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第六章 怪物派遣公社
魔力結晶をめぐる事情
しおりを挟む俺はゲンゼにことのあらましを話した。
彼女はパット側の肩を持つだろうし、保護者的な立場ならば、彼の罪をごまかそうとするかもしれない。
ただ、きっと、正直に話してくれるはずだ。
「そうですか、そんなことが。嫌な予感はしてたんです。みんなで作業する時間になってもパットもリンリンもシュミットも姿を現さないから……」
「ひえ!」
踏み台に乗ってたパットが尻尾を股のしたにしまい込む。
ゲンゼが恐い顔してるのかな、とか思う。そういえば、怒ってるゲンゼって見たことないかもな俺。
「これは本当に大変なことになりましたね……」
「どういうことですか?」
「はぁ……。ちょっと考える時間をください、アーカム」
ゲンゼはそう言って押し黙る。
パットが巨釜の縁で心配そうに内側をのぞきこんでいる。
そんな不思議な時間が過ぎ去り、ゲンゼは意を決したように「アーカムには話したほうがよさそうですね」と結論を出してくれた。
「パット、すこし部屋を出ていてください。大事な話を彼とします」
「は、はい……」
「お仕置きはあとで」
「うぅ……」
パットは耳と尻尾をしゅんっとしぼませてトボトボと魔術工房を出て行った。
パタンっと扉のしまる音がして、十分に間を置いてからゲンゼは話はじめた。
「わたしと暗黒の末裔たちはここで魔力結晶をつくっています」
「……みたいですね」
話の切り出しが、魔力結晶の話題だったことにどこか落胆している自分がいた。
パットを追い出すものだから、てっきり昔の話でも切り出してくれるものかと。
いやいや、俺は何を考えているんだ。
そういう雰囲気にしなかったのは俺の方なのに。
自分が面倒くさい人になってる自覚が湧いてきて自己嫌悪に陥りそうだ。
「わたしには魔力結晶をつくる能力があって、暗黒の末裔たちにもその能力があります」
「種族的な才能って意味ですか」
「そうですよ。ふふ、相変わらず勘が鋭いですね」
最近は自我を持って喋り出してもいますけどね。
「わたしたち『暗黒の獣』の末裔にはすべからく土属性式魔術の適正があるんです。わたしはいくつかの手順を踏んで、魔術を知らない暗黒の末裔たちでも、その才能を利用できるようにスクロールを編纂し、それで魔力結晶をつくってもらっているんです」
暗黒の末裔ならだれでも魔力結晶をつくれる即席キットということか。
革命的な発明だな。
「だから、アーカム、パットが取って来た魔力結晶はうちで造られた物で間違いありません。加えて言えば、それはわたしがつくった物でしょうし」
「ゲンゼはなんでもできるんですね。草属性四式魔術とか、土属性とか、魔力結晶も、魔道具の発明も」
「アーカムが知ってるわたしなんて偽りの塊ですよ……わたしはたくさん嘘をついてましたから」
「……」
「こほん。話を戻します。アーカムが魔力結晶を買おうとした相手、それはおそらくノーラン・カンピオフォルクスですね」
「そうですよ。知り合いが紹介してくれた魔力結晶に関する第一人者だって。『結晶の魔術師』って呼ばれるくらいの大物らしいですね」
「その雰囲気だと、まだ知り合ってさほど経っていないようですね」
「ちょっと会って、商談をしただけですよ。高純度の魔力結晶の融通を約束してくれましたし、印象も良かったんですぐに話はまとまりましたよ」
実際、物事はすごくスムーズに進んでた。
「よかったです。アーカムが彼と長年の付き合いとかだったら、わたしはかなり困ったことになってましたから」
「どういう意味ですか?」
「端的に言うならば、彼はわたしたちにとっての暴君です」
「暴君、ですか」
「彼は魔術貴族家カンピオフォルクス家の【結晶術式】という魔術刻印を受け継いだカンピオフォルクス家の現当主です。アーカムにはあまり馴染みがないかもしれませんが、アーケストレス魔術王国では貴族というものは、領地の保有しているほかに、”利権”を保有していることが大事なんです。カンピオフォルクス家は魔力結晶に関するあらゆる商取引に口を出す権利をもっていて、その力は絶大です」
魔力結晶の利権。
エネルギー供給を握っていると言っても過言ではない貴族なのか。
前世で言えばマナニウム資源の産出場を持っているとか、ひと昔前で言えば天然ガスや石油を握っているに等しい立場と言う訳かな。
確かに相当に凄そうだ、カンピオフォルクス家。
「アーケストレス魔術王国の魔術貴族は魔術世界で新しい発見や、魔術の開発・進化をすると、利権を獲得します。現代の魔力結晶をめぐる利権は主に3つの主要魔術貴族がいて、『カンピオフォルクス家』と『クリスタ家』、もっとも古い『エメラルド家』があります。わたしたちの作った魔力結晶はカンピオフォルクス家に買い取られて市場に出る契約になっているんです」
「カンピオフォルクス家を通さないと魔力結晶を売ってはいけないんですか?」
「そういうルールなので」
なんとなく話が見えてきた。
パットがノーラン教授を泥棒呼ばわりした理由。
ゲンゼが暴君と形容した理由。
「ノーラン教授はゲンゼたちに正当な対価を払ってるんですか?」
「あはは、アーカムは話がはやくて助かります。そうですね、いわゆる搾取というやつなんでしょうね……」
「パットが持ってたあの魔力結晶……」
「あれは1万マニーくらいで買われてしまいましたね」
おいおい……嘘だろ……ノーラン教授……。
A1クラスで500万マニーの価値があるって教えてくれたのあんただぜ……。
「品質はいくらくらいあったんですか。A1くらいはありますか?」
「傑作と言うほどじゃないですけど、A2はあったと思います」
A1よりも上の品質?
ゲンゼはそんなものが作れるのか?
「もしかして、ゲンゼの魔力結晶はノーラン教授のものよりも高品質なんですか?」
「そうですね。専門じゃないですけど、当代の魔術師では一番うまく魔力結晶をつくる自信はありますよ」
ちょい待てい。
ゲンゼがチートすぎる。
なんか知るたびに俺が思ってたゲンゼ像とかけ離れていくんだけど。
なんで魔力結晶に命かけてるノーラン教授よりも上手く作れちゃうの。
「パットがノーラン教授から盗んできたのは、その不当な取引を知ったからなんです。それに便乗してリンリンとシュミットも勝手に飛びだして行ってしまって……それが、きっとアーカムが目撃した窃盗の現場だったんでしょう」
パット、リンリン、シュミット。
確かにあそこには3人のもふもふがいた。
無茶な取引を強いられれば下請けは断れない。
親元のノーラン教授に一矢報いようとした意志は、俺にとっては実に好ましい輝かしい反撃だ。俺が緒方やイセカイテックを裏切ったのと近しい感情だろう。
俺はゲンゼの言を信じよう。
そして、信じるとということは、今度はノーラン教授を疑おう。
というか疑うも何もないのだが。
ここまで聞けばもうわかる。
ノーラン教授が魔力結晶を盗まれたとて、被害者とはとても思えない。
むしろ搾取の張本人ではないか。
ん? でも、待てよ。
パットのやつ普通にノーラン教授から魔力結晶盗んでたよな。
そんなことして平気なのか?
親元からとんでもない制裁が課されるんじゃないか。
ましてや暗黒の末裔だ。都市のスラムに身を寄せ合うようあ彼らが、カンピオフォルクス家に見逃してもらえるのか……?
「ゲンゼ、実はいますごく不味い状況じゃないですか」
「アーカム」
「はい」
「本当にまずい状況です」
ゲンゼは泣きそうな声で言った。
親元に噛みつくのは結構。
だが、あとの制裁は……途方もなく恐ろしい。
俺はそれを知っている。覚悟ができていないのならやるべきではないことも。
不幸なことに、パットとその仲間も無謀な勇気が、途方もなく恐ろしい制裁を招こうとしている。
その時、想像よりもずっとはやくやってきた。
魔術工房の外が騒がしくなっているのに気付いた。
「なんですかね」
「……どうやら、もう来たみたいですね。報復です」
「おい! 穢れた畜生ども! 貴様らの長をだせ!」
怒声が扉越しにも聞こえてくる。
子供達だろうか、わんわんと泣き、悲鳴がいくつも折り重なっている。
「アーカム、いま魔力シードの呪いを解除しました。この縄をほどいてください。わたしがいかないと」
「……でも、今、出ていったらタダじゃ済まないんじゃ、あいつら、絶対に暗黒の末裔に容赦しませんよ?」
どう考えても穏やかに済みそうにない。
「なにを今更言ってるんですか。そんなことわかってますよ……ずっと耐えて来たんですから……昔、言いましたよね、これが呪われた血の運命だと。アーカム、あなたは知らない。それに知ってほしくなかったです。きっと惨めな姿を見せることになりますから」
「……ゲンゼ」
「アーカム、お願い。あなた想像できる悲劇じゃ済まなくなる。はやく縄をほどいて」
ゲンゼの声に余裕はなく、その温度はひどく冷たかった。
いつだって穏やかで、凛としていて、でも優しくて、どこか気弱で……。
いつも俺の半歩後ろをついてきて……。でも、あれはもう遠い幻想……。
ゲンゼは、穏やかに生きていたあの時でさえ、ずっとひとりで、過酷で暗い運命を見つめていた。だから、優しさで俺のもとを去った。
俺は本当になにも知らなかったのか。
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