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第六章 怪物派遣公社
人のふりしたうじ虫野郎
しおりを挟むピザンチアは8名の騎士を同行させ、俺を騎士団の留置所から移動させた。
「ずいぶんと手厚い歓待ですね。こんなに厚意にしてもらえるなんて感涙します」
「もう余計なことを喋るな、乗れ」
大型の馬車に乗せられる。
チラッと馬車側面につけられた家紋を見る。
案の定、カンピオフォルクス家のものだ。
ピザンチアは確か、兄上とか言っていた。
ノーラン教授と彼は兄弟なのだろう。
「いったいどんな素敵な場所に連れて行かれるんですか」
「もう喋るなと言ったはずだ」
「どうしてあなたの指図を受ける必要が」
喋るたびに馬車内の空気は悪くなり、ピザンチアはいまにも杖を抜きそうだ。
だが、そうはしない。どうなるか先の一件でよくわかっているのだろう。
「アーカム君。品格は大事だ。なによりも。高貴なる品格を守ることが肝要だよ。品格を知らぬ下種な穢れどもを抑圧し続ける。それは決して我々のような品格を獲得するに至らないやつらのためだ」
「興味深い論理ですね。では、あなたも抑圧されてみては。どうやら品格の獲得とやらに失敗しているようですので」
「……不愉快な田舎貴族め」
どうやら俺の家のことをすこし調べられたようだ。
最初会った時より、わずかに言葉を選んでいるのは、俺が貴族の子息だとわかったからだろう。
やがて馬車は止まる。
第三段層にあるカンピオフォルクス家の別荘についた。
おおきく立派な屋敷であった。
なかに通され分厚い絨毯のしかれた廊下を歩き奥の部屋の前まできた。
ピザンチアは顎で示して、なかに入るように言ってくる。
入室。
大きな窓と差し込む光を背に彼は立っていた。
「ミスター・アルドレア」
『結晶の魔術師』ノーラン・カンピオフォルクス
彼はゆったりとした所作で椅子をすすめて来る。
俺は腰かけ、向かい側にノーラン教授は座る。
「さて、いきなり話題に移るのもどうかとは思うのだが、あまり悠長な話をする雰囲気でもないだろう」
ノーラン教授は両手をあわせ、一泊置いて本題に入った。
「どうやら、我々のあいだに不幸な行き違いがあったようだ。ミスター・アルドレア、君はピザンチアたちを攻撃した。それは、なんというか、意味を理解しての攻撃だったのだろうか」
「やや曲解されていますよ、ノーラン教授。彼は僕の友へ、許されない侮辱をした。どうして、友の名誉を傷つけられたままでいられましょうか」
「その友、というのは一体どのような人物かね。まさか、穢れた暗黒の末裔とは言うまいね、ミスター・アルドレア」
ノーラン教授は強い語気で問うてきた。
言外に「この質問の返答を間違えるなよ」という遠回しな脅迫である。
「穢れてなどいません。侮辱はおやめください、ノーラン教授」
ノーラン教授はこめかみに手を当て、悩むような素振りを見せて来る。
「君はどうやらかなり特殊な、異端的思想の持ち主だったようだ。ミスター・アルドレア、君は天才だ。だが、若い。間違いもするだろう。それゆえに勢いのあまり、お互いにとって不利益でしかない対立を招いてしまうこともあるだろう」
「ノーラン教授、あなたのやっていることをヴォラフィオーレ殿から聞きました」
ゲンゼディーフ・ヴォラフィオーレ。
それが彼女の名なのだろう。
「あなたはあの憐れな獣人たちの生み出した魔力結晶を、到底適正とは思えない不公平な取引でもって売買している」
「不公平な取引? カンピオフォルクス家がしていると? 発言を撤回したまへ、それは許されない屈辱的なものだ」
「この程度、彼らが味わった苦しみに比べたらなんのこともないでしょう」
「……ミスター・アルドレア、君はいま迷走している。よく考え、冷静な判断ができていないんだ。君は根本的に間違えている。彼らの苦しみは大罪によるものだ。やつらを助長させれば、人間の世界に我が物顔で歩く隙を与えれば、すぐに本性をあらわすのだ。やつらは獣。人間のなかにさえ、獣性をあらわにし、卑しい生き方をする者がいるが、やつらはそれらよりもずっと酷い。心の穢れがその身体にまで発現しているのだからな」
「彼らが卑しい生き方をするのは、見捨てられた環境ゆえです。そのなかで懸命に生きてる」
ゲンゼディーフと過ごした日々を覚えている。
彼女はいままでずっと痛みに耐えて来たのだ。
俺はなにひとつ知らなかった。呪いの恐ろしさを。
「私たちカンピオフォルクスは、あの卑しき日陰者どもに、意義のある職務をあたえ、都市のエネルギーの充足に貢献させている。そのどこに不公平な取引がある。殺されないことをありがたがるべきは穢れたちだ」
ノーラン教授は声を荒げて言った。
大声をだして、ふと、我に返ったようだ。
「ミスター・アルドレア、私は寛大だ。君の蛮行は水に流そう。このことは忘れ、お互いに取引相手にもどろう。憎しみも、恨みも、持ちこまない、クールな関係に」
キサラギの魔力結晶は必要だ。
彼女を助けるためには、絶対に手に入れないといけない。
そのためには目の前の男に頼るのが法に従う以上最善だともわかる。
もちろん、そんなことは百も承知である。
「私は君を評価している。無詠唱魔術の使い手。天才などと言う言葉では足らない才能だ。今後とも君のアルドレア家とは良好な関係を築きたい。わかるね? お互いの家にとってこれは有意義なことだ。だから、私は、私の大切な親族が脅かされたことを忘れる。君は、君の友がいたことを忘れなさい。あれは家畜にも劣る醜悪な命にすぎないのだから」
「……よくわかりました」
「わかってくれたか。ありがとう、ミスター・アルドレア」
ノーラン教授は俺の肩に手を置き、満足げにうなづく。
「魔術師というのは理知的であるべきだ。私と君は、ともに紳士として付き合える。理解を示してくれて本当にありがとう」
俺はノーラン教授の手首をつかむ。
「はい、よくわかりました。あなたが人の振りをしたうじ虫野郎だって」
教授の手をそっと払いのける。
ノーラン教授は熱の失われた冷ややかな眼差しで俺を見下ろしてくる。
「どうしてわかってくれないのだ……ああ、……残念だよ。本当に残念だよ、ミスター・アルドレア」
「僕もです。ノーラン教授。あなたを信じたかった。何かの間違いかもしれないって。そう最後まで諦めたくありませんでした」
この命、ベストを尽くして生きると決めた。
自分の正しさを諦めない。長い物に巻かれるだけの人生は一回で満足した。
俺はこいつの手を取らない。
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