202 / 306
第六章 怪物派遣公社
殺し屋ギルド、A級、器用なモビ
しおりを挟む巨大樹の宿屋をあとにしたアーカムは、その足でクリスタ家へと向かっていた。
交渉材料を携えたおけげで足取りは軽い。
第3段層の学院前の賑わう通りを進む。
ふと、何か思い出したかのように突然と路地へと入っていく。
そのまま進み、暗い方へ暗い方へ。
やがて人気がなくなると立ち止まった。
「……。どうぞ、手早く済ませましょう」
つぶやく。
アーカムは杖を抜き、背後を見やる。
曲がり角の向こうからヌッと人影がでてきた。
黒い装束に身をつつみ顔を布で隠している。
手には細い短剣。刃には得体のしれない液体が艶やかにしたたっている。
危険な香りを漂わせた者どもが、アーカムの前後、狭い路地を塞ぐように次々と洗われた。
前後に3人ずつ、あわせて6人いる。
アーカムは表情ひとつ変えず「大所帯ですね」とこぼした。
「やあ、こんにちは、兄ちゃん」
言って顔を隠す布を外したのは聞き覚えのある声の主人であった。
アーカムはその顔を見て「ネタバラシがはやいのでは」と言った。
そのこけた頬の男は、ニヤリと笑みを浮かべる。
器用なモビ。
昨日、留置所でアーカムが出会った男であった。
「兄ちゃん、約束どおり、すぐに会うことになっちまったなぁ」
「そうですね。できれば会いたくはなかった。僕も人を殺すのは好きじゃない」
「はは、減らず口を。まあ、喋ることもさしてない。それじゃあ殺すぜ。悪く思うなや」
瞬間、殺し屋たちは動き出した。
手にする得物は毒塗りの凶刃。
斬られれば最後、命はない猛毒である。
アーカムは前後をチラッとひと目見る。
後ろのやつらのほうが1秒ほどはやく刃を届かせて来そうだと目測で判断し、アーカムはそちらへ向かって風の放射をおこなった。
「馬鹿が」
「っ」
アーカムは目を丸くする。
魔術が発動できないのだ。
まさかの事態に一瞬の焦燥感が彼を襲った。
だが、夜空の瞳が捉えていた魔力の流れの乱れが、アーカムに理解できない状況に論理と理屈という安定剤を供給してくれた。
「魔力がほつれる……?」
「俺たちは魔術王国の殺し屋だぜ? 魔術師殺しなんざ珍しくもねえ」
殺し屋たちが使っていたのは対角線上という限定的な範囲に作用する魔術分解の魔道具であった。複数人の殺し屋で使うことが前提の血に塗れた魔道具だ。魔力の結束を邪魔し、決して世界に”現象”を発生させない効果がある。
前方の殺し屋がちいさな投げナイフを3つ投擲した。
アーカムの瞳は機敏に射線をとらえ、半身になって避ける。──かと思えば、すれ違いざまに通り過ぎる投げナイフの柄をひとつ掴み、殺し屋へ投げかえした。
「ぐァッ?!」
まさか魔術師がそんな曲芸をしてくると思っていなかった殺し屋は、のどに投げナイフを突きさされ、血を吐いて、地面にもつれるように転んだ。
(まずひとり)
アーカムはアマゾディアを抜剣すると、近づいてきた殺し屋の腕を斬り飛ばし、前蹴りで腕を失った殺し屋を蹴っ飛ばし、後続のひとりへぶつける。
これで後方はしばらく動けない。
アーカムは前方、器用なモビらがいる方へ向き直る。
飛翔する投げナイフ。剣で斬り払う。
目の前にすでに殺し屋たちがいる。
殺し屋2人組はサーベルのような相手をひっかくように斬り毒を通すための得物で、連続で突くように攻撃をくりだした。コンビネーションで繰りだされる攻撃により、単純に手数な2倍になっており隙が見当たらない。
とはいえ、アーカムにはわずかな隙が見える。
アマゾディアで強めにサーベルを弾くと、一歩踏み込み、殺し屋の腕を掴んだ。
そのまま武器を取り上げ、サーベルを殺し屋の太ももに刺し、ひとりを無力化。
コンビネーションの相棒を失い動揺する片割れへ、膝蹴りを鳩尾へ打ちこんで悶絶させ、白目を剥かせた。
「フュ~やるなぁ、んじゃあ今度は俺と遊んでくれよッ!」
器用なモビは狂気的な色を瞳に宿すと奇形のナイフを両手に持って、素早く走り込んできた。
その速力、身体にまとう魔力のようなオーラ。間違いなく剣気圧の使い手であり、なんれかの剣術において3段以上の実力を持つ本物の強者であった。
器用なモビの地面を舐めるような低姿勢からの斬りあげ。
アーカムは下がりながら、剣を横にして受け流す。
(っ、伸びるような独特な斬撃だな)
想像よりも踏み込んできていたことに感心し、アーカムはなにか変だとすぐに勘づいた。
(普通はそんなに踏み込まない。俺が後ろへ避けなかったら股下抜けてたろ)
「いや、違うな。お前、俺の動きがわかってるのか?」
「へへッ!」
揺れる瞳孔は冷静とは思えない充血した色をしていた。
殺人者の狂気ゆえなのか、はたまたなんれかの薬物の作用によるものなのか、アーカムにはいまいちわからなかった。
ただ、アーカムには勘がある。
危機的な状況であるほどに冴えわたる超直観が。
『あいつの眼、気持ち悪いな!』
(いや、感想はいいんですよ)
『一種の魔眼に違いない! 未来を見ているぞ!』
(なるほど、俺のバックステップが見えてたからかなり余分に踏み込んだってことか)
「あんた未来が見えてんのか」
「……ッ、へへ、流石だね、兄ちゃん! それも勘ってかぁ……で、わかったからどうした!!?」
器用なモビにはギフトがあった。
自分の生まれながらの性質にカタチを与え力とする術。
霊魂魔術と呼ばれる謎多き天然の異能だ。
モビの場合はこれはヴィジョンであった。
1秒だけであるが、未来の敵の姿がはっきりと彼には見えるのだ。
この霊魂魔術ゆえに彼は寸前でさまざまな危険を回避して生きて来たのだ。
だからこそ彼は魔術王国殺し屋ギルド『ブラックミュージック』にてA級の殺し屋と認められるようになった。
彼にはあらゆる危険がわかる。
それは敵を殺すことよりも死を回避する能力が高いということでもある。
アーカムの度重なる剣の連撃を器用なモビは笑いながら避けていく。
「あっはは! 兄ちゃん、それじゃあ全然だめだ! みえちゃってるもんねェッ!」
「なるほど、たしかに当たる気配がない」
シンプルなチート。
ゆえに強力すぎた。
「俺はさ、兄ちゃんみたいに特別な才能を持つやつとの殺し合いが好きなんだよ……魔術の才能なんてからっきしだけどよ、これさえあれば、この霊魂魔術さえ、ありゃよ、俺は最強でいられるんだぜ? わかるだろ、この気持ちよ、兄ちゃんも同じタイプだもんな!」
器用なモビのがむしゃらな反撃がはじまった。
アーカムは余分に大きく避けて、剣の間合いから逃れようとする。
器用なモビは踏み込みすぎるほどに踏みこみ、アーカムを押していく。
「馬鹿発見」
「あ?」
アーカムは杖の柄で壁をぶっ叩いた。
次の瞬間になにが起こるのか器用なモビには見えていた。
ゆえにすくみあがり、一気に後方へ走り出した。
それでは遅い。
アーカムの手元より広がる氷が器用なモビにあっと言う間に追いつき、その身体を芯まで凍てつかせてしまった。
「想像力の欠如。お前の敗因だ」
「ば、かな、くそ、くそオォおお!!?」
「1秒後の未来は見えても5秒後の死を想像できなかった。お前は見える情報にとらわれすぎたんだ」
「ぐぁ、ぁああああ!!」
此度の氷は遠慮のない殺すための冷たさだ。
器用なモビ含め、戦闘不能で動けなくなっていた殺し屋全員が全身を氷漬けにされ、重度の凍傷におちいり皮膚の表面は即死した。2秒後、皮下まで冷凍が完了した。2秒後には血液が凍り始め、細胞の死滅がはじまる。
アーカムは白い吐息を吐きながら器用なモビの横を通り過ぎ、なにごともなかったかのように大通りのほうへと戻っていく。
器用なモビは押し込みすぎたあまり、殺し屋と殺し屋によって挟まれていたアーカムを魔力分解魔道具の効果範囲から逃がしてしまったのだ。
死にゆく脳裏に留置所のやりとりが想起される。
『またすぐに会えそうだよ、兄ちゃんとは』
『だとすれば、すぐにお別れすることになると思いますよ』
「ぁあ、兄ちゃんの言ったとおり、になった……な、ああは、は……」
器用なモビは涙を凍らせ、すぐに喋れなくなった。
路地裏に残されたのは静寂だけであった。
0
お気に入りに追加
573
あなたにおすすめの小説
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~
剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。
モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。
日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。
今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。
そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。
特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。
加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる