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第六章 怪物派遣公社
捕獲済みゲンゼディーフ
しおりを挟むまだ喉に詰まったような痛みが残っている。
7歳のあの日、本当にいろいろなことが起こったあの日、彼女が残していった呪いの魔術・魔力シード。
彼女は俺に輝かしい未来を垣間見て、そしてクルクマを去った。
くしゃくしゃになるほどに手紙を読み込んだのでわかってるつもりだ。
すべては優しさゆえだと思ってる。
俺が視野の狭いガキだと思っていたのだろう。
好意など悪い冗談だと。気の迷いだと。
若き性急な判断で暗黒の末裔などという身分を近くに置くのは間違いだ。それは大きな負債になると。
時間が経って、彼女の言葉を思い出した。
段階はさらに進み、熱を帯びていた想いは風化し、もはや燻る炭の温かさほど。
だが、その温もりは確かに本物だった証拠に今では思える。
俺は視野の狭いガキだと罵られても仕方ないほどに、結果論で言えば、ずっと子供みたいな前世を過ごしてしまった。
だから、転生して新しい世界に来たからと言って、精神の積み重ねた時間ほど達観していないし、踏んでいるべき場数を知らないし、女なんか触ったこともなかった。
彼女の言葉・考えは、間違いではあるが、同時に正しかったのだ。
俺はガキだった。ガキじゃないが、ガキだった。
それが、2度目の人生15年目の俺が至った、過去の俺への評価だ。
いきなりの事でどうすればいいかわからない。
はっきり言ってもう会えないと思ってた。
探すつもりだったのは本当だ。時間の風化によって燻る炎が完全に消え去るまで。
幸運なことに再会は向こうからやってきたが、だからと言って心の準備ができていない。
俺には現状、いくつものやるべき事ができてしまった。
もう7歳の、魔術を勉強し、名を売り、キャリアを気づく、失敗のないパーフェクトでエリートな人生──そんなことを考えていたアーカム・アルドレアはいない。
8年経った。多くを背負った。
ずいぶんと体は重たくなった。
「アーカム、大丈夫?」
「お兄さん、まだ調子悪いの?」
いけないな。
ずいぶん考え込んでいたように思う。
やるべきことがある。
家族のもとへ帰らなければならない。
師匠の無事を確かめなければならない。
超能力者どもに備えなければならない。
キサラギを助けなくてはならない。
そのために魔力結晶を手に入れなければならない。
やることは変わってない。
ただ、俺の過去が思わぬところで顔をだしてきて、すこし動揺しただけだ。
やるべきことをやろう。
今はそれでいいはずだ。
俺は自分に言い聞かせる。
問題の先送りだとどこかで後ろめたさと罪悪感のようなものがわだかっていたが、無理にそれを飲み込んで、ベッドから起きあがった。
「ありがとうございます、パット。助けてくれたんですね」
「いきなり倒れちゃったからびっくりしちゃった」
「もう大丈夫です。すっかり良くなりました」
言ってふわふわの耳を撫でる。
「アンナ、なにがあったんですか」
「盗人を見失って高いところに上って町を見てたら、アーカムが走ってるのを見つけたんだよ。あんたひとりで事足りてそうだったから、尾行してたんだ」
「いるなら言ってくれれば良いのに」
「あんたそのまま、そこの黒わんわんといっしょにこの建物に入っていくから、あたしも突入したの。なぜか逃げようとする賢者わんわんを見つけたから、捕獲して、縛っておいた」
そんな乱暴なお話がありますか?
大丈夫かなぁ……暗黒の末裔たちに恨まれない?
「ごめんなさい、うちのアンナが賢者さんに手荒なマネをしちゃったみたいで」
「みんな下の階ですごく不安そうにしてるから、あとで謝ってほしいな、お兄さん」
俺はパットとアンナに案内され、階段を降りる。
階下では暗黒の末裔たちが魔力結晶をつくる手を止めて不安そうにしていた。
俺たちが降りて来るなり、子供たちは泣きそうになって大人たちへ駆け寄っている。
よく見れば床のうでに何人か男が倒れている。
アンナがやったに違いない。
子供たちがめちゃくちゃ恐がっているのはアンナが暴れた現場を目撃したからに違いない。
「落ち着いて。アンナは恐くないです」
「うわああああん!」
「殴られる……っ、ぼこされる……!」
「ぼこしゃれる! ふぇぇぇぇえんっ!
「パット。アンナの誤解を解いてあげることはできますか?」
「どうだろう、ぼくも恐いし……」
一体なにをしたんだアンナっち。
「ここは任せて。暗黒の末裔たちが妙なことをしないか監視してる。アーカムは賢者わんわんを拷問してていいよ」
「拷問なんてしませんよ」
「聞いたか?! あいつら賢者さまを拷問するって……!」
ほらもう。
余計な恐怖をばらまく。めっ、アンナ、めっ。
とにかくここで誤解を解くのは難しい。
ともすれば、彼らを説得できるのは……やっぱり、彼女しかいないか。
「アンナ、こっちに誰も来ないように見守りお願いします」
「うん、任せて」
「誰も殴っちゃダメですよ」
「大丈夫だよ、恐がらせなければいいんでしょ」
アンナはそう言うと近くの椅子をひきよせ、足を組んで、コートのポケットに手を突っ込み扉の監視者となった。
これで片手に酒瓶でも持ってれば女海賊首領みたいな様相である。
貫禄ありすぎ。
俺はパットを連れて、さっき眠らされた魔術工房へ。
「ゲンゼは……賢者さまはどんな風に縛ってましたか?」
「あの恐いお姉さんはこう縄でぐるぐる巻きにして芋虫みたいに」
やってることが悪党すぎて弁明できません。
「それで奥の霊薬調合用の巨釜のなかに……」
「それ罪人を処刑するやり方では?」
「巨釜はからっぽだったよ」
ほっ。アンナもまだまだ未知数な性格してるから、たまに本当に変なこと平気でやりそうで怖い。
魔術工房へ戻って来た。
さっき気絶した場所だ。
奥に巨釜が見える。
すぐ近くまでやってきた。
なかは覗き込まない。
顔を見れば、あるいは耳を見ただけでも呪いが発動するかもわからない。
しかし、デカい釜だ。俺の頭ほどもある。
これでいったい何を煮込むのか……。
霊薬学の知識はあいにくと無いので見当もつかない。
「パット、巨釜のなかに賢者さまいますか?」
パットは巨釜の近くの踏み台に乗っかり、なかを覗き込み、「賢者さま、アーカムさんが来たよ」と話しかけている。
どうやら全身ぐるぐる巻きにされて捕獲された憐れなゲンゼディーフが、そこで横になっているらしい。
「…………なるほど、考えましたね。確かにこれなら魔力シードは起動しません」
結果的にこういうカタチになってるだけだけどね。
ふむ、しかし、この声……ゲンゼだ。
凛とした声が本当に懐かしい。
「久しぶりです。まさかこんなところで会うとは思ってませんでしたよ」
「わたしもです。まさか……ええ、本当にまさかまさかです」
お互いに沈黙する。
なにから話したものか。
言いたいことはたくさんある。
訊きたいことはもっとある。
俺は乾いた唇を下で湿らせ、数十秒に渡る違和感しかない沈黙の末に口を開いた。
「僕がここに来た理由は魔力結晶です。僕はいま高純度の魔力結晶を必要としていまして……街中でその魔力結晶を、そこのパットに盗まれてしまったんです」
俺は努めて静かな声で、感情の揺らぎなどなく、過去への未練もなく、あたかももう昔のアーカム・アルドレアの残滓は1mmも存在しないと伝えるつもりで喋った。
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