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第六章 怪物派遣公社
月間決闘大会 3
しおりを挟む「ドラゴンクランに属さず冒険者などをやるものは貧しい家柄で、辺境の田舎者と決まっている。多少魔術の心得はあるうようだが、それも対モンスター用に前衛のうしろにこそこそ隠れて安全に行使しているだけなのだろう。決闘を知らない魔術だ」
「なるほど。そういう理屈でがっかりと」
「ふん、まあ、そういうわけさ。手加減はしない。おそらく一撃で沈むことになるが気を落とすな。貴様とコートニー・クラークはヴァンパイアスカーレットから4点取ったサークルとして歴史に名を刻む」
「僕が負けても、すでに4点取ってる以上、この勝負は引き分けなのでは」
最大8戦。5点先取。
向こうがここから連勝4回しても4対4じゃないのかな。
「たわけが。ルールも知らんのか。戦える選手がいなくなった時点でそのサークルはルール上の裁定負けだ」
審判が掛け声をし、最後の決闘がはじまる。
ヴァンパイアスカーレットの選手は詠唱をはじめる。
「風の精霊よ、力を与えたまへ
──《ウィンダ》」
風の弾が飛んでくる。
コートニーさんは頑張った。
なので彼女より地味な勝利でもってこの月間決闘大会の優勝をプレゼントしよう。
向かってくる《ウィンダ》を同じく《ウィンダ》で打ち消し、すぐさま俺もまた《ウィンダ》を撃ちかえす。
ヴァンパイアスカーレットの選手は二撃目の《ウィンダ》で、俺の二撃目をレジスト。
三撃目を俺は放つ。
相手は追いついてこない。
ヴァンパイアスカーレットの選手が宙を舞い、決闘魔法陣の外へふっ飛んでいった。
──1時間後
「誰が想像したか! 新暦3062年秋一月は『にゃんにゃんキャット』の優勝だ!」
大歓声があがり、中庭に拍手の波がひろがる。
壇上で表彰されるコートニーさんはにべもなく賞状を受け取り、これまた笑顔のひとつもなく、ただ冷淡に、すかすかの壇上に立っていた。
俺は多少、微笑み程度には笑顔をつくっていたので、彼女にももう少し頑張ってほしかった。
行事が終わり、生徒たちが解散していくなか、運営委員会のメンバーであるコートニーさんは片づけをすると言って向こうへ行ってしまった。
打ち上げとかやらないのかな、と青春に中てられたチェリーおじさん的思考で椅子やらテントの片づけを手伝った。
「なにをしているの、アルドレア君」
「大会運営の手伝いですが」
「……そう。それじゃあよろしく」
俺が事前に思ってたのはこういう仕事だったのだよ。
片付けが終わったのは、午後4時くらいだった。
俺は人気のなくなった校門で待機していた。
コートニーさんは撤収作業完了の報告を先生方にしてくるとか。
さほど長い時間学校にいたわけじゃないが……なんか良いなとは思えた。
俺の学生時代は暗澹たるものだった。
なんなら社会人時代も暗澹たるものだった。あれ、暗澹が過ぎませんかねぇ。
そこそこ整った顔に産まれたことと、能力を有しているということが俺のなかで無意識の自信を形成しているおかげか、いまは同年代の若者が集うこの場所が恐くない。
それに暗澹たる学生時代のなかでも、いくつかある輝かしい記憶を思い出せた。
とても懐かしい気分だ。
実際、学校行事なんかはそこそこ楽しい──もっとも、ほかの奴らは俺の何倍も行事を楽しんでいたのかもしれないが──。
「不審者を発見したわ。とりあえず騎士団に突きだすけれど構わないかしら」
「構います。ええ、全然構います」
背後からそんなことを言いながらやってくるコートニーさん。
俺のすぐそばで立ち止まる。
「あなたを雇えてよかったわ」
「はい、こちらこそ。貴重な体験でした。ありがとうございます」
「そう。それじゃあ……」
コートニーさんは言葉を探しているようだった。
「これで解散ね」とか言いだすのだろう。
わかるぞ。群れるのがカッコ悪いと斜に構えていた時期が俺にもありましたよっと。
世間ではぼっちと揶揄される種族であったからな。なお俺は孤独なる影と呼んでたが。
「僕、お腹が空いてしまいましたよ。決闘て体力使うんですね」
「そう? ……そうね、貧しい者に施しを与えるのもまた一興ね」
コートニーさんはそう言うと、肩にかかった髪を払い「ついて来てもいいわよ」と、先んじて歩きだした。
露店がならぶ通りにやってきた。
月間決闘大会帰りの生徒たちで大変に賑やかな通りだ。
「なにが食べたいの。卑しい欲望を告白してみなさい」
空腹と言うのはそれほど卑しい欲望でしょうか。
「それじゃあ串焼きで」
「串焼きの起源は先住民が木の枝に獣の肉をさして焼いた野蛮な食とされているわ。そんなものを食べていては知性の低下を招くと思うのだけれど」
「なんです、そのド偏見。……己の見聞を広めることを諦めた魔術師にさらなる成長はないように思えますがね」
「……なにが言いたいのか、ちょっとよくわからないのだけれど」
「別にいいんですよ。恐いのなら仕方ないですもんね。まあ、僕は食べれますけど」
「見くびられたものね。串焼き程度で優位性を確保できると思っているその浅はかな思慮を打ち砕いてあげる。──失礼、店主さん、串焼きを2本もらえるかしら?」
コートニーさんにご馳走になる。
適当な路地のこじんまりとした階段に腰を下ろし、俺はホクホクの鶏肉をひと口。
塩と胡椒で味付けがされたごくシンプルな料理だが、それゆえに絶品だ。
「ん? コートニーさん、食べないんですか」
串焼きをひっくり返したり、回して見たりして、観察を繰り返す謎の行動をしている。
「この串、非常に危険ね。油断して正面からかぶりつこうものなら捕食者の食道に癒えることのない致命傷を負わせる設計になっているわ」
この人はなにを言っているのだろうか。
「どうやって食べれば……」
「もしかして串焼き食べるのはじめてですか」
「ちょっと黙っててくれるかしら。今、思考を深めているのよ」
初めてなようです。
「こうやって食べるんですよ」
別に難しくもない。串を横に持ってお肉をスライドさせるように引き抜く。
コートニーさんは不機嫌そうな顔をして「そういう考え方もあるのね」と、同じようにして食べはじめた。
前々から思っていたが、彼女はかなりお嬢さまなのかもしれない。
串焼きを食べれないという事実を知って、疑いは確信に変わりつつある。
「アルドレア君、あなたはどこへ向かっているの」
「旅の目的地という意味ですか?」
「そう。どうして旅をしているのか。どうしてそれほどの才能を持っているのに学校でさらなる深淵への探求に取り組まないのか。あなたを知るほどに理解に苦しむのだけれど」
「いろいろあったんですよ。話すと長くなりますけど」
「いいわ。今日は珍しく時間が空いているもの」
「そうですか」
俺はコートニーさんにバンザイデスでの奇妙な経験を語った。
もちろん、絶滅指導者クトゥルファーンとの戦いには言及しなかったが。
「ローレシア魔法王国キンドロ領バンザイデス。吸血鬼で有名になった場所ね。あそこにいたなんて」
「きっと吸血鬼の血の魔術のせいなんでしょう。僕は相棒といっしょに遠くへ飛ばされて──」
長き旅の物語を語った。
「それでローレシアに戻ろうとしてるんです。まずは家族に無事を伝えないといけませんから」
それに師匠もだ。
テニール・レザージャック、あの爺さんの誇りと意思を継ぐことは、俺がこの世界で生きる意味でもある。
「ローレシアに帰る。それでようやく僕たち奪われた時間は動き出すんです」
「存外、波乱万丈な人生を送っているのね」
「こんな予定じゃなかったんですけどね。もっとなんというか、勉強して、認められて、偉くなって……みたいなのを想像してました」
お金をいっぱい稼いだり、アルドレア家を大きくしたりね。
子供のころはそんなことを思ってたな。
コートニーさんは「そう」とちいさな声で言うと、それっきり黙ってしまいました。
俺から切り出す話題がないかを探し「コートニーさんはなんでドラゴンクランに?」と、同じような質問をした。
「たいした理由なんかないわ。それこそあなたと同じよ。偉くなって、家を継ぐ。それだけ」
お互いに明言はしなかったが、お互いに貴族の生まれなことはなんとなくわかっていたと思う。
それを確定させなかったのは、いまのこの妙な関係が存外悪くないと思えていたからかもしれない。
「アルドレア君、あなた決闘サークルに残る気はない」
唐突に言われた。
「残るもなにも僕は助っ人ですよ」
「では、正式にサークルメンバーになるかどうかを聞くとするわ。認めざるを得ない事実として、あなたは一流、いえ、おそらく稀代の魔術師。ここら辺で囲んでおくのも悪くないと思うのよ」
「全部言葉にでちゃってますよ、コートニーさん」
俺、囲まれがち。
「ふふ、冗談よ」
彼女はそう言って薄く微笑んだ。
「いまはまだドラゴンクランに腰を落ち着かせることはできません」
「そうでしょうね。忘れてくれて構わないわ。ただ、言ってみただけだから」
コートニーさんはそう言うが、いささか声の調子が低くなった気がした。
「実は師匠がドラゴンクランの出身でして。推薦状はもらってるんです」
俺はカイロさんからもらった封蠟された手紙を見せる。
コートニーさんは手紙をそっと受け取る。
「この紋様……氷属性式魔術のブラスマント家のものね」
流石だ。すぐにわかるのか。
「ブラスマントの魔術師があなたにこれを?」
「はい。ドラゴンクランがきっと僕の役に立つ、と言ってくれました。なので旅が終わればいづれ僕はあの学院に行くかもしれません」
俺は路地の隙間からのぞく、霊峰を背負った巨大な城を見上げる。
「その時はコートニーさん、また一緒に戦えるかも」
「……そう。では、あなたを『にゃんにゃんキャット』のメンバーとして予約しておくわ。ほかへの移籍は契約違反として厳しく取り締まるということで」
「どんくらい厳しいんです」
「そうね。土を詰めて埋める、とかかしら」
コートニーさんはそう言うと、とても楽しそうな笑みを浮かべた。
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