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第五章 都市国家の聖獣
晩餐会のあとで
しおりを挟むカイロさんに導びかれやってきた城でハブレス・ブラスマント王女殿下にばったり会いました。王家の姫というだけあって、俺なんかよりずっと品のある立ち振る舞いと言葉遣いだ。こっちは辺境のなんちゃって貴族みたいなものだから仕方のないことだけどね。まあ、エヴァとアディが頑張れば、いつかアルドレア家ももっと立派になれることでしょう。
と、王族と辺境貴族の差に我ながらペシミスティックな気分になっていると、聖獣と俺が交信した証を見せることになりました。
俺はね空気を読むのがそこそこ得意だからわかるんだ。
前世じゃ空気は読んでなかったけど。それは読めないんじゃない。読まなかっただけなのさ。
だからこそ、このハブレス・ブラスマントという一国の王女の瞳のなかに、驚愕とともに嫉妬にも似た暗い感情が宿っているのがわかるのだ。
「(聖獣というからにはきっととてつもないモフモフなはず……! 聖獣に気に入られるなんてずるいです!)」
わかる。この瞳、間違いなく俺が氷の魔術を修めたことを妬む目だ。
「アーカム、見せてやれ……わん」
いや、カイロさん、そんな喧嘩売るみたいなことさせないでください。何を考えているんですか。もふりますよ?
なんか鼻ヒクヒクさせてるし「いいからやれ」みたいな雰囲気を感じます。
うーん、あんまり他国の王家の、それもこんな綺麗な王女様に悪い印象を与えたくないんだけどなぁ。美人には意地悪なことできません。ただしメスガキは除く。
渋々と、俺は氷属性式魔術を使う。
使うのは一式の《ポーラー》である。
「白の星よ、氷雪の力をここに
──《ポーラー》」
丁寧に詠唱をし、魔力の消費を抑えながらちいさな氷細工の華をつくりだす。
「なんと……っ!」
ハブレス王女は目を見開いて驚愕していた。
よその名もなき貴族に裏の王家が秘匿する魔術を使われているのだ。
きっと気分の良いものではないだろう。
こういう時、なんと言えばいいものか。
まずは申し訳なさを伝えるべきか。
うーん、いや、それよりも……。
「聖獣さまはこの国を守るために力を授けてくださいました。非常に強力な魔術です。おかげでこちらも脅威を退けることができました。ありがとうございます」
謝意より感謝、です。
ハブレス王女は胸のうえに手を当てて「選ばれるだけの資格がある、と」とつぶやいて、何かを納得した雰囲気です。資格があるかは正直わからない。俺はそれほど立派な人格を持っていないし、わりと俗物だ。うん、俗物だ……。
「見事なものですね。わたくしは氷魔術の初歩を修めるのに数年はかかったといいますのに……」
おい、俺はなんて返せばいいんだよ。
あまりにも気まずいだろうが。どうすんすか、カイロさん。ちょっと顔背けないで。なにも考えていなかったんですか?
「妬ましい気持ちがないと言えば嘘になりますが……」
「……僕の才能は聖獣さまからのもらいものです。もともと氷属性式魔術への適正などあるはずがなかったのですから。だから、ハブレス王女陛下が気になさることなど──」
「ふふ、気を遣わせてしまったようですね」
遣うわ。そりゃね。
「引き止めてしまいました。ただ、確かめたかっただけなのです」
ハブレス王女はそう言うとぺこりと頭をさげた。
彼女は俺とアンナを見やり、親しみを込めた声で言った。
「クリスト・カトレアを救っていただき本当にありがとうございました」
もう彼女の眼差しに劣情はない。
王女陛下は自分のなかでその気持ちを整理してくれたのだろう。
あるいは俺を認めてくれたのか。
それとも俺のナイスなフォローのおかげで、俺と彼女のあいだに魔術師として才能レベルで優劣があるわけではなく、ただ聖獣さまが規格外なだけだったということで納得してくれたのか。
その仔細はまだ俺には計れない。
「いつまで話しているわん、行くぞ、アーカム、アンナ。お前ももういいだろう、ハブレス」
「はい、お時間をかけさせてしまいました、カイロ様。申し訳ございません」
その言葉を最後にカイロさんは「いくぞ」と促した。
俺とアンナは騎士たちとともに下層へと降りていった。
────
──ハブレス・ブラスマントの視点
ハブレスは自室に戻るなり椅子に腰をおろした。
ゆるりと腰かけ、天井をみあげる。壊れかけのシャンデリアが目についた。昼間、珍客が超音速で飛びだしていった際の被害である。
「才能に驕らず、誠実であった。不実なのは私のほうだったのかもしれない」
救国の戦いがあったことすら知らなかった。
その戦いに触れることがカトレア家が望まないとしても、表の王家としてよそ者に特別な地位を奪われることが許せなかった。
ハブレスは暗い念を抱いていた。
「あの方ならばカイロ様のモフモフをもふもふする資格がある……なるほど、これが星と夜の運命をつかさどる聖獣さまの導きなのかもしれませんね」
聖獣は運命をつかさどる。
冷たい氷の結晶の本質は、夜海に映し出される星の輝きそのものである。
ハブレスは自分の導きを見出したのだ。
「まだまだ修行を重ねる必要がありますね。世界は広い。あなたのような才能ある魔術師が、名を轟かせる傑物がこのちいさな国を訪れてくれたことは、まさしく聖獣さまの導き。アルドレア殿、わたくしもそこに行きたい、その高さに」
稀代の才能との邂逅は、狭い壁のなかで生きる才女に爽やかな覚醒をもたらした。
────
──アーカムの視点
ここはブラスマント城の下層。
いま俺はひとりだ。晩餐会を終えて、アンナは褒賞のマニー金貨をもらいにいっている。俺はカイロさんに「渡したいものがある」と言われたので、書庫に来ているところだ。この書庫は以前、装備を調達してもらったり、氷属性式魔術の魔導書を閲覧させてもらったりした場所だ。今思いかえしても、ごく短い時間で超能力者への対抗策を練れたのは奇跡に等しい。聖獣フェンロレン・カトレアが持つ采配の権能の凄まじさには人の及ばない世界を垣間見せられた気分になる。
ちなみにカトレア家との晩餐会は奇妙なものだった。
カイロさんの父君と母君、そして姉妹の方々、つまりクリスト・カトレアの真の王家であるカトレア家の王様と妃様、その姫君たちであるが、誰もかれもが人間の姿をしてはいなかった。
お腹を床につけて座っていても高さ10mほどはあり、身体の大きさには差異があったがみんな30m~の巨大な狼の姿をしていた。
皆さん、大変に狂暴で膨大な毛並みをしており、いったいどういうつもりなのかと問いただしたくなるほどだった。
「こんな姿で申し訳ない、アルドレア殿」
「い、いえ、そのとってもモフモフでいいと思います。あ、すみません、本音がつい……」
失言をした時は肝の冷える思いだったが、狼の王様は寛容な方で、というかモフモフと言われてちょっと嬉しそうだった。あとで聞いたところ「『モフモフであることはカトレアの誇りだ』と父上はいつもおっしゃっているわん」とのことらしい。
どうにもモフモフを追求した結果、人間に戻れなくなり、下層にある『王家の間』という場所から動けなくなってしまっているらしい。その点、カイロさんは聖獣さまの祝福を受けても人間形態を維持できているので、やはり彼女はカトレアという一族のなかでも稀有な存在なのだろう。
神話の一族に謁見し、かつ晩餐会に招かれたのは俺とアンナがはじめてだと言うのでどれほど貴重な経験をしたのかわかろうと言うものだ。
まあ、たぶんだけど、聖獣さまが勝手に王家下層の聖域まで俺とアンナを導いちゃったせいで、カイロさん含めたブラスマント家とカトレア家の関係とか全部バレちゃったから、どうせなら後戻りできないところまで取りこんでおこうみたいな感じなのでしょう。ええ、私の勘が申しておりますので間違いないです、ええ。
「待たせたな、アーカム」
と、ここでカイロさんが帰ってきました。書庫の奥へ行ってしばらく経ちましたが、なにをしておられたのでしょう。
「アーカム、貴様に決闘を申し込むわん」
アンナさん、助けて。
このわんわん血迷いはじめました。
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