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第五章 都市国家の聖獣
共通の敵
しおりを挟むクリスト・カトレアの聖獣。
その言葉を聞いてまっさきに思い出すのは、数時間前、噴水広場に横たわっていた巨大な獣の遺体である。
アーカムとアンナは今、目の前にいる寝ていても見上げるほど高さを誇る怪物と、広場の遺体を比較していた。
両者はたしかに似ている。
どちらとも全体的に白い毛だが、首回りのふわふわ付近には、黒と青の体毛が混じっているのが特徴的だ。
(事情はわからないが、目の前の怪物が、俺たちをここへ招いたのは事実だろう。水路にいたちいさな狼、罠のように待ち構えていた大きな狼、気になることはあるが、この怪物が俺たちをここへ連れてきた)
「聖獣は2体いるんですか。地上の広場であなたによく似た雄大な獣の亡骸を見ました」
「あれは聖獣からこぼれ落ちた上澄みだ。もっとも我も同様に、聖獣フェンロレン・カトレアの力を行使する上澄みにすぎないが」
「上澄み……アーカム、どういう意味だと思う」
「聖獣の強大な力から、わずかにすくわれ分離した表層存在。……おそらくは僕達の理解の及ばない話です。理解しようとしても無駄でしょう」
「ふーん。わかった」
「察しがよいな、抵抗する者よ。それに、その目つき、ここが特別な空間であることもすでに見抜いていると見える」
聖獣はそこまで言うと「その瞳……」とアーカムの眼差しに興味を惹きつけられた。
「抵抗する者よ、その瞳の力だな。すべて見えているということか」
「この瞳のことを知っているんですか」
「それは人間の手に入れてよいものではない。否、通常なら人を越えた者だろうと、容易に手に入れられるものでもない。尋常なるざる死への直面、困難を前にし、法外の幸運をもって、空の者に興味を持ってもらわねば、そうはならないだろう」
「空の者……」
「まあいい。悠久の時のなか、そういう気まぐれもあるのだろう。我はただ粛々と聖獣たるのみ」
聖獣はそう言うとのっそりと立ちあがる。
この空間は垂直に高く、水平にも広い。
高さ10mもの大怪物が立ちあがろうとも空間の狭さは感じない。
「抵抗する者よ、我々には敵がいる。別世界よりやってきた超越の力を行使する開拓者だ。開拓者はおぞましい計略でもって、我らの祖フェンロレン・カトレアを支配しようとしている。我々はそれを止めたい」
「奇遇ですね。僕達もやつを倒さなくてはいけません。もっとも使命を負っているのは僕だけで、彼女には僕の面倒ごとに付き合ってもらっているだけなのですが。……彼らはなぜ聖獣フェンロレン・カトレアを?」
「目的はわからない。だが、それが良くないことなのは自明であろう」
「まったくです」
アーカムはアンナの首にまわす手に力をこめる。そして小声でつぶやく「──来ます」と。
「大丈夫、わかってるよ」
直後、聖獣はその巨大な体躯に見合わない機敏な動きでダッシュし、アーカムたちを喰らわんと、鋭く噛みついて来た。
大きく横へ飛んで避けるアンナ。
「何のつもりですか」
不意打ちまがいの攻撃。
アーカムは威圧的に聖獣へ問うた。
「抵抗する者よ、狼は同盟者を選ぶ」
「なるほど」
「弱い者は必要ない。我を殺して力を証明して見せろ。さすれば、聖獣フェンロレン・カトレアが開拓者たちを殺す武器を授けることだろう」
巨大空間に接続しているあまたの通路からザッザッザッと何かが駆ける音が聞こえる。
聖獣のまわりに、ぞくぞくと狼が集まって来た。
「我を殺して……というわりには、数が多いみたいですけど」
「すまない、″我々″を殺しての間違いだったか。だが、よかろう、貴様たちもつがいで挑むのだから」
聖獣はそう言うと、全身の毛を逆立てた。
顔を殴りかけてくる冷気に、2人は眉根をひそめた。
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