211 / 306
第六章 怪物派遣公社
魔術王国、最終日
しおりを挟む「兄さま、キサラギは卒業配信をしたいと思います」
「はい、どうぞ。みんなにちゃんとお別れ言ってね」
キサラギちゃんがペンと紙束を抱えて、町へと出かけていく。
監視というわけじゃないが、ちょっと心配なのでアンナさんを陰ながら同行させる。キサラギが困っていたら助けてあげるようにお願いしておく。
「任せて、アーカム。キサラギはあたしが守る」
物騒なことにはならないと思うけどね。
そんなこんなで、本日はアーケストレス魔術王国滞在の最終日だ。
2時間後にはローレシア魔法王国へ向けて出発し、街道沿いにぐんぐん進み、隣町に夜までにはたどり着きたいところ。
その前にいくつか訪問の約束があるので、そちらを片付ける。
ひとつ目は魔術貴族クリスタ家である。
これからも末永く取引をすることになる相手なのでご挨拶。
「アルドレア殿、では、お元気で。また魔術王国へ来ることになるでしょう。その時はぜひ当家をおたずねください。それと、カンピオフォルクス家の件……ありがとうございました。緩やかな終わりを迎える運命でしたが、あなたに救っていただけた」
別れ際だからだろうか、なんだかいつもより優しい言葉を使っていた。
存外、感謝されていたらしい。
ふたつ目は魔術貴族エメラルド家である。
「アルドレアの坊や、いや、アーカム殿、もう行くのかい。短い間だったが、世話になったねえ。あんたみたいな若いのに胆力があって、信念のあるやつは嫌いじゃない。なにか困ったことがあったら力になるよ」
そう言って、マチルダ婆は顔にいっそうくしゃっと歪めて、俺に肩を分厚い手で叩いた。
この婆さんは話がわかる。きっとまた困ったことがあれば、俺を助けてくれる。そんな気がする。
「その時は遠慮なく胸を貸していただきます」
「任せておきなぁ、アーカム殿」
みっつ目はクラーク家である。
「にゃー、にゃおー、にゃー」
クラーク邸へ向かう道中、野良猫に話しかける変な人を発見。
「あの……なにしてんですか」
「……」
「……。こほん。僕、実は魔術王国を離れることになりました」
コートニーさんの名誉のため、俺はあえて言及しまい。
彼女には助けられたのだ。俺もまた彼女の尊厳を助けよう──。
「いきなり背後から話しかけて優位性を奪取したつもりかしら。浅ましいことね」
「にゃんにゃん」
「土を詰めて埋められたいのかしら?」
「顔、恐っ」
人を平気で殺しそうな目してる。
ちょっとからかっただけなのに。
「本当に最後まで腹立たしいわね、アルドレア君は」
「それはお互いさまですよ、コートニーさん」
「……。ローレシア魔法王国、聞いているでしょう、いまの状況」
コートニーさんは声の調子を変える。
彼女の言っていることはわかる。
というのも、いま、ローレシア魔法王国は”かなり大変な状況”らしいのだ。
「でも、だからこそ、戻らないといけません」
「そうね。あなたもまた貴族ならば、旗色を明らかにし、領地のために動かなくてはいけないのでしょう」
「はい。そのつもりです」
「頑張ってね。まさか、あなたが戦争ごときで命を落とすとは思えないけれど。もし死んだら棺くらいは踏みつけてあげるわ」
そんな最悪の死体蹴りしないでください。
「ふふ、冗談よ。貴族のウィットというやつね」
「いや、全然面白くないですけど。まじで友達いない人の典型ですよね」
「……。友達はいるわ。というよりなに、そもそもその曖昧な友達という概念は。どんな存在なのかしら? 色は? 匂いは? 意味不明だわ。定義をはっきりさせてくれる?」
「いいです。もうこれ以上、僕を辛くさせないでください」
コートニーさん……友達の定義を真顔で求めて来る人はぼっちって相場が決まっているんです……。
「呆れている風だけど、私にだって友はいるわ」
「そうなんですか?」
「ええ。憎たらしい田舎貴族がね。殺してしまいたいと常々思ってる。軽薄で恐ろしく不遜な男よ」
彼女は肩にかかった黒髪をはらった。
それ友達じゃないじゃないですかねぇ。
でも、コートニーさんに友達いたのか。よかったよかった。
ぼっちは可哀想だからな。これで俺も安心して旅立てるよ。
「では、僕はこの辺で」
「王都へ来たら顔をだしなさい。踏みつけてあげる。これが嬉しいんでしょう」
「はいはい、ありがたき幸せでございます」
「とんだド変態ね。去勢してから出国しなさい」
「なんて返しても悪口が出てきますね。天才ですよ」
彼女はくすっと微笑む。
「じゃあね、アルドレア君。また」
コートニーさんは踵をかえし、野良猫をひろって抱きかかえると、屋敷へと帰っていった。やはり猫好きです……。
「さて、最後のやつに会いに行くか」
暗く湿った地下牢。
水滴のしたたる音が空虚に響いている。
俺は冷たい檻のなかをのぞきこむ。
鎖につながれた手首。
その先を落とされ、二度と杖を握れないだろう老人がいた。
「ノーラン教授」
「…………あぁ、君か」
すっかり痩せ細り、覇気のなくなった風貌だが、この老人はたしかにあの巨星のごとき権威者にして魔術師、ノーラン・カンピオフォルクスその人である。
「私を教授といまだに呼ぶのは、君だけだよ、ミスター・アルドレア」
「悪いとは思っていませんよ。あなたは成るようになっただけだ」
「あはは……そうだな……この惨めな結末、なんということか」
「ノーラン教授、どうして僕を呼びつけたのですか。悪態をつくためですか」
ノーラン教授はのそりと顔をあげ、俺を見つめて来る。
「ミスター・アルドレア、気をつけたまへよ」
「……」
「……彼らは、君に深い興味を示している……」
「彼らって?」
「……恐ろしい怪物どもさ。公社を通じて私は怪物の社会をかいま見た。あはは……笑ってしまうよ……君の、この先にめぐる悲惨な未来を思うとね……」
ノーラン教授は歯を剥き出しにし、引きつった笑い声をあげていた。
「家族がまだ生きてるといいな、ミスター・アルドレア……」
「……どういう意味だ」
「いひひ、あはははっ、おほほほ……っ、さて、どういう意味だろう、こんな老骨だ、もう忘れてしまった……」
「そうですか。では、もう話すこともありませんね」
俺は腰をあげ、牢屋をあとにする。
「ミスター・アルドレア、頑張りたまへよ、せいぜいね! あーははははっ!」
地下牢には醜悪な罪人の笑い声がいつまでも響いていた。
0
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!
京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。
戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。
で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
黒いモヤの見える【癒し手】
ロシキ
ファンタジー
平民のアリアは、いつからか黒いモヤモヤが見えるようになっていた。
その黒いモヤモヤは疲れていたり、怪我をしていたら出ているものだと理解していた。
しかし、黒いモヤモヤが初めて人以外から出ているのを見て、無意識に動いてしまったせいで、アリアは辺境伯家の長男であるエクスに魔法使いとして才能を見出された。
※
別視点(〜)=主人公以外の視点で進行
20話までは1日2話(13時50分と19時30分)投稿、21話以降は1日1話(19時30分)投稿
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる