168 / 306
第五章 都市国家の聖獣
越えなくてはいけない壁
しおりを挟むカイロ・カトレアはカトレア家の末妹として生まれた。
産まれた時にはまだ姉妹の何人かは人間の姿を取っていた。
聖獣の祝福を受けられるのは大変に誇りある事だ。
尻尾と耳は神話のチカラに触れた証であるからだ。
だが、往々にして聖獣の神秘を宿した者は、その先で人を失う。
カトレアの当主はそれが定めだと考えていた。
聖獣の姿に近づくことが正しい道だと考えていた。
では、人間の姿に戻れるカイロは未熟なのか。
姉妹の中で最も優れた魔術師であり、聖獣フェンロレン・カトレアの上澄みたちと誰よりも共鳴し、今では手足のように扱うことができる。
カトレア王はカイロを異端だと考えていた。
自分の娘ながら獣と人間のふたつを保ったままの彼女が異様に映った。
語尾が娘だけわんなのも気になった。
わざとやっているわけではなさそうだ。
しかし、自分の語尾にはわんなどというあざとい現象は起きていない。
いったいこの差はどこからやってきているのだろうか。
カイロが氷属性四式魔術を会得し、魔導書に書かれた内容を完全に理解し、現実に神秘を手繰り寄せた時、カトレア王はその才能に目を瞑った。
自分の娘はもしかしたらカトレアの到達点なのかもしれない。
彼女ならばあるいは聖獣フェンロレン・カトレアに見えるのかもしれない。
ただ、その時が訪れる前に聖獣の姿を目撃した者が現れた。
カイロは一族の期待を知っていた。
いまはもう人間ではなくなった彼らの求道すらも背負ってここまで修行してきた。
産まれた時から魔術と聖域での交信を行った。
ドラゴンクラン大魔術学院へ赴き、そこで魔術の勉強をした。
聖獣を源流にする氷属性式魔術をかの学院に伝え、おなじく氷属性式魔術の適正を持っていた唯一の教授を上回る超越的な魔術を披露した。
もう”半世紀”近くも前の話である。
それからは城の地下に長らく閉じこもり、そしてカイロは研鑽を重ね、聖獣のチカラを内に宿す術を模索してきた。
聖獣に見え、そして理解する。
信仰は学術へ。次元の思索を得る。
カトレアは正当なる探求者なのだ。
カイロは思う。
(アーカム、貴様は我が人生の真ん中に突然として現れた壁だ。星の運命が貴様をこの地へ導いたのには意味があったはずだ。やはり我はその意味を知らなければならない。どうして我ではなく、カトレアの一族の誰でもなく、お前なのだ。教えてくれアーカム)
カイロは大狼となり、アーカムをギロっと見下ろす。
(聖獣、見えているか。ここで、今この場所で、我はやつを打ち破る。そうすれば我にもその姿を見せてくれるだろう。我もまた選ばれし者になれるのだろう?)
「がるるるるっ”!」
フェンロレン・カトレアの上澄みたちが薄氷の地をだっだっだっと駆ける。
風のように素早く、アーカムに襲いかかる。
迎え撃つのは正確無比な風の弾丸だ。
夜空の瞳に捉えられない速さはない。
加えてアーカムには超直観がある。
いかに身体能力にハンディを抱えていようとも彼の杖裁きと高速の連続詠唱があれば対応できない敵の方が少ない。
さらに今、アーカムの手には『メレオレの杖』がある。
魔樹メレオレの枝を芯に使ったこの魔術杖は、一発一発の消耗が増す代わりに威力があがる攻撃強化系の杖である。
軽く打つだけで、それまで使って来た最高等級の杖『コトルアの杖』では、十分な威力をだすために、攻撃する際にアーカム自身が意識して魔力を込める必要があったが、『メレオレの杖』にはそれがない。
ある種、意図せずとも威力がですぎてしまうことを意味する魔力量が少ない魔術師にとっては諸刃の剣の性質である。
一方で、魔力の潤沢なアーカムにとっては、思考することが減ったおかげで迷いなく連射できる相性の良い杖であった。
ゆえに最初に戦った時よりも強烈な風の弾丸によって、フェンロレン・カトレアの上澄みたちはものの5秒足らずでアーカムによって裁かれてしまった。
撃ち抜かれた狼は魔力の粒子となって神秘の空間に溶けるように還っていく。
「っ、あれは」
アーカムは向こうのほうから白と青の毛をたずさえた大狼がやってきていることに気づく。
カイロではない。
(あれも上澄みか。地上の広場で死んでたような大型の個体ってわけだな)
大型の上澄みとともにカイロも動き出した。
重さを感じさせない軽やかな動きでアーカムへ喰らいつく。
(その噛み砕き攻撃……骨の二、三本で済みます? カイロさん?)
疑問を抱きながら風で身体をもちあげる。
嵐の鎧をまとって機動力を大きく底上げしたアーカムは、カイロの牙を躱すと、その鼻頭を蹴って頭にのぼり、迫ってきていた大型の上澄みへ炎を放った。
「《イルト・ファイナ》」
煉獄を開け放ち、あふれだした業火が空間の歪より湧いて出る。
アーカムは杖先に意識を集中させ、それを炎の巨槍に変えて正確に上澄みへ放った。
「させないわん! ──《ウルト・ポーラー》!」
「っ」
カイロが発した魔術のトリガーは氷属性四式魔術であった。
アーカムによって放たれた火炎の巨槍が、白い壁によって遮られる。足元から一瞬でせりあがったそれは魔術で編み出された氷壁だ。
(カイロさんは無詠唱を使えないはず……となると、発動タイミングをずらしたといことか? 追加詠唱”ディレイ”、あるいは”セッティング”かな)
アーカムは確かな戦術眼でなにをされたのかをすぐに理解していた。
(思えば、上澄みたちをけしかけて来た時にカイロさんだけワンテンポ遅く動き出してたな。その時に仕掛けは済んでたってことか)
「穿てわん!」
地面からせりあがった氷の壁は、形を変えて槍のようになってアーカムへ向かう。
一度魔術を発動さえしてしまえば、あとは魔術に込めた魔力を操作して、新しく魔術を発動せずとも攻撃を行える。もっとも卓越した魔術師だけに許された高等魔術であるが。
(流石は『氷の賢者』だ)
「《イルト・ファイナ》」
アーカムは火炎のヴェールを敷いて氷をしのぐ。
氷柱を束ねたような天然の千本槍は、火炎のヴェールを突き破る。
氷属性四式魔術と無詠唱火属性三式魔術では、ベースの威力に差がある。
しかも相手は氷の賢者。防ぐ盾としてただの《イルト・ファイナ》では力不足だった。
とはいえ、力不足ならば足せばよいのだが……。
「《イルト・ウィンダ》」
「っ!」
氷の槍がアーカムの眼前に迫った瞬間に、アーカムは二つ目の魔術を発動した。
息もつかせぬ連続詠唱だ。カイロは出鱈目すぎる速さに挙動が止まる。
風属性三式魔術は氷に負ける猛炎を背後からあと押しした。
火炎は膨大な空気の塊を叩きつけられる。
引き起こされるのは科学反応だ。
すなわち体積の瞬間的増加──爆発である。
「ぐわああん!」
「あっつ!」
両者ともに爆発に巻き込まれ、大きく吹っ飛んだ。
もっともアーカムは嵐の鎧をまとっていたので、顔を火傷する程度で済み、カイロはその毛並みを焦がされただけだ。
火炎を咆哮で吹き飛ばし「ぐ、この……っ!」とカイロはアーカムの姿を探す。
(まだ《ウルト・ポーラー》に込めた魔力は残っている。次の魔術発動はさせてもらえない。この魔術でアーカムを仕留めきる!)
「《イルト・ファイナ》」
「そこかわん!」
カイロはバッと振り返り、残った氷属性四式魔術《ウルト・ポーラー》を使ってアーカムを貫こうと氷柱の雨を放った。散弾銃のごとく放たれた氷礫の連射を、アーカムは炎と風を使って逸らす。
ただ連射あれる質量弾をすべて逸らすには魔術の持続力が足りない。
アーカムはこのままでは被弾すると思い「《イルト・ポーラー》」とつぶやき自身の足元に氷の大盾をせりあがらせた。
氷礫の連射は大盾をズタズタに破壊した。
だが、そこまでだった。
その後ろに身を隠したアーカムへ攻撃を届かせることはできなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
カイロは荒く息をつく。
彼女は保有する魔力の9割を最初の《ウルト・ポーラー》に込めていた。
一度しか魔術の発動を許してくれないとわかっていたからである。
詠唱速度に決定的な差がある以上、カイロには最初の上澄みたちを使った時間稼ぎ以外に魔術を唱えることはできない。
だから魔力効率が著しく落ちようとも、最初の発動にすべてを捧げた。
ゆえにもう残された力はない。
「魔力量の差が継戦能力ではないですが……すこし勝負を急ぎすぎましたね」
アーカムは氷の大盾の後ろから歩いて出て来た。
決着はついたようだ。
0
お気に入りに追加
573
あなたにおすすめの小説
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる