169 / 306
第五章 都市国家の聖獣
氷の賢者
しおりを挟むアーカムはメレオレの杖をぶらりと下げた無防備な状態で歩み寄る。
「もう魔力が残っていないように思います」
「どうしてそんなことがわかるのだ。のこのこと氷盾の後ろから姿を現すとは。いまその顔を氷で打ってやるわん」
「無理ですよ」
アーカムはわずかに語気を強めて言った。
澄んだ宝石のような瞳は、カイロをじっと見つめている。
「この眼のことを言いませんでしたか。魔力の流れが僕には見えています。カイロさんの魔術発動をはじめてみたわけじゃない。そっちの魔力残量もおおかた目途がつきます。もうほとんど残ってない」
カイロは耳をしょんぼりとしぼませる。
逆立っていた毛も寝てしまい、闘志が薄れていく。
「くーん」
カイロのもとに上澄みの大狼がやってきて、悲しげに鼻を鳴らした。
「魔力獣、解除……わん」
上澄みは魔力の粒子となって霞のように消え、カイロの指輪へと吸い込まれていく。
「まるで生きていないみたいです」
アーカムは今しがた消えた上澄みのいた場所を見つめてつぶやく。
「生きてなどいないわん……すべては我の魔力獣の魔術……その造物すぎない……わん」
「そうだったんですか? それじゃあフェンロレン・カトレアの上澄みっていうのは……」
「聖獣の身から湧いた守護者たち、それを我には操ることなどできなかった。これはただの人形遊びだ。フェンロレン・カトレアの上澄みに似せて我が編み出し、そしてそれを操って、聖獣の使徒のつもりでいただけなのだ……わん」
カイロは寂しげに告白する。
「噴水広場で死んでいたあの大きな狼の死体は? 魔力獣ならどうしてわざわざあそこに死体を残したんですか?」
「あれは上澄みだ。本物のな。我の知らないところで本物の聖獣の使徒は戦い、そして死んだ。だから、後任として我は聖獣フェンロレン・カトレアの代行者となっただけにすぎない。……もっとも、お前のほうがふさわしいようだが。わん」
(フェンロレン・カトレアの上澄み、それはこれまでに見た無数の狼たちではなく、ただ一匹の大狼を示す言葉だったのか。そして、その大狼はとっくに死んでいた)
「お前を倒せば我も聖獣にとって特別な存在になれると思った……わん」
アーカムは同情する。
「僕はなんて返せばいいんですか」
「なにも言う必要はない。惨めなだけだわん」
「わかりました」
「……。はあ、もう戻るぞ。ここにいつまでもいても仕方ないわん」
アーカムとカイロは聖域をあとにし、書庫まで戻って来た。
「渡したい物があると言ったな。わん」
「ああ、そう言えばそうでした。カイロさんに言われたから書庫に来たんでした」
「アーカム、いる?」
書庫へアンナが入って来た。
暗く埃っぽい室内を見渡してアーカムとカイロの姿を認めると、つかつかとやってくる。
「報奨金がもらえた。路銀には十分だと思う」
「ありがとうございます、アンナ」
「……。なんか二人とも焦げ臭いけど」
「気にしないでください。たいしたことじゃないです」
カイロは黙したまま冷汗をかく。
アーカムに負かされたとアンナの耳に入れば「負け犬わんわん」とかからかわれると思ったからである。
「こほん。これが渡そうと思っていた物だわん」
ゆえにアンナが勘付く前にそうそうに話を進めた。
アーカムは「これは」と、カイロに渡された薄い本を手に取る。
古びた表紙の本だ。何度も読み返された形跡がありくたびれている。
ただ保存状態は良く、記された神秘の知恵は読み取れる。
「氷属性四式魔術の魔導書だ。わん」
「《ウルト・ポーラー》、ですか」
「ああ。お前なら修められるだろう。それを修めれば『氷の賢者』を名乗る資格があろうと言うものだ。わん」
「いいですか、もらっても」
「誰がやると言った。わん」
「いや、カイロさんが……」
「貸すだけだ。ここで学んでいけわん」
(属性魔術のなかでも四式魔術以降は、アディが買ってくれた魔導書にも載ってなかったしな。たしか利権関係の問題とか……そんなんだったかな?)
ふと、アーカムは思い出す。
「そういえば、四式魔術以降は魔法学校じゃないと学べないとか聞いたんですけど」
「ああ、それなら問題ない。厳密には師が必要という意味合いだ。称号として『賢者』を名乗る場合、その能力の保証者が必要だからわん。多くの魔術師は師を魔法学校で見つけるわん」
(はあ、なるほど。魔法学校に行く意味はより高等な魔術を学ぶのと同時に、師を見つけて保証人になってもらう、という意味合いも大きいのか)
アーカムはひとつ勉強になったとうなづく。
「アーカム、お前、師はいるのか。わん」
(師ねえ……まあ、順当に考えれば……)
「いますよ。アディフランツ・アルドレア。僕の父親です」
「ふむ。我と一緒だ。わん。アルドレアは魔術を代々修める家系らしい」
「ええ。父は偉大な魔術師です」
アーカムは胸を張って言った。
「であるならば、我を第二の師として仰ぐと言い。まあ、自分より才能で劣る者を師とするのに抵抗があるかもしれないが……それでも、お前の保証人くらいにはなってやれる」
アーカムは即決する。
「よろしくお願いします」
3人は聖域へと移動する。
そこでカイロとアーカムの魔術修練がはじまった。
アンナは隅っこのほうで壁に背をあずけ、つまらなそうに見学している。
「《ウルト・ポーラー》は氷属性式魔術の奥義だ。聖獣を起源とする魔術で、その使い手はおそらく世界でもカトレア家の者のみだ。わん。真髄はやはり聖獣の神秘を学ぶことにある。いくつかの魔法学校で科目として取り入れられているが、聖獣のいる領域で修練する機会のない者どもに《ウルト・ポーラー》まで辿り着いた魔術師がいるとは思えん。……わん」」
「え、そんな魔術を教えてもらってもいいんですか……」
「お前が救国の英雄だから伝えるのだ。わん」
(丸め込み政策の一環でもあると。たしかに『氷の賢者』を名乗ってたら表向きにはカトレアと知己の仲だってわかるのか。いや、表だからブラスマント家の、かな?)
「よし少し魔力が戻って来たわん」
「流石は聖域の回復効果ですね」
「離れていろ、手本を見せる。わん」
カイロは杖を構える、深く息を吸いこむ。
「白の星よ、氷雪の力をここに
あまねく神秘を、聖獣の御手へ還せ
彼が目を覚まさぬうちに、世界を零へ導きたまへ
幻氷の地に立つ、我ら彼方の脈々となる
──《ウルト・ポーラー》」
詠唱を終えるとともに、杖を軽く一振り。
白銀の魔力が練り上げられていく。
アーカムの瞳には高密度の魔力粒子たちが氷へと姿を変えていく現象がありありと見えていた。
その一粒一粒をカイロの意識がコントロールし、巨大な氷を地面から生やして見せた。
高さ15m近い氷の茨が複雑に絡み合ったような見事な狼のスタチューである。
孤高の狼を思わせるように天を見上げて吠えている。
アーカムは「おお、お見事」と拍手する。
「《ポーラー》なら氷の道具を、《アルト・ポーラー》なら巨大な獣を氷漬けにし、《イルト・ポーラー》ならば家屋ごと霜のなかに沈め、《ウルト・ポーラー》ならば城塞すら凍てつかせることができよう。わん」
カイロは汗を軽く拭い、一歩さがる。
アーカムは杖を片手に、もう片方の手に魔導書を開いたまま持つ。
ちなみにここに来る途中ですでに本は読み終えており、気になる箇所も何度も履修済みだ。
アーカムの持つ魔眼が高性能すぎて、速読の能力も神の領域あがっているのだ。
そして、読んだ内容は超直観というハイセンスのおかげで素早く彼のなかに蓄積され、肌感覚レベルまで昇華される。
「白の星よ、氷雪の力をここに
あまねく神秘を、聖獣の御手へ還せ
彼が目を覚まさぬうちに、世界を零へ導きたまへ
幻氷の地に立つ、我ら彼方の脈々となる
──《ウルト・ポーラー》」
アーカムはスンっと軽く杖を振った。
すると、ズガっと巨大な氷角が天高く飛びだした。
カイロの作り出したスタチューのように茨の装飾や、孤高の狼を表現するような繊細さはないが、とにかくデカく、天高く伸びている。
カイロはそのデカさを見上げて、羨望に目を細めた。
(20……いや、25mはあるか。……流石だ、アーカム)
「なにわん。このブサイクな氷の塊は。まるで美意識が見られないわん」
「すみません。カイロさんすごいですね。あんな繊細に魔力を練り上げられるなんて」
「鍛錬に費やした時間が違う。簡単にマネされては師としてメンツが立たないわん」
カイロはそう言ってから、やや自嘲気に笑う。
(今更、メンツもなにもないか)
「カイロさん、本当にありがとうございました、超能力者と次に戦う時にこの力は役に立ちます」
「やつらの残党がまだいるのだったな……。いいだろう、我とクリスト・カトレアはお前の戦いを支援してやる。情報があればお前のもとへ伝えてやる。わん」
カイロはそういい尻尾でアーカムの足をぺしっと叩く。
「もう夜も遅い。帰るとよい『氷の賢者』よ」
新しい肩書きで呼ばれ、アーカムは呆けた顔をしたが「はい」としっかりとした返事をかえした。
アーカム・アルドレアは『氷の賢者』となった。
0
お気に入りに追加
579
あなたにおすすめの小説
異世界メイドに就職しました!!
ウツ。
ファンタジー
本日、九ノ葉楓(ここのはかえで)は就職試験に臨んでいた。
普通に仕事をして、普通に生きていく。
そう決めた彼女を突如眩暈が襲う。
意識を失い、次に目を覚ますと、楓はスピカというメイドになっていた。
王国?!魔法?!
「ここって異世界…?!」
見たことのない世界に驚きながらも、彼女はメイドとして働き始める。
なぜ彼女は異世界へ召喚されたのか。
彼女に与えられた使命とは。
バトルあり、恋愛ありの異世界ファンタジー。
漫画版も連載中です。そちらもよろしくお願いします。
封魔剣舞 - 倒した魔物を魔石化する剣技と「魔石ガチャ」で冒険者無双 -
花京院 光
ファンタジー
十五歳で成人を迎え、冒険者になる夢を叶えるために旅に出たユリウスは「魔石ガチャ」を授かった。魔石は魔物が体内に秘める魔力の結晶。魔石ガチャは魔石を投入してレバーを回すと反則級の魔法道具を作り出す力を持っていた。
ユリウスは旅の途中で「討伐した魔物を魔石化する力」を持つ剣士に弟子入りし、魔石化の力を得た。
魔物を討伐して魔石を集め、ガチャの力で魔法道具を量産し、最高の冒険者を目指しながら仲間達と成り上がるハイファンタジー小説です。
※完結まで毎週水曜、土曜、十二時に更新予定。
※タイトルの読み方は封魔剣舞(ふうまけんぶ)です。
※小説家になろうでも掲載しております。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!
酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。
スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ
個人差はあるが5〜8歳で開花する。
そのスキルによって今後の人生が決まる。
しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。
世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。
カイアスもスキルは開花しなかった。
しかし、それは気付いていないだけだった。
遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!!
それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~
うみ
ファンタジー
恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。
いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。
モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。
そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。
モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。
その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。
稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。
『箱を開けるモ』
「餌は待てと言ってるだろうに」
とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる