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第六章 怪物派遣公社

アーケストレス魔術王国へ

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 アーカムたちは都市国家連合ペグ・クリストファ最東端の都市国家クリスト・ベリアに到着し、まだ明るいうちに宿を見つけることにした。

「まいど」

 アーカムは馬屋の主人にマニー銀貨を渡して、宿屋のフロントへと戻った。 
 アーカムだけ1人部屋だ。
 メンバーが3人になったので、必然的に二つ部屋を取る必要がでた。
 そうなると、部屋割りを考える必要もでてきて、ごく自然な流れで女子2人が部屋を共有することになった。
 
 アーカムは部屋に戻るなり、先ほど道端で買った新聞に目を通す。
 新聞と言ってもほとんどビラのようなものである。

「クリスト・カトレアの製紙産業が強いからペグ・クリストファ全体に新聞のシステムが普及してるんだなぁ」

 記事には聖獣の話題と、クリスト・カトレアに現れた黒い巨人たちのことが書かれていた。遥か古いおとぎの聖獣が街中に現れ、そして死んだこと。大地の底から氷の柱が伸びたこと。
 当事者であったアーカムにとっては特ダネに驚くことはなかったが、思うところはあった。

 ほんの十数日前にドリムナメア聖神国からペグ・クリストファ都市国家連合へ入り、そしてクリスト・テンパラーで聖獣によって荒らされた街を見た。

「結局、テンパラーを荒らした者の正体はなんだったんだ……」

 アーカムの脳裏にはいまだに街中に刻まれた足跡と城壁に空けられた巨大な穴の光景が鮮明に残っている。
 
「都市国家にはそれぞれ聖獣がいるってテンパラーで出会った老人は言っていた。聖獣はテンパラーの王家を攻撃したって言ってた。クリスト・カトレアに犯人がいると思ってたけど、でも、いたのはフェンロレン・カトレアの上澄みで、しかもキサラギに仕留められたあとだった」

 ペグ・クリストファで最初に見たあの町の風景。
 惨劇の主はまだどこかにいるのだ。

「うーん、それとも、あれも超能力者たちの仕業だったのか。ありえそうだな。そもそも、あいつらはイセカイテック本社に対抗するために力を蓄えてたみたいだし」

 推測することはできるが、すでにそのすべてを封印した手前『神々の円卓』がいったい何をしようとしていたのか知る術はない。
 自力で脱出されることはない。
 だが超能力者の不安が消えることはない。

 クリスト・テンパラーを壊した聖獣。
 その存在はアーカムの頭の片隅に残ることになった。

 ────

 ──数日後

 クリスト・ベリアの町を軽く見てまわった。
 キサラギが再び「アンナとキサラギの間に格差を感じます」と言い出したので、旅装としてお揃いのモノクロの洒落た外套を買ったり、「ブラックコフィンにも新しいマントが欲しいです」と言うので、デカい布地を調達したり、新しくできた妹にそこそこふりまわされながらも十分に旅の疲れをとることができた。

 俺たちはいざアーケストレス魔術王国へと旅立った。

 アーケストレス魔術王国はクリスト・ベリアから7日ほど東へ進めば国境にたどり着く。

 荒涼とした大地から生い茂る森が見えて来たのなら、そこはもうアーケストレス魔術王国の領内ととらえることができるだろう。

 深い森は街道によって一刀両断されたように切り開かれており、街道沿いにはいくつもの町があった。
 道中、町に寄って旅をつづけた。
 冒険者ギルドに寄ってクエストをこなすことはしなかった。

 路銀の心配はなかったからだ。
 ブラスマント王家カトレア王家からたんまりと報奨金をもらえたおかげだ。
 下心があったわけじゃないが、結果としてあの都市国家での戦いは俺たちの旅の日程を大幅に短縮させてくれたように思う。

 アーケストレス魔術王国内に入って、5日ほど経つと左手に立派な山脈が目立つようになった。

「すごく大きいね」

 アンナは馬に揺られながらつぶやいた。

「あれは竜の山脈って言うんですよ」
「へえ。なんで知ってるの」
「この前の町で宿屋の主人に訊きました」

 アンナは他人と積極的にコミュニケーションをとらない。
 俺もあまり得意じゃないが、前世とは違う生き方をする以上、意外とたまたま居合わせた他人とスモールトークをすることはある。

「数百キロ連なる大山脈で、アーケストレス魔術王国を西から東へ横断してます」
「東から西じゃだめなの」
「……それじゃあ、東から西へ横断してます」

 どっちでもいいでしょ。
 揚げ足取らないのアンナ、めっ!

「竜の山脈と言うからには、あそこにはドラゴンがいるのです。キサラギは1年ほど前にあの山脈の麓にいきました」
「へえ、そうなんですか。なんのために?」
「キサラギはドラゴンを見てかったのです。王都ではドラゴンを見れませんでしたから」

 ドラゴン。
 想像しうるなかでも最大級の怪物だ。
 ファンタジーの中でもとりわけ強大な存在として描かれてるけど、キサラギちゃん、そんなのに興味本位で向かって言っちゃだめでしょ。

「麓の町で悪さをするドラゴンがいると聞いたので、キサラギは冒険者たちに同行することにしました」
「キサラギちゃん、冒険者登録してるんですか?」
「はい。キサラギは身分を取得することが異世界での社会的信用を担保するうえで有益だと考えました」

 なるほど。
 確かにキサラギちゃんには出生がない。
 俺にはアルドレアという家があるし、貴族としての身分もあるから気にしたことなかったけど、この世界では身分がない人間は生きづらい。
 
 冒険者という身分は、冒険者ギルドが誇る強大なネットワークのおかげで超国家的な身分保障を行ってくれる。

 流石はマナニューロAIだ。効率的である。

「ところで、キサラギちゃん、冒険者等級は?」
「半年ほど前にS級に昇級しました」
「へ、へえ……すごいですね(※C級)」

 キサラギちゃん、さてはヤバい強い……?

「……。すみません、兄さま。キサラギが優秀で。キサラギが選ばれし冒険者で本当に申し訳ないと思います」

 くっ、どこでマウントを取ることを学んだんだ!

「それで、どうだった」

 アンナがたずねる。
 そわそわしてる。この人は戦闘狂だからねぇ。
 気になっちゃってるのかな。

「ドラゴンの尻尾を斬りました。第三世代のマナニウム高密度合金と比較しても劣らない硬度がありました」

 合金と? めっちゃ硬そう。

「あと一歩のところまで追い詰めましたが、キサラギはドラゴン狩りをやめました」
「どうしてですか。せっかくドラゴンスレイヤーになれるところだったのに」
「なにも悪い事をしていないのに、殺してしまうのは可哀想だとキサラギは気づいたのです。そこでキサラギは世の情けをドラゴンに教えてあげることにしました」

 そっかぁ。
 
「ドラゴンはそれ以降、悪さをしなくなりました。どうやら繁殖期のドラゴンは麓まで降りて来て、魔道具や魔術工芸品を盗んでいくことは珍しくないようです。ドラゴンもストレスを抱えていたのだな、とキサラギは子育てを頑張る母親に共感をしめしました。いつかキサラギも子育てをすることになるでしょう」

 なるかなぁ……ならないかもしれないなぁ……。

 キサラギいわく、ドラゴンはキラキラした物が好きなので、ストレスのせいで犯行に及ぶそう。そんなんで厄災級の怪物に襲われたらたまったもんじゃない。
 ただ、まあ、人間をパクパク食べるとかじゃないだけマシ、かな?


 ──さらに数日後


「立派な城壁が見えて来ましたね」

 街道の先、森のなかにそびえる城壁が出現した。
 左手の竜の山脈には、巨人の階段とも形容するべき4つの段層があり、山の斜面にもたれかかるように町が形成されている。

「懐かしい気分です。キサラギは懐古という言葉の意味を理解しました」
「ここが王都アーケストレスですか」

 魔術王国へ足を踏み入れて20日後。
 俺たちは魔術の都へと到達した。
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