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第六章 怪物派遣公社
口の悪いクズだが悪い人間じゃない
しおりを挟むカンピオフォルクス家は怪物派遣公社と繋がっていること、加えて魔術協会のなかでも力のある魔術貴族であることがゲンゼに身動きを取れなくさせている。
俺はなんとかゲンゼを助けてあげたいと思った。
それは理屈とかじゃない。利益とかではない。
ゲンゼの魔術工房をあとにする。
アンナは部屋の隅っこで、子供たちに警戒されるようにひとりでいた。
「アンナ、行きましょう。ここにいても出来るは無さそうです」
「あたしはここに残るよ」
「そうですか? それでもいいですけど……」
「あたしがここにいた方がアーカムはなにかと動きやすいでしょ。あいつらが何かしようとしてきたら、あたしが追い返してあげる」
アンナは言外に自分も権力者との戦いに身を投じてくれると言ってくれていた。
相棒の心意気を無下にする理由もない。
エースカロリの家名に泥を塗るリスクはあるが、彼女が決断したのなら、俺はそれを拒むことはしない。
「ありがとうございます」
「うん。任せて」
暗黒の末裔たちにはフラッシュがいるので大丈夫だとは思うが、ゲンゼの意志を尊重して貴族相手には戦えないかもしえない。そういう時のアンナだ。彼女がいればカンピオフォルクス家が暴力的な手段にでても、まず間違いなく大丈夫だろう。
巨大樹の宿屋をあとにし、スラム街を出て来た。
課題を解決するためにやるべきことはまずはカンピオフォルクス家をどうにかすること。巨大な権力者ゆえゲンゼも俺の家アルドレアも脅されているのだ。
なんとかして力を削ぎたいところではある。
次に怪物派遣公社だ。
ゲンゼが言う事を聞かなくなれば、ノーラン教授はきっとゲンゼを公社に差し出すことだろう。怪物たちの組織。聞くだけに恐ろしい。表に出て来られる前になんとかしたいところだ。
アンナを連れ、俺はドラゴンクラン大魔術学院へとやってきた。
エントランスにある事務室へとやってくる。
「こんにちは」
「あっ、あなたは月間決闘大会の」
「その節はどうも。コートニー・クラークってどこに行けば会えるかわかりますか?」
学院関係者で唯一の顔見知りである事務室の事務員を頼ってみたが、流石にひとりの生徒の所在まで把握してはいなかった。
「もし会いたいのでしたら、クラークさまのお屋敷に行かれてはどうですか?」
「屋敷?」
そういえば、コートニーさん貴族っぽい雰囲気だったか。
「そのお屋敷の場所、教えてもらってもいいですか?」
事務員から入手した情報をもとに、俺は魔術貴族クラーク家の王都別荘があるという場所へと赴く。
第1段層の栄えた街並みからすこし外れたところにその立派なお屋敷はあった。
貴族というものは本来自分たちの領地に本家を構えているが、王都には別荘をもっているものだという。クラーク家も例に漏れず立派な別荘を持っていると言う訳だ。
ちょっとした城なんじゃないかと思う大きな屋敷の手前、緊張しながら扉についた黄金のライオンがくわえるドアノックで玄関扉をたたく。
「ごきげんよう、ミスター。ご訪問のお約束はなかったと思われますが?」
出て来たのはパリッと執事服を着こなしたオールドマンだ。
「突然の訪問、失礼を承知でたずねさせていただきました」
「ふむ、よろしいでしょう。して何用ですかな」
うやうやしい態度を認め、俺の話を聞いてもよいと判断されたらしい。
例えば俺が身なりの汚い浮浪者だったりすれば、剣かあるいは杖で追い返されているところだろう。
「僕はアーカム・アルドレアという者です。貴家のコートニー・クラークさまとは先日のドラゴンクラン大魔術学院の月間決闘大会で栄光の戦いをともにさせていただきました」
「ほう、あなたがコートニーお嬢様のおしゃっていた」
おっしゃっていた? コートニーさんって学校のこととか家の人に話さないタイプかなーとか勝手に思ってたけど、案外そういう訳でもないのかな。
「その節は大変にお嬢様がお世話になりました。いわくお嬢様をして本物の天才と呼ばれる方はアルドレア殿が初めてなものです。さぞ立派な魔術師の方なのだろうとわたしくめはお会いできることを密かな楽しみとしておりました。お会いできて光栄でございます、アルドレア殿」
オールドマンな執事はうやうやしく一礼をしてくれた。
「どうぞおあがり下さい」
「いえ、それほどの長居をするつもりはありませんのでお気遣いなく」
「左様でございますか」
「はい。本日たずねたのはコートニーさまがお会いしたいと思いまして」
「間が少々よろしくなかったようです。まだコートニーさまはお帰りになられておりませんゆえ」
「そうですか」
ドラゴンクランへ今から戻ってすれ違ってもあれだしな。
今日はもう日が暮れるし……日を改めよう。
「アルドレア殿がご足労いただいたことお嬢様にお伝えさせていただきます」
「よろしくお願いします」
執事さんに伝言を頼み、俺は宿屋へ帰った。
宿屋の前ではキサラギが相変わらず群集をはべらせていたが、俺が帰って来るなり「今日は店じまいです。キサラギは皆に解散をうながします」と、ファンたちを散らせた。
「兄さま、今日の稼ぎは67万マニーです」
お兄ちゃん、妹の稼ぎが凄すぎてちょっと情けなくなってきます。
もうキサラギちゃんに養われようかな。
ただいまのお財布はずっしり重く540万マニー入っています。
──翌日
キサラギを放っておくのはちょっと不安な状況になって来たので、キサラギを巨大樹の宿屋に送り届けることにした。
俺はコートニーさんがたずねてくるかもしれないので、しばらくは宿屋にいようと思う。
と、思ったのだが
「おはよう、アルドレア君」
「コートニーさん、おはようございます」
朝からコートニーさんは宿屋を訪ねてくれた。
執事さんに残した伝言が機能したらしい。
「私を呼びつけるなんて良いご身分ね。私は忙しいのだけれど」
でも、来てくれるんだよね。
「わざわざありがとうございます、コートニーさん」
「まあいいわ。要件を言いなさい」
コートニーさんはそう言って肩にかかった黒髪を払った。
「兄さま、Japanese Kawaiiを包み終わりました」
「アルドレア君、そちらの子はあなたの妹さん?」
「そうですよ。キサラギって言います」
「キサラギです。兄さまがいつもお世話になっています」
「ふむ。女の子をたくさんはべらせての旅は楽しそうね。軽蔑するわ」
「いや、妹はノーカンでは」
コートニーさんとキサラギとともに魔球列車に揺られ第3段層を目指す。
今日もコートニーさんは学校らしい。
電車のなかで昨日のことを話すのもあれだったので、学院からちょっと遠めのカフェテリアを見つけてそこで話をすることにした。なお、キサラギは店前で「ゲリラ配信します」とのこと。配信ではないけど。とりあえずいまも窓の外、通りの向こう側で絵を描いてます。
「実は昨日、ちょっと凄いことがありまして」
「ノーラン教授と揉めたそうね」
「……もう聞いてるんですか? 誰から?」
「ノーラン教授ご本人よ」
手回しのはやいことだ。
ノーラン教授とコートニーさんはそれなりに親しげだったし、彼女はこの国の魔術貴族、どう考えても体制側の人間だ。
話をするだけ無駄なのではないだろうか。
「そう怯えなくていいわ」
「怯えてないです」
なんか癪に障ったのでつい言い返してしまう。
「あなたはきっと不安なのでしょう。右も左もわからぬ智慧の都でノーラン教授ほどの大物から敵意を向けられていることが。唯一の知り合いで、魔術王国の内情に精通しているだろう天才で、美少女、おまけに人格者な私さえもあなたの敵になることが」
「どんだけ自分に自信あるんですか」
「あるわよ、私、可愛いでしょう?」
「…………まあ」
天才で美少女までは認めよう。
だが、人格者では絶対にない。
「ノーラン教授には警告をされたわ。『ミスター・アルドレアは暗黒の末裔に心酔した異端者である』って。そして、多くの無礼を重ね、あまつさえカンピオフォルクス家へ宣戦布告、騎士団に一回連行もされてるって」
「若干、脚色されてますけど、おおむねは会ってます」
「ふふ、そう。素直に認めるのね」
「嘘ついても仕方ないですから」
「そうね。私に嘘は通用しない」
コートニーさんはそう言って湯気の立つカップをひとくち含み、透き通った碧眼でこちらを見つめて来る。
「だから、あのノーラン教授が嘘がついてることもわかるわ」
「……。彼は悪徳の人間だ。僕はそれに納得するつもりはないし、声を潜め、目をつむり、耳を塞いで、非道な行いを見過ごすつもりありません」
「そう。……強い眼ね」
「コートーさん、あなたは多少関わりあった人間です。人格者じゃないし、口開けば悪口しか言わないクズみたいなところはありますが、人の道理は弁えた人間だと思っています」
「ずいぶんな言いぐさね。あなた私を味方にする気あるのかしら」
「すみません、つい本音が」
「土を詰めて埋めたくなるほど腹立たしいのだけれど」
俺はすこし身を乗りだし、彼女の眼をまっすぐに見つめる。
「助けてくれませんか。僕はノーラン教授を、彼の家を潰さないといけないんです」
コートニーさんと視線が交差する。
彼女はゆっくりとカップを傾け、ひとくち。
瞑目し、沈思黙考のすえ、目を開いて、こちらを見た。
「……カンピオフォルクス家の躍進をよく思っていない貴族家があるわ。彼らはともに歴史ある魔術貴族家よ。アルドレア君の目的を達成するためには彼らに会うことが必要不可欠でしょうね」
「コートニーさん……ありがとうございます」
「勘違いがはやすぎて呆れて来るわね。これは……そう、未来への投資。無詠唱魔術の使い手であるあなたに借りをつくっておいた方が、ほら、いいでしょ」
なんかすごい言葉選びが雑魚になってる気がするけど、なにも言うまい。
彼女は人格者じゃないし、性格はキツイ、口開けば悪口しか言わないクズみたいなところはあるが、それでも、決して悪い人じゃないんだ。
「魔力結晶の利権を握っている御三家のうち2つ、クリスタ家とエメラルド家。両家との間を取り持ってあげる。私が紹介すれば物事はスムーズに運ぶはずよ」
そう言って彼女はカバンを開いて紙とペンを取り出すと、紹介状をこの場で書いてくれた。
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