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第六章 怪物派遣公社
昔の話をしましょう
しおりを挟むゲンゼはホッと息をついて胸を撫でおろしました。
心配をさせてしまったかようだ。
「アーカム、なにもされませんでした?」
「危害は加えられませんでしたよ」
「こんなはやく帰ってこれるなんて……上手くやったんですね」
「どうでしょう。上手いと言うより、相手の手のひらの上のような気がしますけど」
俺とゲンゼは巨釜のちかくの踏み台に腰をおろす。
「もう二度とあんなことしないでください、ゲンゼ」
「……それはわたしが言いたかった台詞ですよ、アーカム。カンピオフォルクス家の当主の弟にあんた態度を取って、いま無事でいられることは奇跡に等しいです」
「ゲンゼのほうだって同じですよ。あんな横暴な貴族のもとにいてよく今日まで生きて来れましたね。どうしてもっと……ゲンゼならいくらでもやりようはあるように思いますけど」
彼女の持つ才能は破格のものだ。
荒事になったとしても彼女は最上級の実力を持っているはずだ。
なのにどうして……。
俺にはゲンゼがこれほどに弱い立場に甘んじていることが納得できない。
ゲンゼを支配下に置いているカンピオフォルクスにも腹が立って仕方がない。
なによりあの横暴な態度だ。
「わたしはアーカムが思ってるよりずっとみじめな生き方をして来たんですよ。泥水をすすり、貴族に買われ……アーカムが想像するより、ずっと情けない人間なんです。……こんな姿見られたくなかったです」
「あいつらをぶっ倒してやればいいじゃないですか」
「アーカムだってそうしなかったじゃないですか。わかっているんでしょう。魔術貴族のおおもとは、魔術貴族に”利権”と財の力を認め、担保している魔術協会だと。カンピオフォルクス家を暴力的手段に訴えて攻撃すれば、それは魔術協会の秩序と、そのメンツに泥を塗る行為です。魔術協会が気づいた貴族位のブランドを揺るがせば最も恐ろしい報復が魔術協会によって行われてしまいます」
わかっていた。
組織を怒らせることは危険だと。
かつての俺のみじめな末路に似ていた。最も俺は緒方にハメられたのだが。
法と秩序の内側にいれば、この世界を覆い尽くすスケールを持つ魔術協会でも動くことはない。今は俺のことを認知すらしてないだろう。
認知されたらおしまいだ。このままいけば、いづれされる。目を付けられる。アルドレア家は有害な存在扱いされてしまう。他ならぬカンピオフォルクス家の働きかけによって。
そうなる前に手を打たなければならない。
「本当にごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって」
「僕が勝手に行動しただけですよ。ゲンゼはなにも悪くないです。こうしたくて、今こうなって、そして困ってる」
「あはは、結局、困っちゃうんですね……」
「算段があって逆らったわけじゃないですから。解決策は今から考えます」
そこで一旦会話は途切れた。
沈黙は居心地が悪くはなかった。
お互いに話題の転換点を手に入れて、それをどう使うか、なんて切り出そうか探っているような。お互いの思考がわかるような不思議な連帯感を感じていた。俺も、きっとゲンゼも何かを話したがっている。
「アーカム、本当はどうなんですか」
「何がですか」
「だからその……」
ゲンゼは言葉を探すように語尾をよわよわしく途切れさせた。
見やれば彼女は頬をわずかに染めてこっちを見ていた。
「その……なんと言いますか……わたしを探してここに来たんですか……?」
言った瞬間、ゲンゼはサッと顔をそらした。
俺は努めて冷静を装って、正直な気持ちで答えた。
「違います」
「…………そうですよね。あはは、すみません、おかしなことを訊きました」
「僕は、もう昔の僕じゃないんだと思います」
重大な裏切りを神に懺悔するような面持ちだったことだろう。
俺は自分の本当に嘘をついた。彼女への愛を伝えたあの夜の自分を裏切った。
時間の風化に耐えられず、いまや気持ちは燻る炎のごとき残照しかない。
一方でもうひとつの真実もある。
俺が彼女に会ってからこのわずかの時間で、燻る炎が確実に、その隆盛を取り戻しつつあるということだ。
それを再び語ることは、あまりにも恥ずかしいことで、かつての無知なガキの俺にできたことが、今の15歳の俺には途方もなく困難なことのように思えた。
なにせ一度、離れた気持ちだ。
それを再び得たと言ったところで、いったいどれほどの真実性がそこに宿ると言うのだろうか。俺は8年間も具体的に彼女を探すことをしてこなかったというのに。
俺にはわからない。
本物の、真実をかつては自信をもって語ったのに。
いまではかつてのゲンゼが語ったように、俺のなかの情熱は幻のようなものだと、俺自身が疑ってならないのである。
俺は確かめるように口を開く。
「あれからの話をしませんか。ちょっとしたリフレッシュで」
「いいですよ。わたしもアーカムの話が聞きたい思ってました」
俺たちはお互いに達観したつもりで、あの日よりこっち側の話をはじめた。
「あの時、あの場所で、アーカムに呪いを掛けて逃げてしまった。手紙を残しましたが、あれは読んでくれましたか?」
「読みましたよ、燃えそうになったんで水で消火して、いまもバンザイデスの兵舎にあるんじゃないですかね。捨てられてなきゃですけど」
「バンザイデス? あの要塞都市に、しかも兵舎に住んでいたんですか? ああ、思えば、アーカムの魔術騎士をあしらう武術には目を見張るものがありましたね」
「あれはバンザイデスで身に着けたんです。テニールっていう師匠がいて──」
俺はそれから多くを語った。
「そう言えば、ジュブウバリ族の里で、ゲンゼは僕を助けてくれましたよね。暗い淀みのなかで生きてるかも死んでるかもわからなかった俺を、ゲンゼが引き抜いてくれた」
「意識があったんですか?」
「ほとんどなかったですけど、ふわふわの耳とゲンゼの顔が記憶に残ってます」
「なんだか恥ずかしいですね。お別れをしたのに、たまたま旅先で出会ってしまうんですから。……あの時のアーカムは酷い有り様でしたよ。人間としての形状をほとんど失っていました」
「……らしいですね」
「一体なにをしたんですか? 永く生きてきましたが、わたしには見当もつきませんでしたよ」
「……。人類絶滅の指導者って知っていますか」
「血の王が作り出した最初の吸血鬼の生き残りたちですね。最近はめっきり聞くことのなかった話題ですけど、2年前のバンザイデスで再び人類に周知されることになりましたね。記憶にまだ新しい出来事です……ん? バンザイデス?」
「そうですよ。あの時、僕はバンザイデスにいて、そこで絶滅指導者と戦いました」
ゲンゼにはなぜか俺が狩人であることを話してしまっていた。
勘が囁いていたのもあって彼女には伝えるべきな気がしたのだ。
「そんな……まさか人類保存ギルドのメンバーになっていたなんて」
「まだ採用前ですよ。僕自身は狩人協会という組織についてなにも知りませんから」
ゲンゼはえらく驚いていた。
俺はそれがなんだか嬉しくなってしまって、ちょっと饒舌に絶滅指導者と戦いを語ったり、その後のジュブウバリ族の里の闇の魔術師たちとオブスクーラとの戦い、ドリムナメア聖神国でのおかしな儀式に巻き込まれ、教会の宣教師とともに悪魔や人狼と戦ったことなどを語った。
ゲンゼは楽しそうに俺の冒険の話に耳を傾けてくれていた。
こうして2人で話をしていると、かつてクルクマで過ごしたなにも知らず、今となっては最も幸せだった時間を思い出すことができた。
「それでこのアーケストレス魔術王国まで来たんですか」
ここまで3カ月ちょっと──おおよそ120日を費やした旅路であった。
「ゲンゼの話を聞かせてくださいよ」
「あまり面白いものではないですよ」
「でも、不公平ですよ。僕もゲンゼのことを知りたいです」
「……そうですか? うーん、そういうことなら……まったく交渉が上手くなりましたね」
「?」
「こほん。では、なにから話しましょうか」
ゲンゼは迷った風に肘を抱く。
「わたしがアーカムに話していないことを話すとなると……」
「それじゃあ、フラッシュのことなんてどうですか? クルクマにいた時はフラッシュは一緒じゃなかったみたいですけど、お兄さんなんですよね?」
「そうですよ。血のつながった兄です。あの人は長いこと草の魔術の呪いで眠っていて……」
ゲンゼはそこまで言って、躊躇するように口を閉ざした。
こちらを見て「わたしの秘密を受け止めてくださいね」と、静かな声で、懇願するような弱々しい声で言った。
「たくさんありそうですけど。頑張りますよ」
「あはは、そうしてください。そうですね、まずはわたしが『樹海の魔法使い』と呼ばれていた時の話をしましょう」
「……ぇ?」
魔法使い……?
「それって六式魔術の使い手だったってことですか……? ゲンゼが……?」
「もうずっと昔のお話です」
言って彼女は微笑むと、先を話しはじめた。
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