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第六章 怪物派遣公社
幕間:新しく踏み出す
しおりを挟む新暦3060年冬一月
アディフランツは手紙をひろいあげる。
息子の部屋に置かれていた丁寧で、均一な文字で書かれた手紙だ。
まるで乱れが無く人間ではマネできない正確な文字列はかつて見たことが無い。
「キサラギさんの置手紙、かな」
早朝、はやおきしてみてのには理由があった。
夜通し息子の部屋でなにやら読み物をしていたキサラギのことが気になったのだ。
物音の感じからして徹夜でなにかをしていたことは知っていたので、もしや朝までいるんじゃないか、と思いのぞいてみた次第である。
アディフランツはそこで手紙を発見したのだ。
「『生き別れた兄を探しにいきます』か……不思議な人だったなぁ」
まるでその存在自体が幻であったかのよう。
どこか掴みどころが無く、浮世離れした性格だった。
アディフランツはキサラギがいなくなったことを意外なことにすんなりと納得していた。
あれほどに神秘的な人だ。
きっといつまでも近くにはいないのだろう。
そんな気がしていたのである。
「結局なにもわからなかったな……。アークと、いっしょだ」
アディフランツは喪失を思い出す。
まことの天才にして歴史を代表する魔術師になるはずだった自慢の息子。
昔から異次元なほどに賢くて、どこか達観していた。
ともすれば自分は息子の視点にいまだ追いつけていないのかもしれない。
最後まで彼の視座を理解することなく逝ってしまった。
アディフランツは手紙をたたみ、アーカムの部屋の扉を閉じた。
その朝、キサラギがいなくなってしまったことを家族にどう説明しようか、アディフランツは困っていた。というのも、双子の姉妹、その姉であるエーラはキサラギをどこからか連れて来た本人で、あの不思議な少女にとてもよく懐いていたからだ。
きっと悲しむだろうことが、容易に想像できた。
そしていなくなった責任を父親であるアディフランツに追及するだろうことも。
「俺は悪くないんだけどなぁ、たぶん泣かれるよなぁ……」
しかし、思ったようなことにはならなかった。
「エーラはお姉ちゃんとお別れを済ましたよ……すごく寂しいけど、行かなくちゃいけないんだって……だからね、エーラは止めなかったんだ、ぐすんっ……お姉ちゃんが行きたいって言うから、エーラは、応援することにしたんだよ……っ」
エーラは散々泣いたあとだった。
とはいえ父に話している最中もすこし泣いたが。
新暦3060年冬二月
ローレシア魔法王国には二種類の貴族が存在する。
領地を持つ領地貴族。
領地貴族に仕え、町や村を各々管轄する騎士貴族。
クルクマにエヴァリーンが帰って来た。
バンザイデスでの話し合いののち、より具体的な打ち合わせを行うために、彼女はこれまで騎士貴族家アルドレアの当主として、キンドロ領の領地貴族の屋敷へ召喚されていたのだ。
そこでバンザイデスでの巨大な被害に対する、領地内の貴族たちの意志統括をし、キンドロ全体での具体的な対応を話し合った。
幸いにもアルドレア家の管轄するクルクマ村にはさしたる役目はまわってこなかった。アルドレア家は一位貴族(最上級貴族位)~五位貴族(最下級貴族位)のうち、四位貴族であるため、あまり期待されていないのである。
もっともエヴァリーン・アルドレアが高い能力を持つ騎士貴族であり、領地貴族キンドロ卿の息女であること──もっともすでに親子の縁は切れている──は、彼女に大きな責任と仕事がまわってくることを意味するのが自然である。
それでも、彼女に役目がまわってこなかったのは、息子を失い傷心の彼女のことを憐れに思い、キンドロ卿が気を利かせていたからである。
クルクマに帰って来たエヴァリーンは普段の生活に戻った。
辺境のちいさな村を守る騎士として、8歳の娘たちの母として、凡才な魔術師の妻として、気丈に振舞っていた。
もちろん、アーカムのことをすぐに忘れることはできなかったが、それでも前を向いて生きていかねばならない。
強くあれ。強くあれ。……強くあれ。
魔術はつかえないが、心のなかで呪文のように唱えた。
新暦3060年冬三月
エーラは剣を懸命にふりまわしていた。
エヴァリーンの指導のもと毎日のように励んでいる。
居間のつくえで勉強をするアリスは飽きっぽくて、集中力がなくて、子供っぽい姉がどうしてああまで必死になるのかを知っている。
「タスク『お兄様の仇を討つ』。お姉様は頑張っているようです」
アリスは現在、狩人エレナ・エースカロリの提案でレトレシア魔法魔術大学へ進学し狩人協会が用意する『高度魔術師育成コース』を受けるため、日々、勉学に励んでいる。
未来の狩人。
それは伝統的な剣の英雄だけでなく、魔術の力も取り込んで完成する。
剣士と魔術師のコンビにより、あらゆる厄災の怪物を滅する。
それこそが伝説の狩人テニール・レザージャックが提案した『全方位完全狩猟術』である。協会はひとりの狩人に剣術と魔術の二刀流をさせる必要はないと解釈した。
ゆえに未来の狩人たちは必然と剣士と魔術師でのコンビを組むのが主流となることだろう。
アリスはここで思った。
自分は将来、魔術を修めた黒の狩人として人類保存ギルド:狩人協会の一員になる。その時、剣士とコンビを組み、相棒どうし命を預け合い戦わなくてはならない。
自分にはどんな相棒がつくのだろう。
あのエレナ・エースカロリとかいう梅髪の人は古い狩人だ。
きっと相棒にはなってくれないし、コンビを組むにしても強い魔術師と組むことになるだろう。
じゃあ、私のコンビは?
そう考えた時、アリスの視界にひとりで寂しそうに絵本を読む姉の姿が移った。
アリスはエーラに告白した。
自分が兄アーカムの仇を討ち、吸血鬼を打倒するつもりであると──。
エーラは自分の妹がおおいなる目的のために動き出していることを知り「エーラも、エーラも頑張る!」と、エヴァリーンに指導を受けるようになった。
最もアリスとしてはエーラが長続きするなんて期待していなかった。
とはいえまだ40日程度であるが、ここまでエーラは毎日のように母の指導を受けている。まるでこれまでの姉とは別人のようだ、とアリスは目を見張っていた。
「エーラはお姉ちゃんだからね、アリスよりしっかりしないといけないんだもん。もうお兄ちゃんはいないから……」
「大丈夫ですよ。お姉様はポンコツでもアリスはしっかり者ですから」
「いやだよ! エーラがお姉ちゃんだもん! エーラがしっかりするもん!」
かねてより家族の皆が前へ進むなか、自分だけなにもできていないことに戸惑いと自責を感じていたエーラは、アリスの一声でおおきな目標を手に入れた。
ゆえに彼女はその目標を大事にした。
すごくて、かっこよくて、やさしくて……そんな兄の妹として、恥ずかしくないように、何かひとつでもその死を弔えるように。
こうしてアルドレア姉妹は偶然か必然か、兄と同じ場所を目指すことになった。
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