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第六章 怪物派遣公社
カンピオフォルクス家潜入
しおりを挟むアーケストレス魔術王国の第三段層は、ドラゴンクラン大魔術学院が建造された段であり、それゆえに力のある貴族たちが別荘を多くを構えている。
形成された貴族街は華々しく立派な屋敷が立ち並び、景観に配慮されて植えこまれた街路樹に彩られ、舗装された綺麗な通りは、歩くだけ背筋が伸びる。
道行く者も身なりの立派な者も多く、目を凝らさずも、治安維持に努める騎士たちがちらほら巡回しているのが見て取れる。
そんな貴族街も夜が更けこめば、必然と怪しさと危なげな雰囲気に包まれる。
通りを行く者は誰もおらず、いるとすれば魔術貴族たちから袖下のおこずかいを貰っている熱心な騎士くらいなものだ。
とりわけ熱心な騎士は、貴族家の敷地のなかを巡回し、厳戒態勢でお小遣い稼ぎに励む。
「この町の誰がカンピオフォルクス家に侵入しようとなんかするんかねぇ」
「あんまり気を抜くなよ。万が一なんて許されないんだ」
「そう言われてもなぁ」
カンピオフォルクス家の高い塀に囲まれた敷地のなか、騎士たちはすっかり毎夜のルーティンワークと化した警備に気が緩んでいた。
「ん? いまなんか動いたような……」
「おい、やめろよ。ビビらせようったってそうはいかねえぞ」
「マジだよ、なんかいま動いたって。黒いふわふわしたのが」
「付き合いきれねえ。たく、冗談じゃ済まないぞ」
「いや、だから本当に、影が──」
騎士はランタンで暗がりを照らした。
その時だった。
背後から黒い影がひょいっと現れると、首筋に細い針を突き刺したのだ。
針には艶やかな液体が塗られていた。
それは一般的ではない毒。麻酔の類のものだ。
ひとりがあっと言う間に手に掛けられ、片割れが騒ぎだそうとした。
もうひとつの影が飛びだした。
大柄な黒い毛並みをたずさえた影だ。
その影はこん棒で騎士の顔面を殴打し、ひと声も発せさせずに意識を粉砕した。
それを見ていた影──アーカムはやや乱暴な手腕にビクっとした。
「そんな殴ったら返り血がつきますよ。目撃者がいたら面倒じゃないですか」
「知らんのか。目撃者を全員消せば目撃者はいなくなるんだぞ」
アーカムは今回の潜入の相棒フラッシュにため息をつく。
(アンナもパワー系だけど、フラッシュはもっとパワーかもしれない)
とはいえ、マイルストーンは達成された。
騎士ふたりは無力化されたし、騒がれてもいない。
アーカムはいましがた麻酔針で眠らせた騎士を植込みにひきずっていき、姿を隠し、ホッと息をつく。
アーカムは針を仕舞い、新しい針を一本取り出す。
首を締める選択肢もあるが、相手がアーカム以上の膂力を持っていた場合、面倒なことになると思ったのでわざわざ昼間のうちに調達しておいたのである。
「小賢しいことをするんだな」
「誉め言葉として受け取っておきます。ほら、はやく行きますよ」
アーカムたちは玄関前までやってくる。
「止まってください」
「?」
夜空の瞳は屋敷に仕掛けられた魔術の罠をとらえていた。
うかつに入ればそれだけで侵入者の身体を破壊しうる危険な罠だ。
アーカムは己の持てる魔術知識と眼と直観を頼りに、杖で慎重に設置型魔術を維持している魔力の中枢を攻撃する。
破壊の時に役にたつのはサイコキネシスだ。
サイコキネシスは純魔力をそのままぶつけ操る技能なため、ありとあらゆる魔術に干渉することができる。
ゆえに魔力の中枢をサイコキネシスでスクランブルすればほとんどの魔術は意味を消失するのである。
「いいですよ」
「……ふむ」
アーカムは玄関に仕掛けられていた3つの魔術を解除し、両開き扉から侵入を果たした。
「なにか来る」
「ですね」
フラッシュは機敏に反応し、アーカムはそれよりはやく玄関扉の陰に隠れた。
反応速度のやたら速いアーカムにびっくりしながらも、フラッシュはアーカムのマネをしてもう一枚の扉の影に隠れる。
玄関扉が開きっぱなしという大変に不自然な状況。
フラッシュは内心「まずいんじゃないか?」という思いがぬぐえなかった。
一方のアーカムは焦燥を感じていなかった。
「動かないで」
「いや、でも、これ……」
「静かに」
すべては己の直観を信じるのみ。
玄関のもとへ移動して来た気配の正体。
それは少女人形であった。
青いクリスタルで造られた異質な人形である。
(結晶魔術の作品か。知能じゃなくプログラムで動いてるのかな)
アーカムの読みは正しかった。
結晶魔術の人形は玄関がひらっきぱなしになっている状況を見ても特に騒ぎ出すこともなく、そのまま折り返して屋敷の奥へと帰っていった。
「行ったな。なんだったんだ、あれ」
「魔術の傀儡です。簡単な命令を実行するだけの存在です」
「なんであいつが騒がないとわかったんだ」
「勘です。侵入者を見つけたら排除するとか、そんなところかなって思って」
「……いい勘だな」
「どうも」
アーカムはサラッと言って「漁りましょう」と屋敷の二階から捜索を開始した。
フラッシュが周囲を警戒、アーカムが勘を頼りに資料を漁る。
完璧な布陣により、最初の部屋の捜索は20秒で終わった。
アーカムはさらーっと部屋を見渡しただけ。
「おい、もっとちゃんと調べろ」
「ここにはないですね」
「いや、だから……」
次の部屋は本棚と書斎机が置かれた、一昨日アーカムが招かれたノーラン・カンピオフォルクスの仕事部屋だった。
「ここは怪しいな」
フラッシュはそんなことを言うがアーカムの判断は違った。
「ないです」
「いや、あるだろ。絶対にここになにかあるだろ」
「ない物は無いですよ」
「お前、ふざけてるのか?」
「義兄さん、僕を信じて」
「……」
フラッシュは潜入ミッションがはじまる前、ゲンゼディーフによく言い聞かせられていた。
『いいですか、フラッシュ。ちゃんとアーカムの言うことを聞いてくださいね。迷惑を掛けないようにですよ。迷惑をかけるのは、めっ、ですからね?』
「……わかった」
「ありがとうございます。次の部屋に行きましょう」
──5分後
屋敷を物凄い早さで調査し、アーカムは屋敷一階の物置き部屋のなかで足を止めた。
「どうした」
「この棚。たぶん動きますね」
「勘か」
「はい」
変哲のない棚をアーカムが押すと、怪しげな地下室へと続く階段が出現した。
この頃になるとさしものフラッシュもアーカムの持つ名状しがたい特異な能力への疑いを捨てざるを得なかった。
「いい勘だな」
「どうも」
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