に、狩人たちはそこに棒立ちしてるだけで仕事をできるのだ。

 彼らの仕事に甘んじて、今のうちに徹底させてもらおう。
 俺は頑張ってエヴァのレギンスとグローブ、腰回りのアーマーを外した。
 脱がしやすい順だ。ボディアーマーは流石に手間がかかりすぎるので後回し。
 そこまで脱がせれば、俺でも運べないことはない。

「いや、重てぇ……」

 無理だ。重いよ。どうしよ。アンナっち……!
 パワー不足に本気で悩む。
 おや、雨のなかにたたずむ馬を発見。
 誰かの騎馬だろうか。
 近寄って来た。

「お前、この人を乗せてくれるか?」
「ヒヒイン」

 良い返事だ。
 名もなき騎馬に手伝ってもらうことにしよう。
 フルプレートを着たエヴァを俺は全力で持ち上げて、なんとか馬に乗せた。
 手綱を引っ張って、エヴァが落ちないように気を付けつつ、森へと向かう。

 森に入る手前、俺は勘の囁くままに背後へふりかえった。
 見やれば三角帽子に黒革の外套を着込んだ男が見てきている。
 冷たい無機質な蒼い眼差し。あいつだ。アヴォン・グッドマン。

 助けてくれたっていいだろうに。
 いや、まだ狩人じゃないという名目で振り切って来た手前「狩人なのであの凄い注射型の回復薬ください」というのは虫が良すぎるだろうか。
 たぶん助けてくれないので、俺は背を向けて森のなかへ足を踏み入れた。
 
 しっとりと雨のしたたる森のなかは大変な獣道だった。
 道らしき道を選んで歩を進めた。

 安全と思われる場所まで離れ、俺はエヴァにできるかぎりの処置を施した。
 草属性式魔術などを使えたらよかったのだが、適正が無いのでより原始的な、水属性式魔術による傷口の洗浄と、布を巻くことで母には許してもらおう。

 手当の後、夕方くらいまで森をまっすぐ進み、日が沈むまえに周囲に氷属性式魔術をもちいた四方の壁と天井で囲んだポーラーハウスを建築し、火の魔力と風の魔力を滞留させて温かく保ち、そこで夜を明かすことにした。
 なお秋二月の雨と寒さは半端ではないので、ポーラーハウスがないと凍死しかねない。

 翌朝、エヴァは凄い高熱を出していた。
 まったく目が覚める気配もない。
 ちゃんと治療を施し、休養するのに十分な環境が必要だと思った。

 直観に従って歩いたおかげで森を抜けるのに時間はかからなかった。
 昼過ぎには村を発見することができた。
 お手柄だぞ、超直観くん。あの村で休もう。
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