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第五章 都市国家の聖獣
聖獣の上澄み
しおりを挟むアンナは襲ってくる聖獣に苦戦を強いられていた。
「どうした、抵抗する者よ、逃げてばかりでは子犬すら殺せないぞ……わん」
アンナは目をスッと細める。
アーカムにはわかる。長年一緒にいるからわかる。
ちょっとプッツンした、と。
「アンナ、僕は放っておいていいです」
「っ、まだ無理に決まってる、ひとりにしたら噛まれておしまい。さっき腹に穴を空けられたの忘れたの」
「まあ見ててください」
(アンナがまともに戦えないのは俺が足手纏いになってるから。いや、それ以上にひどい。さっきからお姫様抱っこされて、手を塞いでしまっているんだから)
アンナはタイミングを見計らって地面にアーカムをおろす。
アーカムは風霊の指輪に魔力を通して、軽くひざを曲げて、とんっと地面を蹴り、素早く飛びあがった。
そのまま高さ30mほどまで達すると、遺跡のひびわれた壁の隙間にすぽんっとおさまり、アンナに手を振った。いい感じの避難場所を見つけたようだ。
「人間の身で空を飛ぶか。つくづく身の程知らずな男だ」
「これで相手はあたしひとりになったわけだけど……。ちゃんと殺してあげるよ。死にたがりの狼」
「女剣士、貴様だけが戦うというのか。ならばよかろう。力を見せてみろ」
両手を空いたことで、アンナはここ最近のマイブームである変則二刀流を解禁できた。
「ゆけ」
聖獣の一声。
まわりの狼たちが反応して勢いよく駆け始めた。
獰猛なる牙がうなり、地を駆けて、疾風の如く、アンナへ喰らいつく。
襲い掛かる獣の猛攻を、アンナは巧みな剣さばきでかわしていき、頭部ごと斬り落としいく。
わざわざ頭を切り落とす必要はないのに、斬首を選ぶあたり、ちょっと怒気が漏れているが、それもまたアンナ・エースカロリの強さの秘訣だ。
この狩人は冷静沈着だが、誰よりも短気でもある。かつては師匠に痛い目にあわされたり、ルームメイトのちょこざいな魔術によって苦しめられた。
長い鍛錬は、先進的に彼女を成長させ、怒りを内包し力に変える術を身につけさせた。つまるところ、この少女はアーカムとよく似て、怒るほど強くなるタイプとなった。
実に20頭もの狼の生首を生産したあたりで、アンナはキリがないと思い、大将首を獲りにかかった。
「舐めるな、女剣士」
そう言って大頭をぶんっと叩きつけて、狼の群れを飛び越えて、突っ込んでくるアンナを潰そうとする。
アンナはたくみにかわし、聖獣の鼻頭を駆けのぼり、走る勢いのままに、刃をを肌のうえで滑走させて斬り開いていく。鮮血があふれだす。
3等級の剣でも傷ひとつとしてつかない聖獣の体表であるが、アンナの練り上げられた剣気圧があればダメージを与えることは難しくない。
恐るべき剣の冴えに、聖獣はこの剣士の高められた実力を感じ取り、同時に自分が殺されるかもしれない、という恐怖を覚えることになった。
「こざかしい、剣士だ!」
頭をブンブンと振りまわす。
耐えかねて、とびのくアンナ。
聖獣は口をガバッと開き、そこに魔力の粒子をためていく。
「凍てつく世界の冷たさを教えてやろう」
聖獣がしめしめと神秘攻撃をしようとする。
と、その時、
「不死鳥の魂よ、
炎熱の形を与えたまへ、
我らが叡智よ、
燎原の片鱗を導きたまへ
──《イルト・ファイナ》」
完全詠唱火属性三式魔術。
火炎が滝のように降ってきて、聖獣を頭から飲み込んだ。
「うがぁあああああ?!」
「隙を見せちゃだめじゃないですか。わんわん」
「ッ?! あ、あの、クソガキがきゃあ!」
「もふもふなのでよく燃えそうですね。わんわん」
「ッ、わんわん、じゃないッ! ぶち殺す! まずはお前からだ!」
もふもふなので実によく燃える。
アーカムの勘どおり、火属性が弱点だったようだ。
「もらった」
大炎上する聖獣へ近づき、アンナは刃にまとわせる鎧圧の比率をあげて、2mほどまで疑似的に剣を拡張、鋭い一撃で前足を切断した。
「風の精霊よ、力を与えたまへ、
大いなる息吹きでもって、
我が困難を穿て、
風神の力で持って、天空を調停したまへ
──《イルト・ウィンダ》」
機動力を失った聖獣は、完全詠唱の風の暴威にさらわれて、遺跡の壁へ突っ込んでいった。
アンナは自慢げに鼻を膨らませる。
「やったかな?」
そんなことを言った。
(アンナっち、だめだって。それフラグだから。言ったら復活しちゃうから……)
「貴様たち……悪くない、悪くはない、だが、とてもイライラする……わん」
瓦礫の向こうから声が聞こえる。
しかし、先ほどのような低い声ではない。
土埃が晴れる。
美しい少女がたっていた。
羽衣のような物をまとい、青白い毛で覆われている。
肩口に浅く傷を負い、血を流している。
ついでに、ちょこっと毛先が燃えている。
(まさかの第二形態……もう、アンナさんフラグ立てるから)
アーカムは再度、火属性式魔術の詠唱を開始した。
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