異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家

文字の大きさ
上 下
263 / 306
第七章 魔法王国の動乱

ここでしか見えない物

しおりを挟む
 俺が家族を救いたかったのは愛情というものをようやく知ったからだ。
 前世の俺は可愛くない子供だったと思う。
 外見的な話ではない。
 ああ、いや、違うか。
  外見的にもそれもう醜いったらありゃしないブサイクな人間だった。
 幼少の頃からずっとそうだった。もちろん親はそれでも愛してくれていたんだろ思う。とはいえ、そんなのは”今”、ふりかえってようやく気付けたことなんだ。
 
 俺が異世界で家族を大切に思うようになったのは、幼少の頃の彼らの途方もない愛に気が付いた時からだった。
 それまでこの世界が異世界であり、自分がコロンブスになってとごく科学的、理知的な興味でこの世界を観測していた俺は、両親の愛をまたもや見落としていたのだ。
 大人になって、人生を一度やり直して、セーブデータを引き継いで、そうしてここに来れたというのに、またしても俺は愛のなんたるかを見落としそうになった。
 そりゃあ一週目の人生が気が付かないさ。

 赤ん坊。
 何も生産しない、何の利益ももたらさない、手間のかかるだけの存在。
 そんな俺にエヴァもアディも無償の、無限の、大きな愛をもたらした。
 ふとその事実、その労力、まるで釣り合っていない等価交換の法則を意識した時、俺は親の偉大さ、愛というものの片鱗を知ったような気がしたのだ。

 飯を食わせ、下の世話をし、まるで他人にはとてもそんな面倒なことはごめんだろうに。俺を愛してくれた両親に膨大な感謝をした。
 一回目の人生では大人になって理解したつもりでいても、両親との不仲な関係上、そのことを直視する機会はなかった。
 
 もっとも、いくつかの疑念を抱きながら俺アーカムは育っていたのだが。
 というのも俺が、アーカムが手間のかからない賢い子供だから、両親はこれほどに世話をしてくれるのではないかという疑念だ。
 これはある意味では厄介なもので、俺が俺である限り、別の条件では、つまり普通の子供の世話の風景を観測することはできないのだ。

 ただ、双子が生まれたことでこの疑念も解消された。
 エヴァとアディ、ついで俺は双子の姉妹エーラとアリスに愛を注ぐということを、死ぬほどの苦労を通して経験した。
 夜泣きしまくるわ、家を散らかしまくるわで、本当に何度か首を絞めかけたが、それでも、どうしようもなく愛らしくて、守ってあげたくて、手間をかけてあげたい気持ちになる。
 それが愛というものなのだ。
 
 前世の俺なら鼻で笑って捨てただろう「家族の愛(笑)」と。
 俺は二度目の人生でそれを突きつめて考え、結果として理解した。
 それはどうしようもなく尊いものだ。
 この世界に真実の愛が存在するのなら、与えることが愛であり、真に信じるに値するものがあるとしたら、やはりソレなのだ。
 22世紀では見えなくなった真善美における窮極がそこにあると確信している。

 どうしてこんなことが起こるのか。
 思うに、高度に文明化しすぎると、もう見えなくなるのだと思う。
 家族で互いを繫ぐ意味が、外側の脅威にたいして、無条件で信頼できる仲というものが、必要ないからだろう。
 この世界ではまだそれは存在している。
 より克明に見える。これまでの経験を通して考えるに、文明レベルはもちろんだが、最大のファクターは恐るべき怪物たちがいるからだろう。もし怪物のおかげでその尊さが失われていないのとすれば、どれほどに皮肉なことなのだろうか。

 絶滅指導者クトゥルファーンと最後の瞬間をともにする覚悟をした時、そして長い旅の始まりを知った時、俺は俺を愛してくれた家族の下へ帰る使命を帯びた。
 それは必然的なものだったのだ。
 それがもっとも価値あるものだと当時から俺は信じていたのだから。
 人類が長い時間かけて進化してきた中で、培われてきた偉大なる遺産の輝きを、一度失えば二度と手に入らない、22世紀では手に入れることも、見つけることも、気づくこともなかったそれを決して奪われたくはなかったのだ。

 






























 私は死ぬのだろうと思った。
 冷たい雨が体温を奪って行く。
 血が、命の熱が、こぼれていくのを感じる。
 斬られすぎた。
 さっきまでの身体の軽さが嘘のよう。
 いまは全身が鈍い鋼のように重たい。
 熱と戦いの興奮で痛みをごく一時忘れ、限界を超えて動けていただけなのだ。

 どこで間違えたのだろう。
 私の人生はこんなことになるはずではなかったのに。
 いや、嘆いても仕方のないことだ。間違えただの、間違えなかっただのとい話ではないのだろう。
 この世界にはどうしようもない抗えない力の巨大な渦があって、私たちなんてちっぽけな人間は、その巨大なうねりに逆らうことができないのだから。
 王や英雄でもないかぎり、判断のひとつやふたつが私のいまの状態を変えれたとは思えない。

 心残りがあるとすれば、やはりアディたちのこと。
 彼らは上手くやっているのだろうか。

 アディは臆病で、不器用で、ちょっと危なっかしい所があるからすごく心配。
 エーラは元気で、最近は剣に興味があって「ママにそっくりね!」と言ったら、嬉しそうに笑う。だけど飽きっぽくて、慌て屋さんで、やっぱり心配。
 アリスはとても賢い子。たまに心配になるくらい物わかりがよくて、あの子を見ていると、アークを思い出す。
 きっとお兄ちゃんのマネをして、お兄ちゃんの分までしっかり者になろうとしてるのね。でもひとりで頑張り過ぎちゃうこともあるから、たまには誰かがちゃんと見ててあげて、倒れそうになる肩を支えてあげて欲しい。やっぱり心配だわ。

 ああ、本当に心配なことばかり。
 私がもっとそばにいてあげられたらよかったのに……。
 戦争なんて、貴族の地位なんて、本当はどうでもいいの。
 祖国の存亡なんて、本当はどうでもいいの。
 もちろん悔しいし、不当な侵略なんて許せない。
 それでも、家族といっしょにいることのほうが比べるまでもなく大切。
 
 どうして残ってしまったのだろう。

 死の間際、私は心配と後悔ばかりをしていた。
 突き刺すような冷たさに打ちひしがれて、個人の無力さを唇から血がでるほどに噛み締めて、そうして死んでいく──。

 覚悟はとっくにできていた。
 マジック・ウィザーリンが私を包囲した時、心のどこかで「あぁ、逃げられないな……」って思っちゃっていたもの。
 でも、私はあの場所に帰るために諦める訳にはいかなかった。

 馬上から見下ろしてくるマジックをぼーっと見上げている。
 ふと、マジックが横を向いた。周囲の騎士たちも騒がしくなった。
 2秒後に迫っていたはずの死が振ってこない。
 泥を舐めるように首を動かす。何者かにマジックたちは攻撃されているらしい。
 だが、敵の居所をつかめていない。
 戦場の方角へ視線を泳がせて、姿勢を低くして、警戒しているばかり。

 やがて巨大な爆発音がした。
 マジックらは明確な敵を捕捉したらしい。

 首を動かすのが億劫だったのけど、顔をもたげる。
 白い外套をまとった者が雨降る空から下りて来た。
 ものすごい速さで魔術を放っている。それも連続展開だ。
 マジックも、騎士たちもまるで寄せ付けずにみんな倒してしまった。

 その顔に身の毛もよだつほどの懐かしさを感じた。
 だけど、そんなことがありえるはずがなくて、ただただ言葉を失っていた。

 死を目前にした最後の夢を、都合の良い幻覚を見ているのだと確信した。
 だから名前を呼んでしまうのが恐ろしかった。
 名前を呼んでしまえば、きっと泡のような夢から覚めてしまうから。
 それが恐かった。
 
 でも、それ以上に、確かめたかった。
 もしかしたら、これは現実? 問いかけと、奇想天外への期待を完全に打ち消せるほど、私は老成も達観もしていなかったのだ。

「アーク……?」

 白い息を吐きながら、恐る恐る震える声をだした。
 もう醒めないでほしいと願いながら。
 私の息子がふりかえる。
 ずいぶん大きくなった。
 すっかり男の子みたい、カッコよくなっていて……きっと女の子は放っておかないのでしょうね。あ、近づいて来た。
 手を握られる。温かい。生きてる? 現実? え?

「はい、僕です。いま帰りました」
 
 ありえない、でも、いる、この手の温かさが本物だ……。
 目の奥から熱が湧いてきた。
 まだ私の身体にもこんな力あったのか。
 そう思うほどに、深い場所から込みあげて来る。
 
「あぅ、ぅぅ、おか、えり……っ」

 えづきながらなんとか、なんとか……声にして、言葉にして絞り出した。
 親としてもっとちゃんと迎えてあげたかったけど。
 私にはそれが精一杯だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた

みももも
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたイツキは異空間でギフトの争奪戦に巻き込まれてしまう。 争奪戦に積極的に参加できなかったイツキは最後に残された余り物の最弱ギフトを選ぶことになってしまうが、イツキがギフトを手にしたその瞬間、イツキ一人が残された異空間に謎のファンファーレが鳴り響く。 イツキが手にしたのは誰にも選ばれることのなかった最弱ギフト。 そしてそれと、もう一つ……。

外れスキル『収納』がSSS級スキル『亜空間』に成長しました~剣撃も魔法もモンスターも収納できます~

春小麦
ファンタジー
——『収納』という、ただバッグに物をたくさん入れられるだけの外れスキル。 冒険者になることを夢見ていたカイル・ファルグレッドは落胆し、冒険者になることを諦めた。 しかし、ある日ゴブリンに襲われたカイルは、無意識に自身の『収納』スキルを覚醒させる。 パンチや蹴りの衝撃、剣撃や魔法、はたまたドラゴンなど、この世のありとあらゆるものを【アイテムボックス】へ『収納』することができるようになる。 そこから郵便屋を辞めて冒険者へと転向し、もはや外れスキルどころかブッ壊れスキルとなった『収納(亜空間)』を駆使して、仲間と共に最強冒険者を目指していく。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...