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第六章 怪物派遣公社

魔力結晶を求めて

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「それでその女について行くことになったと」
「はい。アンナは引き続きキサラギちゃんをよろしくお願いします」
「うん。わかった。気を付けて」

 宿屋でアンナとキサラギに行先を伝えた。
 
「まさかあのような血迷った行動に意味があったとは。キサラギは兄さまの計算能力の高さに驚きを隠せません」
「ふん、まあね」

 俺も驚きを隠せてないんだけどね。

 というわけで宿屋をあとにする。
 フロントから表の通りにでるとコートニーさんが道の脇ほうでしゃがんでいた。
 なにをしているのか不思議に思い、そっと近づいてみる。

「にゃお、にゃー」

 コートニーさんはどうやら猫を見ていたようだ。
 猫と呼ばれるものはこの世界ではモンスター扱いで名はニャオと言う。
 無害でよく町のなかにいる。たまに野生のニャオに出会うと集団で襲って来て物品を盗んでいく。なかなかに強かなモンスターだ。
 愛くるしいので異世界でも愛好家の多い種族である。

 コートニーさんは猫へ手を伸ばす。
 でも、触れられないのか、あと少しのところで手先が止まってしまう。

「にゅー、にゃー、にゃおにゃおー」
 
 うーん。
 不思議な光景だ。
 でも、決定的な瞬間でもある気がする。
 というわけで声をかけます。

「にゃーん。にゃー」
「あの、何してるんですか」
「……」

 コートニーさん、そっと立ちあがり、こちらへ振り返りました。

「どうやら人の背後に立って会話を盗み聞きする癖があるようね。人をさんざん待たせておいて、いざ遅れて来たら相手の弱みを握り、卑劣な交渉をはじめようとするのね。浅ましい男。死になさい」
「待たせたって言っても5分くらいですけど……」
「私は先を急いでいるのよ。町へ出て来たのだって用事があったからであって……とにかくやるべきことがたくさんあるの」

 そう言うと彼女はスッと俺の横を抜けていく。
 ぐゥ~っと、なんだか気の抜けた音が響いた。
 思わず通行人が振り返るほどの音だ。

「ああ~お腹空いちゃったな~お昼はなにを食べようかなあ~」

 俺は大袈裟に言って見せる。
 通行人はなんともなしに行ってしまった。
 そうそう、高飛車な魔術師がまさかお腹空かせているなんてことないからね、行った行った。

 コートニーさんを見やればあっちを向いたままだ。
 仕方ないので腹の虫を盛大にならした主へスッと先ほど買ったパンを差し出す。

「これ僕はもういらないんで、よかったらあげますよ」
「……いらないわ」
「そうですか。それじゃあ、食べきれないし捨てちゃいますね」
「もったいないことをするのね。いいわ、捨てると言うのなら受け取っておくわ。別にお腹が空いてるとかではないけれど」

 はい、そうですか。

「じゃあ、行きましょう。魔術協会の本部、行くのが楽しみです」
「そう。なら楽しみにしているといいわ。あなたが見たどの支部よりも立派でしょうから」

 コートニーさん、心なしか少し口調が柔らかくなったかな。

 魔術協会は山の麓にひろがる地上部を0段層と数えた場合の4段層目にある。
 そのため魔球列車を使っていく必要がある。

 宿からほど近い駅に辿り付く。
 魔球列車を待つ。
 その間、コートニーさんのむしゃむしゃする音が彼女と俺のすべてであった。
 
「ひとつ訊くわ」

 パンを食べ終え、コートニーさんはこちらを見ずに言った。

「決闘魔法陣での話。詠唱をしているようには見えなかったけど」

 ふむ。
 無詠唱魔術だから、って説明するのは簡単だ。
 それで納得するかどうかは別の話だ。
 
 アディはすごく驚いていたし、エレントバッハさんも、わんわん、じゃなくて我が師カイロさんも難解な表情を最初はしたものだ。

 多くの魔術師にとって、やはり無詠唱魔術というのは一般的ではなく、おそるべき高等技術──自分で言うのもあれだが──であることは自明である。
 
 別に隠すつもりはない。
 かと言ってひけらかすのは無用な嫉妬を生みかねない。
 ことこのコートニー・クラークという少女は、俺を舐め腐っているきらいがある。きらいと言うか、実際に舐め腐ってる。

 ……まあ、嘘ついても仕方ないので話すけどさ。

「僕は詠唱をせずに魔術を行使することができます」
「信じられないことをさらっと言うのね。でも、それはきっと真実なのでしょう」
「ええ」

 意外と物わかりがいい。
 というかあんまり驚かれなかったのがちょっとショック。
 え、なに、俺、ひけらかしたくないとか言っておいて、いざ言ったらリアクション求めるとかめんどくさい彼女みたいじゃん。彼女いたことないけど。

「驚いているわ。私が出会ったどんな魔術師も成しえなかった法則にたどり着いた魔術師がいる。誰も開拓していない神秘領域を見つけた……そんなあなたを私は尊敬しているわ」
「そうですか。あんまり敬われているようには思えなかったんですけど」
「あなたが度重なる失礼を重ねるから……言い出すタイミングを失わせたのはそちらよ。反省してほしいものね」

 はあ。
 というと、あれですか、俺を称賛するのと罵倒するのとが渋滞して、後者がここにいたるまで勝ち続けていたという事ですね。
 にゃーにゃー言って自爆したのは俺のせいじゃないと思いますけど。あの話は蒸し返さないほうが我が身の為かな。

 そのうち魔球列車がやってきて、俺とコートニーさんは乗り込んだ。
 すぐに出発し「4段層までは30分と言ったところね」と、懐中時計を取り出して、ごく澄ました表情で告げた。

「歳はいくつ。ずいぶん若く見えるけれど」
「15です。コートニーさんは」
「教える必要があるの?」

 秘密と。
 
「どこの学生かしら。ドラゴンクランの学生じゃないわよね。学院では見ない顔だし、無詠唱魔術の使い手ならとっくに名が知れ渡って、私が知らないわけがない」
「学校には行ってません。年齢的に通えなかったのもありますけど」
「才能自慢? 嫌味な性格が滲み出ているわよ」

 そういうつもりじゃないです。

「羨ましい話だわ。私はあまり才能がなかったから」
「魔術等級はいくつですか」
「それを直接尋ねるのは無粋じゃないかしら。自身の浅学と常識のなさをひけらかすのはやめなさい──『土の三式魔術師』よ」

 コートニーさん鼻高々に言いました。
 枕詞による攻撃力に誤魔化されてるが、俺は騙されない。俺は知ってる。魔術師の常識というか、そこらへんの価値観というか、なにが凄くて何が凄くないのか、みたいな、ね。
 この女、才能がないとかほざいてますが明らかに自慢して来てる。
 そして現実にとてつもない才能を持っている。

「生家はローレシア魔法王国で、父が魔術師でした。僕はそこで今扱える魔術のほとんどを修めました」

 話していると懐かしい記憶が蘇る。
 アディに内緒で魔術研究をし、バレた時はどうなることかとヒヤヒヤしたが、アディはむしろそれを喜んでくれて後押ししてくれた。

「まだ尋問は終わってないのだけれど、そろそろ、4段層に着いてしまうわね」

 いま尋問って言いました?

 コートニーさんはスッと立ち上がるとそのまま降りていった。
 魔球列車はなかなかに揺れるので若干おしりが痛かったから、ようやく立つことができて解放された気分だった。

 魔術協会は駅からほど近くにあり、すこし歩けば辿りついた。
 協会のまえは大きな噴水広場になっていた。
 門構えが実に荘厳で、協会の紋章が描かれた旗が12本、門の左右に6本ずつたなびいている。紋章は二翼の竜が絡み合い、中心に宝玉をかたどったものだ。

「宝玉は竜が人に与えた智慧そのものとされているのよ」
「へえ、詳しいんですね」
「勉強になったでしょう」

 噴水広場には紺色のローブを身に纏った者たちがたくさんいます。
 魔術協会員らしいです。
 ほかには冒険者と思わしき者。
 冒険者はスクロールや魔術関連のアイテムを買いに来ているのだろう。
 
 開けっ放しの両開き扉を抜けて協会のなかへ。
 
「クラーク様、ようこそおいでくださいました」
「ノーラン教授はいるかしら」
「いらっしゃいます」

 コートニーさんは受付でごく短いやり取りをして協会の奥へ。
 俺も遅れずついて行く。

 魔術協会のなかはまるで迷路のようになっていた。
 奥へ進むほど、だんだんと冒険者や一般の訪問者の姿が少なくなっていく。

 すれ違う紺色ローブに身を包んだ魔術師たちは、俺の顔見てすこしだけ「え、こいつ入って来てるけど」みたいな顔をする。
 が、コートニーさんを見れば特になにも言わずにすれ違ってくれる。
 きっと彼女がいるから俺はここまで来れているのだろう。

 奥まった一室をノックするコートニーさん。
「どうぞ」となかから返事が返って来た。

「失礼します」
「おや、これはこれはミス・クラーク、わざわざ協会のほうへ赴くなんて何用かね」

 低い声は奥の戸棚でなにやら作業中の魔術師のものだった。
 かっぷくの良い初老の男性だ。ほかの協会員と同じく紺色の魔術ローブに身をつつんでいるが、この人のものは装飾が凝っている。

「む、見ない顔だ」
「彼は……自分で言いなさい」
「アーカム・アルドレアです。よろしくお願いします」

 いまいち何をよろしくしてるのかわからんけどね。

「アルドレア。どこかで聞いたような気がするが」
「っ、もしかしたら僕の父かもしれません。魔術協会で仕事していて論文をいくつか発表していましたから」
「ほう、なるほど。あとで文献を少し探してみよう。ああ、紹介が遅れてたね。私はノーラン・カンピオフォルクス。『結晶の魔術師』と呼ばれている」

 俺は皮の厚い手と握手をかわした。
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