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第六章 怪物派遣公社

樹海の魔法使い

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「わたしは昔、魔法法則の使い手でした。緑深い神秘のなかで術を磨き、深淵の渦というものの本質を探究していました。晩年はローレシア魔法王国の名門レトレシア魔法魔術大学の創立をお手伝いもしてたんですよ」
「創立……それって……」
「『樹海の魔法使い』と呼ばれていたのはその頃の話です。わたしは自らの内に宿る草属性の魔力をあやつる能力をつかって不老不死の探求をしていました。理由があった訳ではありません。ただ、誰にもできないことをやりたかったんです。あれは……そうですね、確か24歳の春でしたかね」
「……」
「不老不死の魔術は最終的には完成しませんでした。それどころか、術式の暴走と代償として、わたしとフラッシュは深い眠りにつくことになりました。緑深い森のなか、大きな樹の根下で長い時を超えて、それで目覚めたのがつい15年前のことです」

 ゲンゼが語ることはどれひとつとして俺が理解できるものではなかった。
 だが、嘘を言っている訳もなく、俺は必死にわかろうとした。

 彼女が偉大な魔導の使い手であったこと。
 遥かな時を越えてこの時代に覚醒したこと。

 俺も世界の壁を越えてやってきたのだから、境遇としては似ているのかもしれない。

「目覚めたわたしはすっかり幼くなってました。草属性魔術は傷の癒しを行えることは知っていますよね? わたしは同様の作用で、肉体を若返らせてしまったようなんです。それから旅をしました。フラッシュを目覚めさせようとも思いましたが、当時のわたしの魔力ではまだ無理でした。なので昔とは変わった世界を旅して見てまわることにしたんです。暗黒の末裔への迫害もなくなっていることを期待して。残念ながら昔と変わっていませんでしたけど」

 それじゃあ、ゲンゼはいますこしずつ魔力が戻ってきているってことか。
 7歳の時、ゲンゼが草属性四式魔術を使って俺に呪いを掛けたが、あれは元から彼女が使える魔術で、取り戻した力だったのだろう。

 そう考えると彼女の実力がとてつもない領域にあるのも納得できるというものだ。

「『樹海の魔法使い』ってことはゲンゼが草属性式魔術を作ったんですか?」
「そうとも言えるかもしれません。昔は草属性式魔術というくくりはされてませんでした。どうやら、後の歴史でわたしが使っていた魔術群が体系化されたみたいです。む、でも、そう考えると草の魔力を使える人はほかにもいるでしょうし、やっぱり草属性式魔術を作ったのは別の人ですね、たぶん」

 ゲンゼはそこまで話してからあの日の後のことを話し始めた。

「アーカムと別れたあとは各地を放浪してましたね。安住の地を探してたわけじゃないです。安心と言う意味では森のなかに引きこもっていればいいですから。でも、その、やっぱり寂しかったんです。ひとりで生きるのは。……町から町へ転々としていくなかで悪魔に出会いました。そこからが大変で」
「悪魔? 悪魔ってあの?」
「はい。その悪魔はどうやらわたしの暗黒の末裔という身体を欲しがっていて、それ以来、命を狙われていて……ずっと逃げ続けているんです。ジュブウバリ族の里にわたしが立ち寄ったのは、あの森に封印されていたフラッシュを解放するくらいには力が戻ってきたからです。その時、ちょうどアーカムを拾ったものですから、本当にびっくりしましたよ」
「奇跡的なタイミングですね。というか、ジュブウバリ族の里、ルルクス森林にゲンゼたちは眠っていたんですか?」
「ええ、あの森の奥地で寝てました。永い間」
「全然、気が付かなかったです」
「ふふ、そうでしょうね。アーカムが目を覚ました頃にはフラッシュもわたしもいませんから」
「そうでしたね」
「しばらくは、ドリムナメア聖神国に滞在してました。あそこなら悪魔もうかつには動けないと思いましたから」
「でも、いまはアーケストレスに……」
「悪魔は、正式に言うならばあの悪魔は”怪物派遣公社”の悪魔なんですよ」
「怪物派遣公社の悪魔?」
「はい」

 ゲンゼは重苦しい口調で言った。
 声はわずかに震えているような気がした。

「怪物派遣公社はおそろしい組織です。厄災級の怪物だけで構成された組織で、ほかのコミュニティからはぐれた厄災たちが所属しているとされています。それらを管理しているのが悪魔の中でも異端なる者たちです。それが『公社の悪魔』です。残念なことにドリムナメア聖神国は怪物派遣公社の対応力から守ってはくれませんでした」

 ゲンゼはそののち、東へ東へと戻っていくようにフラッシュと2人で旅をしたという。
 たどり着いた先がアーケストレス魔術王国だ。

「わたしとフラッシュはこの王都にも長居するつもりはありませんでした。旅をし続けることが怪物派遣公社の追っ手を近づけさせない最良の手段であると、経験からわかっていたからです。もちろん、疲れてしまうので腰を落ち着けたい気持ちはありましたけどね」
「でしょうね。旅を続けるのは体力が要りますよ」
「でも、この王都を離れることはもうできないんですよ」
「……。暗黒の末裔たち、ですか」
「フラッシュと2人で王都に着いた後、暗黒の末裔たちが住むスラムがあるという噂を聞いたんです。暗黒の末裔たちは表には出て来ず、裏で売られたり、殺されたりしてしまう子ばかりなので、これまでほかの暗黒の末裔たちを旅のなかで見たこともありませんでした。なので、立ち寄ってみたら、それはもう凄い数の子供たちがいて……彼らはスラムのなかでも特に最下層で苦しんでいたんです」
「ゲンゼとフラッシュは彼らを助けるためにこの地にとどまっていると」
「それが主たる目的です。あとはもうひとつ、カンピオフォルクス家が怪物派遣公社と繋がっているからです」

 ……え?

「どういうことですか……?」
「皮肉な話ですよ。カンピオフォルクス家の当主ノーラン・カンピオフォルクスは公社の悪魔と取引をする闇の魔術師なんです。だから、彼はいつだってわたしの居場所を公社に教えることができる。そして、終わらせることができます」

 ゲンゼはなかば投げやりに、自嘲気に言った。
 
「でも、ノーラン・カンピオフォルクスはそうはしません。なぜだと思いますか」
「ゲンゼに魔力結晶を作らせたほうが利益がでるから、ですか」
「その通りです。彼はわたしに二択を与えているんです。ここで暗黒の末裔たちを生かすためとどまり魔力結晶を作り続けるか、あるいは怪物派遣公社にわたしの身を引き渡すか。だとしたら、どんなにみじめな生き方をしようとも、みんなを守れて、生かしてもらうことが、わたしには最良に思えたんです」

 ゲンゼは「はぁ」っと深いため息をついた。
 耳はしおれ、尻尾はへなり、表情には暗い未来への憂いがある。
 
「わかっていたつもりです。暗黒の末裔にまともな生き方なんてありはしないと」
「そんなことないですよ。クルクマでの時間はたしかに楽しそうに見えましたよ?」
「ふふ、そうですね。あなたとの時間は楽しかったです。わたしはアーカムよりずっとお姉さんですが、心も体も子どもに戻ったわたしにとってあれは誇らしい記憶でした。だから、それで終わりにしたかった。暗澹たる未来があるとわかっていたから。頭の片隅では決して幸せなんか続くわけがないと知っているから。それを望み続けることはとても愚かな選択なんです」

 安寧など存在しない。
 ありえない。それを希望する愚かさ。絶対に裏切られるという確実な予感が、ゲンゼに物事を悲観的に見させるのだろう。

「わたしはアーカムよりお姉さんですから、アーカムよりもちょっとズルいです」
「そうですね。いつも隠し事をしてたみたいですし。僕の魔術を褒めてくれてましたけど、内心じゃ『わたしの魔術の足元にも及びませんね!』とか思ってたんでしょうし」
「ま、まさか! そんな意地悪なこと思ったことないですよ!」
「どうだか」

 ゲンゼはムッとして頬を膨らませる。

「ふふ、なんだかおかしいですね。……さっきも言いましたがわたしはお姉さんなのでズルいです。なので、いまアーカムの気持ちをすこし操っていたりもします」
「……ほう、つまり?」
「わたしがこうして苦しい境遇を話して聞かせることで、優しいアーカムはきっとわたしたちを助けてくれるだろうという打算を踏んでいるんです」

 ゲンゼはどこか得意げな顔で言う。
 優しいアーカム。かつて彼女の口から聞いた、とろけるような甘い言葉だ。
 そして彼女にとっては呪いのような言葉。

「いいですよ。操られてあげましょう。元よりそのつもりですし」
「……ありがとうございます、やっぱりアーカムは優しいですね」
 
 問題はやや難しい。
 怪物派遣公社に狙われるゲンゼ。
 首根っこを押さえているカンピオフォルクス家。
 そして、裏で繋がる公社と闇の魔術師。
 
 なんとかしてゲンゼを助けてあげたい。
 
『アーカム! 私にいい考えがあるぞ!』

 勝利の確定演出がはじまりました。

 話を聞きましょう、超直観くん。

『メスガキに会いに行くのだ!』

 初手1六メスガキ。
 それはなかなか興味深い一手ですな。
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