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第五章 都市国家の聖獣
荒垣シェパードという男
しおりを挟むわっちの名は荒垣シェパード。
転職をくりかえし天下の武蔵製薬に入社後、定年まで勤めあげ、穏便な余生をすごすはずだった。
ある時、武蔵製薬は社名をイセカイテックと改め、おかしな外国人をCEOにすえてから、やつらはおかしな事業に乗り出した。
それは同社にとっての飛躍だった。株価は5年で8,000倍に跳ね上がり、事業は光の速さでデカくなった。
マナニウムの研究でも世界の最先端をいっていた。
イセカイテックの驚異的な医療により、病気を治してもらった。
その恩に報いようと、あるいは妻に先立たれ意味喪失した余命僅かな命を、なにかに役立てようと思ったのだろう、気が付けばわっちは船に乗っていた。
まさか、異次元の先でこんな物語が待っているなどその時は思ってもいなかった。
「アラガキさまぁ? 話を聞いていますかぁ?」
「……。聞いているとも。すこし考え事をしていたのさ。偉大なる故郷の話だ」
「それは……神さまの世界のお話ですかぁ?」
手をかざす、遠くのグラスをひきよせ、葡萄酒をあおり飲む。
味は悪くはない。だが、良くもない。
この世界はいびつだ。
地球の写し鏡のようでありながら違う。
どうしてこんな状態がありえるのか。
論理的に考えるほどに知恵熱が出そうになる。
だから、考えることを諦めた。
楽しんだほうが賢い。
思考を放棄する方が賢いなぞ嫌な皮肉だ。
エイリアンは顔が良い。
超常的な力を見せてやれば、それだけでかしずく者も少なくない。
この女にしたってそうだ。
サイコキネシスを見せてやれば、わっちを特別な存在とすぐに理解し、身も心もゆだねてくる。
わっちは仮説を立てた。
思考をしないほうが賢いとわかっても考えてしまう。なんと人間的なのだろう。
この世界は見るからに科学への信仰が薄い。
世界は真善美からなる。
真実への信仰か、善なることへの信仰か、あるいは美しいものへの信仰。
科学の発展はすなわち真実の追及によってなされた。
この世界は違う。
真実を探求する者たちはいる。
だが、科学的なアプローチではない。
魔術的アプローチだ。
わっちが思うに、それこそが、神秘の許容こそが、わっちたち超能力者をこの世界で神たらしめる。
彼らは未知を信仰する。恐れず、ひれふすことで一体化する。
「それは地球の知的生命との決定的な違いだとわっちは思うのだよ」
「アラガキさまぁ?」
「君は美しいね。とてもきれいに産まれた」
「あはは、くすぐったいです、アラガキさま」
少女の体にむしゃぶりつく。
獣のようにからみ、力の限り、激しく、激しく──。
ことを終え、裸体の少女の首をへしおる。
手を使わない。念じるだけだ。それで十分。
理由はいらない。衝動をこの世界が肯定する。
「神とは悪魔より多くの民を殺してこそ恐れ敬われる」
わっちはこの原始的エイリアンたちを導く神々の円卓の一席。
命を数字ととらえ、あらゆる贅と欲を喰らう。
そういう風にできている。
半開きの窓枠に足をかける。
ふわりと浮いて、そのまま都市の外壁のうえへのぼる。
「都市は混乱に落ちているね。外の世界と隔絶されれば当然だが、こうも思い通りだと愛くるしさすらある」
神の墳墓より発掘したスルト60機を配置してから約30時間が経過。
わっちに索敵系の超能力はない。
ゆえ、ドブネズミのように逃げまわり、身を隠した伊介天成を見つけるすべはない。
ただ、もう伊介天成などどうでもいい。
敵ですらない男だ。おっと今は女だったか。
脅威があるとすれば、あの水だ。
あの威力にはびっくりした。
切断された痛みを、いまだ、この右前腕部は覚えている。
サイコアーマーの出力は60%程度だったとはいえ、ほとんど抵抗なくスパッといった。
「まあいい。やつにわっちはどうにもできないんだからね」
神宮寺と田畑も時間をかければ、必ず見つかる。
都市のどこかに封印したはずなんだからね。
だから、わっちが伊介天成の捜索を急ぐ必要はない。
急務はふたつ。
一つ目は、聖獣側の第二次反撃を迎撃すること。
第一次はわっちと神宮寺と田畑で十分に迎え撃てた。
だが、次はわからない。聖獣を探索されて焦っているだろうから、きっと本気で来る。
二つ目は、敵対的アンドロイドの撃破。
あれは危険だ。危険過ぎる。早急にスクラップにしなければならない。
「おや、スルト、聖獣を見つけたのかい。いいね、よくやった」
わっちの想像よりずっとはやい。
多少の誤算はあれど、ここまで物事は上手く行っている。
神々の円卓の勝利は目前といっても過言ではない。
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