異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家

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第六章 怪物派遣公社

殺し屋ギルド、A級、器用なモビ

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 巨大樹の宿屋をあとにしたアーカムは、その足でクリスタ家へと向かっていた。
 交渉材料を携えたおけげで足取りは軽い。

 第3段層の学院前の賑わう通りを進む。
 ふと、何か思い出したかのように突然と路地へと入っていく。

 そのまま進み、暗い方へ暗い方へ。
 やがて人気がなくなると立ち止まった。

「……。どうぞ、手早く済ませましょう」

 つぶやく。
 アーカムは杖を抜き、背後を見やる。
 曲がり角の向こうからヌッと人影がでてきた。
 黒い装束に身をつつみ顔を布で隠している。
 手には細い短剣。刃には得体のしれない液体が艶やかにしたたっている。

 危険な香りを漂わせた者どもが、アーカムの前後、狭い路地を塞ぐように次々と洗われた。
 前後に3人ずつ、あわせて6人いる。
 
 アーカムは表情ひとつ変えず「大所帯ですね」とこぼした。

「やあ、こんにちは、兄ちゃん」

 言って顔を隠す布を外したのは聞き覚えのある声の主人であった。
 アーカムはその顔を見て「ネタバラシがはやいのでは」と言った。
 そのこけた頬の男は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 器用なモビ。
 昨日、留置所でアーカムが出会った男であった。

「兄ちゃん、約束どおり、すぐに会うことになっちまったなぁ」
「そうですね。できれば会いたくはなかった。僕も人を殺すのは好きじゃない」
「はは、減らず口を。まあ、喋ることもさしてない。それじゃあ殺すぜ。悪く思うなや」

 瞬間、殺し屋たちは動き出した。

 手にする得物は毒塗りの凶刃。
 斬られれば最後、命はない猛毒である。

 アーカムは前後をチラッとひと目見る。
 後ろのやつらのほうが1秒ほどはやく刃を届かせて来そうだと目測で判断し、アーカムはそちらへ向かって風の放射をおこなった。

「馬鹿が」
「っ」

 アーカムは目を丸くする。
 魔術が発動できないのだ。

 まさかの事態に一瞬の焦燥感が彼を襲った。
 だが、夜空の瞳が捉えていた魔力の流れの乱れが、アーカムに理解できない状況に論理と理屈という安定剤を供給してくれた。

「魔力がほつれる……?」

「俺たちは魔術王国の殺し屋だぜ? 魔術師殺しなんざ珍しくもねえ」

 殺し屋たちが使っていたのは対角線上という限定的な範囲に作用する魔術分解の魔道具であった。複数人の殺し屋で使うことが前提の血に塗れた魔道具だ。魔力の結束を邪魔し、決して世界に”現象”を発生させない効果がある。
 
 前方の殺し屋がちいさな投げナイフを3つ投擲した。
 アーカムの瞳は機敏に射線をとらえ、半身になって避ける。──かと思えば、すれ違いざまに通り過ぎる投げナイフの柄をひとつ掴み、殺し屋へ投げかえした。

「ぐァッ?!」

 まさか魔術師がそんな曲芸をしてくると思っていなかった殺し屋は、のどに投げナイフを突きさされ、血を吐いて、地面にもつれるように転んだ。

(まずひとり)

 アーカムはアマゾディアを抜剣すると、近づいてきた殺し屋の腕を斬り飛ばし、前蹴りで腕を失った殺し屋を蹴っ飛ばし、後続のひとりへぶつける。

 これで後方はしばらく動けない。
 アーカムは前方、器用なモビらがいる方へ向き直る。
 飛翔する投げナイフ。剣で斬り払う。
 
 目の前にすでに殺し屋たちがいる。
 殺し屋2人組はサーベルのような相手をひっかくように斬り毒を通すための得物で、連続で突くように攻撃をくりだした。コンビネーションで繰りだされる攻撃により、単純に手数な2倍になっており隙が見当たらない。
 
 とはいえ、アーカムにはわずかな隙が見える。
 アマゾディアで強めにサーベルを弾くと、一歩踏み込み、殺し屋の腕を掴んだ。
 そのまま武器を取り上げ、サーベルを殺し屋の太ももに刺し、ひとりを無力化。
 コンビネーションの相棒を失い動揺する片割れへ、膝蹴りを鳩尾へ打ちこんで悶絶させ、白目を剥かせた。

「フュ~やるなぁ、んじゃあ今度は俺と遊んでくれよッ!」

 器用なモビは狂気的な色を瞳に宿すと奇形のナイフを両手に持って、素早く走り込んできた。
 その速力、身体にまとう魔力のようなオーラ。間違いなく剣気圧の使い手であり、なんれかの剣術において3段以上の実力を持つ本物の強者であった。
 
 器用なモビの地面を舐めるような低姿勢からの斬りあげ。
 アーカムは下がりながら、剣を横にして受け流す。

(っ、伸びるような独特な斬撃だな)

 想像よりも踏み込んできていたことに感心し、アーカムはなにか変だとすぐに勘づいた。

(普通はそんなに踏み込まない。俺が後ろへ避けなかったら股下抜けてたろ)

「いや、違うな。お前、俺の動きがわかってるのか?」
「へへッ!」

 揺れる瞳孔は冷静とは思えない充血した色をしていた。
 殺人者の狂気ゆえなのか、はたまたなんれかの薬物の作用によるものなのか、アーカムにはいまいちわからなかった。
 
 ただ、アーカムには勘がある。
 危機的な状況であるほどに冴えわたる超直観が。

『あいつの眼、気持ち悪いな!』
(いや、感想はいいんですよ)
『一種の魔眼に違いない! 未来を見ているぞ!』
(なるほど、俺のバックステップが見えてたからかなり余分に踏み込んだってことか)

「あんた未来が見えてんのか」
「……ッ、へへ、流石だね、兄ちゃん! それも勘ってかぁ……で、わかったからどうした!!?」

 器用なモビにはギフトがあった。
 自分の生まれながらの性質にカタチを与え力とする術。
 霊魂魔術と呼ばれる謎多き天然の異能だ。
 モビの場合はこれはヴィジョンであった。
 1秒だけであるが、未来の敵の姿がはっきりと彼には見えるのだ。

 この霊魂魔術ゆえに彼は寸前でさまざまな危険を回避して生きて来たのだ。

 だからこそ彼は魔術王国殺し屋ギルド『ブラックミュージック』にてA級の殺し屋と認められるようになった。

 彼にはあらゆる危険がわかる。
 それは敵を殺すことよりも死を回避する能力が高いということでもある。

 アーカムの度重なる剣の連撃を器用なモビは笑いながら避けていく。

「あっはは! 兄ちゃん、それじゃあ全然だめだ! みえちゃってるもんねェッ!」
「なるほど、たしかに当たる気配がない」

 シンプルなチート。
 ゆえに強力すぎた。

「俺はさ、兄ちゃんみたいに特別な才能を持つやつとの殺し合いが好きなんだよ……魔術の才能なんてからっきしだけどよ、これさえあれば、この霊魂魔術さえ、ありゃよ、俺は最強でいられるんだぜ? わかるだろ、この気持ちよ、兄ちゃんも同じタイプだもんな!」

 器用なモビのがむしゃらな反撃がはじまった。
 アーカムは余分に大きく避けて、剣の間合いから逃れようとする。
 器用なモビは踏み込みすぎるほどに踏みこみ、アーカムを押していく。

「馬鹿発見」
「あ?」

 アーカムは杖の柄で壁をぶっ叩いた。
 次の瞬間になにが起こるのか器用なモビには見えていた。 
 ゆえにすくみあがり、一気に後方へ走り出した。
 
 それでは遅い。
 アーカムの手元より広がる氷が器用なモビにあっと言う間に追いつき、その身体を芯まで凍てつかせてしまった。

「想像力の欠如。お前の敗因だ」
「ば、かな、くそ、くそオォおお!!?」
「1秒後の未来は見えても5秒後の死を想像できなかった。お前は見える情報にとらわれすぎたんだ」
「ぐぁ、ぁああああ!!」

 此度の氷は遠慮のない殺すための冷たさだ。
 器用なモビ含め、戦闘不能で動けなくなっていた殺し屋全員が全身を氷漬けにされ、重度の凍傷におちいり皮膚の表面は即死した。2秒後、皮下まで冷凍が完了した。2秒後には血液が凍り始め、細胞の死滅がはじまる。

 アーカムは白い吐息を吐きながら器用なモビの横を通り過ぎ、なにごともなかったかのように大通りのほうへと戻っていく。

 器用なモビは押し込みすぎたあまり、殺し屋と殺し屋によって挟まれていたアーカムを魔力分解魔道具の効果範囲から逃がしてしまったのだ。

 死にゆく脳裏に留置所のやりとりが想起される。

『またすぐに会えそうだよ、兄ちゃんとは』
『だとすれば、すぐにお別れすることになると思いますよ』
「ぁあ、兄ちゃんの言ったとおり、になった……な、ああは、は……」

 器用なモビは涙を凍らせ、すぐに喋れなくなった。
 路地裏に残されたのは静寂だけであった。
 
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